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【共学化への道番外編】生徒の反応・反発 校長・教頭・スクールソーシャルワーカーはどう感じた?(前編)

2024年度から共学化される自由学園。学びコラムでは、現在生徒主導で行われている「共学化係」の活動にフォーカスし、その内容や活動に関わる生徒・教員の想いなどを取り上げてきました。

こうした生徒たちの行動や反応を、「学園運営側」の立場にある先生方は、どのように受け止め、何を思ってきたのでしょうか。

女子部部長(校長)の更科幸一先生、女子部中等科・高等科教頭の濱野稔子先生、スクールソーシャルワーカーの入海英里子先生の3名に話を聞きました。

左から更科先生、濱野先生、入海先生

※自由学園は、「人々が共に生きる平和な社会を作り出す感度を持つ人を育てるためには、異なる背景を持った人が共に学ぶ環境を今まで以上に整える必要がある」と考え、共学化に踏み切りました。
詳しくはこちらをご参照ください。


◆ 共学化への反発  その理由は……

――以前の学びコラムで共学化係の生徒にお話をうかがった際、一人ひとりが「共学化」に対して複雑な想いを持っているのだと感じました。それらの声に対し、先生方は率直にどう感じていましたか?

更科先生(以下更科):
「2019年の共学化発表直後からこれまで、生徒たちから断続的に『なぜ共学化するんだ』『勝手に決めないでほしい』といった声が挙がりました。

グループや個人で私のところにやってきて、『話を聞きたい』『学園長に直談判したい』『クラスに来て説明してほしい』などと要望することが、これまで4年ほど続いてきました。

その度に、男女別学から共学にする意義や必要性を、繰り返し説明してきましたね。とにかく丁寧に、疑問を持っている一人ひとりに話をすることを続けて、今に至ります」

女子部部長 更科幸一先生

―― 一時的なものではなく、4年間ずっとそうした声が挙がり続けていたんですね。

更科:
「最近はさすがに少なくなりましたが、この数年間ずっとありましたね。

共学化への生徒たちの反応・反発は、ある意味とても自由学園らしい、自由学園だからこそ起こったものだったと捉えています。そう考える理由は、2つあるんです。

一つは、自由学園には、『どんな意見を発してもいい』という文化があることです。

自由学園はキリスト教の学校ですので、『一人ひとりを大切にする』という教育のベースがあります。『小さき声・弱き声』にも耳を傾ける方針で、学園への反対意見であっても表明していい、という前提がありました。「そんなこと言うな」と上から押さえつけられる心配がなかったからこそ、自由に声を挙げられたのだと思います。

そしてもう一つは、生徒たちの『自分たちが創る学校なんだ!』という強い意識の表れだということです。自由学園では、生徒たちが入学する際に、必ずこう語りかけます。
『あなたたちは、自由学園を良くするために入学を許されたのですよ』。
これは、生徒の市民性を育てる上で、とても大切な言葉です。

具体的には『あなた方が、自分たちで学校という社会を創る、創造するんだよ』というメッセージなのですが、入学したばかりの生徒たちにとってすごく斬新で、深く胸に刻み込まれる言葉なのだと感じます。そして、日々の学校生活の中で実際に行動しながら、この言葉を“自分のもの”として、強く、確かなものにしていきます。

『自分たちの学校』なのに、大人が無断で、共学化という“社会構造を変える決定”をしてしまった。学校を創る『市民=主権者』として、これを許すことはできない! この数年の反発は、こうした意識の表れですよね。決してマイナスなことではなく、むしろ良いことだと考えています」

◆ 自治の学校・自由学園での「トップダウン」の衝撃

濱野先生(以下、濱野):
「私も、生徒たちが本当に共学になるのを嫌がっている、というよりも、学園、大人側が勝手に決めたことへの不満や反発という側面が強かったと感じています。

ですから、共学化の発表当初、私も担任や国語の教員として生徒たちと接している際に共学化への疑問や不満が出てきたら、『まあ確かに、急に言われたらそう思うよね』というかんじで、否定せずに受け止めるようにしていました」

女子部中等科・高等科教頭 濱野稔子先生

更科:
「こちらがきちんと生徒たちの声を受け止めて、しっかり対話していけば、理解してくれることが多かったですよね。『自分たちは正確な情報がなかった(共学化の意味を理解できていなかった)から、無駄な衝突が起きている』と考える生徒もいました。

そうした生徒が、『共学化についてきちんと考える(理解を促す)場が必要』と、私や学園長が説明する時間、対話する会など、より開かれた場所を用意する側に回ってくれました。

結局、私たちの説明不足だった……という結論に行き着き、反省しています。

さらに言うと、自ら教員のところに言いに来ないまでも、いろいろなことを自分なりに考えてモヤモヤしている生徒がいたかもしれない。そうした生徒の気持ちまでは拾えていなかったのではないか、というもう一つの反省もあります」

入海先生(以下入海):
「生徒たちにとって、共学化がトップダウンで決まったことへの衝撃は、ものすごく大きかったと思いますね。これまでずっと『学校を良くするために自分たちで行動するんだ』と頑張ってきたのに、それらが強い力でガサっと取り去られてしまった、権利を奪われたという感覚なのだと、彼らと話していて思いました。

スクールソーシャルワーカー 入海英里子先生

私もこれまで女性として生きる中で、『権利がない』『権利を勝ち取ってこれなかった』という感覚を嫌というほど味わってきました。だからこそ、弱い側に立たされる、奪われる側にいる生徒たちの気持ち自体、よくわかります。

共学化は子どもたちにとって良い学びになると信じて疑いませんし、多様な人の中で過ごすことは非常に重要だと思っています。ですが、意見が通らないマイノリティとしての悔しさ、やりきれなさは痛いほどわかるので、生徒たちが怒りを露わにすればするほど、そんな気持ちにさせてこめんね、心から申し訳ない……という気持ちになりましたね」

◆ 「異性が苦手」な生徒への対応

更科:
「共学化に関しては、生徒だけでなく保護者の方に向けた説明も何度も行いました。生徒と同様に、『自治の学校なのになぜ、トップダウンで決めるんだ』というご意見もたくさんいただきましたね」

入海:
「そうですね。ただ、数は多くなかったのですが、『女子部・男子部だから自由学園を選んで進学したのに、今さら共学なんて……』という保護者の方からの意見もありました。

『小学校の頃に男の子との関係で悩んだ経験がトラウマになっている』『女子と一緒に生活するのが難しくて……』という生徒と保護者の方たちです。私はスクールソーシャルワーカーという仕事柄、そうした保護者や生徒と話す機会が多かったですね」

―― 共学化で一番不安になった生徒たちですよね。どのように対話されたのですか?

入海:
「過去に起きたことと、それによってどのような苦しい思いをしたのか、さらには、これから共学化することへの不安について、本人と保護者の方に何度も話してもらい、丁寧に耳を傾けることを続けました。

生徒本人より、保護者の方が心配されているケースもありましたが、そうした場合でも、たくさん話す中で、保護者の方がご自身で状況を整理されていきました。入学した時と現在とでは子ども自身が成長していることや、その後男女一緒に授業を受けても子どもからは異性がいることへの不安や恐怖は語られていないことに気づかれたようです。

もちろん今だけでなく、共学になった時によく様子を見て、不安なことがあったらすぐに対応しましょう、とお話ししています」

――やはり、丁寧に受け止め対話しつづけることで、少しずつ心持ちが変わっていくのですね。

◆ 女子部・男子部の「伝統」「アイデンティティ」と共学化

更科:
「保護者の方からは、『女子部・男子部で行ってきた〇〇はなくなってしまうのか』といった、伝統が失われることへの寂しさ、反応もありました」

濱野:
「そうですね、今後100年先を見据えた『共生共学』という理念の基、男女別学から共学にする、これ自体に反対という人は少なかったと思うんですよ。その意義は理解されていたんじゃないでしょうか。

ただ一方で、それはわかるけれど、具体的な行事や授業、生活の中で行われてきた料理、裁縫などがなくなってしまうとなると、納得できないというか……」

更科:
「そこは生徒も同じで、共学化したくない理由の一つに、『女子部・男子部らしさがなくなる』というものがありましたよね」

――生徒へインタビューした際も「男子部・女子部のアイデンティティ」という言葉をよく聞きました。

更科:
「彼・彼女達が『アイデンティティ』と言っているのは、女子部や男子部で行っている生活様式や行事、具体的なコンテンツのことを指していると思うんです。

学校生活に日々真摯に取り組み、改善し、創り上げてきたという自負、プライドがあるんですよね。そうした具体的な行動を『女子部・男子部らしさ』『アイデンティティ』と認識していて、大人の都合で勝手に変えられるのは耐えられない……、そんな気持ちだったのでしょう」

濱野:
「でも、生徒たちが共学化によって起きたと感じている『学校生活の変化』は、カリキュラム改革やコロナ禍など、いくつかの要素が重なり合った結果だったんですよね。共学化だけが理由で、変化しているわけではないんです。

特にコロナ禍によるものは大きかったです。2019年冬に共学化が発表され、直後の2020年3月に一斉休校になった。そこからオンライン授業に切り替わったり、急にみんなで食事ができなくなったり……。これまではなかった『トップダウンの決定』が次々に降ってきて、混乱した部分はあったかもしれません」

更科:
「確かに、いろいろな変化が一気に押し寄せた時期でした。そしてそれを全て、『共学化によるもの』だと捉えた部分はあったでしょうね。2021年度から実施したカリキュラム改訂が、生徒たちに与えた影響も大きいですよね。

家庭科教育としての『料理』は、それを象徴していると思います。女子部では、家庭科の一環として、これまで全学年が自分たちで昼食を作ってきました。一方で、男子部は基本的に保護者が昼食作りを担ってくださって、高校2年生だけが自分たちで作っていました。

カリキュラム改訂で、女子部の生徒たちは昼食を作る頻度が減り、男子部の生徒は増えました。これには、女子部は元々家庭科の授業数が多く、男子部は少なかったという背景があり、それらを均したカリキュラムにしたんです。

そして、改訂後の経過措置として、男子部の生徒は、家庭科の増えた時間数を女子部に混ざる形で食事作りをして、補うようになりました。これが、余計混乱を招くことにつながったかもしれません。共学化するから、食事作りの方法が変わる、という具合に。

特に女子部の生徒にしてみると、『共学化したら、これまで自分たちが一生懸命行ってきたこと=料理が奪われる』『築いてきた伝統がなくなる』と感じてしまい、それに強い拒絶感があったのだと思います」

◆ 多様な社会は「グラデーション」

濱野:
「トップダウンで共学化が決まった影響はものすごく大きかったと思いますが、一方で私は、『別学ゆえの反応』もあったのではないかと感じています。

別学は、男子校・女子校単独とはちょっと違っていて、近くで過ごしているのにあまり交流の機会がない状態なんです。だから、お互いを変に比較してしまい、ちょっとした『ライバル関係』になってしまうんですよ」

――共学化係の生徒からも似たような話が出ていたのですが、具体的にはどういうことでしょうか?

濱野:
「私が自由学園に赴任した約9年ほど前、当時私は男子部の教員でしたが、生徒たちは『先生、なんで俺たち男ばっかりで過ごしてるんですかね』『男女共学にならないんですかね……』と、まあどこの男子校でもあるような話をしていました(笑)。

ですが、実際に『共学化する』となった途端、『なんで女子と一緒にならなきゃいけないんですか!』という反応になったわけです。最初は驚きましたが、そういうこともあるのかな……と思い直しました。

長い期間、特定の属性の人だけが集まる場所で過ごして、何かを一緒にすることがない状態にあると、何となく、お互いのことを良く思わない雰囲気が漂ってしまうんですよね。

自由学園で考えると、女子部の生徒たちは『男子部はあまり話し合わずにすぐ決める』という印象を持っていて、私たちはもっと丁寧に話し合って時間をかけて学校生活を築いている、という自負がある。

もちろん男子部の生徒たちだって、自分たちのやり方に誇りを持っているので、女子部なんて……という想いを抱いている。お互い『敵対関係』になってしまうんですよ。こうした意識は、女子部男子部それぞれの教職員にもあったと思います」

更科:
「確かに、そういう面はありましたね。生徒も教員もお互いのことをあまり良く言わない……みたいなね」

濱野:
「すごくもったいないですよね。本当の意味での『良い社会』は、いろいろな性の人がいて、考え方や価値観も多様。『男子だから〇〇』『女子はみんな××』なんてことはないですよ。男子にも女子にもいろいろなタイプの人がいて、性別で行動や性格がはっきり分かれるわけないんです」

入海:
「本当にそうですよね。ここ数年、男女一緒に受ける授業が少しずつ増えていますが、そういう『思い込み』が原因で、生徒たちがお互いに怒っている、ということがよくあったと思います。

例えば、『男子と家庭科をやると全然うまくいかないんです!』という女子と、『女子ってなんであんなに命令してくるんですか』と不満を爆発させる男子。こんなかんじで、衝突が起きがちでした。

でも、一人ひとりの話を丁寧に聞くと、それは『男子だから』『女子だから』ということではなく、その子の特性だったり性格だったりするんですよね。偶然男子、または女子だっただけなんですが、これまで交流がなかったために、『やっぱり男子(女子)は……』という気持ちになってしまう」

濱野:
社会にはいろいろな人がいることが当たり前で、『男』『女』とはっきり分けられるわけではなく、グラデーションなんですよね。多様で複雑な価値観があり、それらが混ざり合った方が面白くなるというのが、私がこれまでずっと信じてきたことです。

だから生徒たちに『先生はどう思うの!』と聞かれた時は、『(共学化は)絶対に面白いと思うよ』と伝えてきました」

入海:
「私も、多様な人の中で過ごすことは非常に重要だと思います。濱野さんがおっしゃったように、社会は本来、いろいろな人がいて『グラデーション』になっているんですよね。学校でもそれを自然に実感できることが必要だし、それが『共生』の第一歩じゃないでしょうか。

だから、わざわざ男女に分ける必要性はないし、人には多様な面があって、そういう人たちが一緒に生活するところが学校であり、社会だということを学んでほしいなと思います」

―― 共学化への反発が起こった自由学園特有の理由、さらには、多様な学校に向けて、さまざまな個性が混ざり合い、認め合っていくことの重要性まで、幅広い話が展開されました。

後編では、共学化の先に自由学園が目指す「多様な社会としての学校」について、さらに深いテーマへと話題が移っていきます。

(後編へ続く)

取材・執筆 川崎ちづる(ライター)


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