【在校生&卒業生進路インタビュー】在学中の学びで確信した情熱 「建築で生きていく」と決めて東京都市大学へ
旅立ちの春、はじまりの季節が近づいてきました。
学びコラムではこれから数回に渡り、進路が決定したばかりの在校生および卒業生へのインタビューをお届けします。
一人ひとりに異なる経験や想いがある中で、どのように進路を選択したのか、学園での学びはどのように生かされているのか。それぞれに語ってもらいました。
「建築といえば海人だよね」
同級生からそう一目置かれているのは、今春卒業予定の一柳海人さん(男子部高等科3年生)です。一柳さんは、2020年に開始した自由学園旧男子部体育館(体操館)の改修プロジェクトに、他の有志生徒とともに参加。建築事務所の方々とともに新しい学びの空間「ラーニングコモンズ」を築き上げました。
このプロジェクトで建築のおもしろさに目覚め、大学で「とことん建築に向き合いたい」と考えるようになった一柳さん。昨年11月の公募制推薦入試を受験し、現在は東京都市大学建築都市デザイン学部に入学が決まっています。
一柳さんが建築の魅力に引き込まれるまでの経緯や進学先の選び方、今後の研究などについてうかがいました。
◆ 「特に興味がない」から学年一の建築好きになるまで
今では自他ともに認める “建築好き” の一柳さんですが、先述の「校舎改修プロジェクト」に参加するまでは「建築にはまったく興味がなかった」と話します。
中等科への入学当初は、特段やりたいことや好きなことはありませんでした。その分、サッカー部への入部や豚の飼育係への立候補など、これまで経験したことのない活動に積極的に参加していました。校舎改修プロジェクトも、その一つだったといいます。
「最初から建築自体に惹かれたわけではないんです。『ちょっとおもしろそうかな』と思ったから参加しただけで、テーマは別に何でもよかったんですよね。まさか自分がこんなにハマるとは思いもしませんでした」
プロジェクトが本格化したのは、一柳さんが中等科3年生のとき。共学化に伴い改修することが決まっていた旧男子部体育館(体操館)をどんな空間にするのか、「探求」の授業の中でアイデアを出していきました。
「最初は担当の先生がある程度大きなテーマを示して、引っ張ってくれました。それに沿って取り組んでいくうちに知りたいことが出てきて、僕の場合は『自由学園の建築の歴史を探ってみたい』と考えました」
学園内や関連施設には、世界的に有名な建築家・フランク・ロイド・ライトやその弟子の遠藤新、遠藤楽が設計したものがたくさんあります。改修する旧男子部体育館(体操館)も、遠藤新が設計したものです。それらを調べていくうちに、「自分は建築が好きなのかもしれない」と徐々に気づいたといいます。
「アイデアの参考にするために、いろいろな建築物を見学しました。そんなとき、僕はすごくテンションが上がるんですよね。自分では無自覚だったんですが、一緒に行った友達に指摘されることがあって。特に自由学園の『明日館』を見たときは、とてもワクワクしました」
自由学園の建築物について調べたことで、当時の設計者が建物に込めた想いを知りました。それが、「元の建物の空間性を生かした形で改修する」という方針にもつながっていきます。
これらを具体案にまとめていくために、建築模型やCG作成などについても取り組みました。すべて初めての経験でしたが、楽しくてどんどんのめり込んでいったといいます。そして、それらを基本構想にまとめ、最終的には一柳さんが建築事務所にプレゼンテーションしました。
建築事務所がそれを具体案に落とし込み、2023年春に新しい学びの場である「ラーニングコモンズ」が完成。旧空間が持つ開放感と新しい要素が融合した空間が生まれ、建築のおもしろさを実感することができました。
◆ 意識的に視野を広げた高校での時間
中等科から高等科にかけての約4年間、校舎改修に関連するプロジェクトに携わった一柳さん。学校での時間の多くを建築に割いてきましたが、実は意識的にそれ以外のことに目を向けていた時間もありました。
「中学のときはあまり進路のことも考えていなかったので、間違いなく建築にばかり取り組んでいました。特に中3の1年間は、かなり時間を費やしていましたね。その間に、『建築が好き』というのは自覚していたんですけど、高1になって進路のことを考え始めると、このまま建築学科に絞ってしまうのは、すごく視野が狭いんじゃないかと感じたんです。
本当は他にも選択肢があるのに、見ないまま捨ててしまっているような……。それで、高校生活では校舎改修プロジェクトに携わりながらも、その他のことにも取り組むようになりました」
係活動に力を入れたり、「アスペン・ジュニア・セミナー」(古典を教材に参加している他校の高校生と対話し、生き方について考える会)に参加したり、活動範囲を広げていきます。
ですが、そうした期間を経ても、建築以上に一柳さんを魅了するものは出てきませんでした。休日には、自ら興味のある建築物を見に行くこともあったそうです。
そして、高等科2年生の終わり頃、改めて進路について考えたときには、自信を持って「大学は建築の道に進もう」と決めることができました。
◆ 2つの推薦型入試への挑戦
高等科3年生の春から、一柳さんは大学で建築を学ぶための具体的な準備を開始しました。大学選びはどのように行ったのでしょうか。
「実際に建築学科に進もうと考えたとき、それほどたくさんの選択肢があったわけではないんです。僕たちの代までのカリキュラムでは、理系の基礎科目しか履修できなかったため、入学試験が受けられる大学が限られていました。
※カリキュラム改訂により、現在では応用科目も履修が可能になっています。詳細は、学びコラム第一回をご覧ください。
もちろん、個別に塾に通ってそうした部分をカバーすることもできたんですが、僕は学園の生活に積極的に関わりたいと思っていました。自由学園は、高校3年生に委員や係活動が忙しくなるんです。そこはしっかりやりきると決めていたので、学校生活と受験勉強が両立できる大学を候補にしました」
その後進学が決まった東京都市大学を含め、4〜5大学を具体的に検討。校舎改修プロジェクトの先輩で、建築学科に進んでいる人に話を聞きにいくなど、情報を集めていきました。
「僕が探求で学んでいたのは、『学校建築』でした。大学でも引き続きこの分野を追求したいと調べていると、東京都市大学にて校舎改修プロジェクトで携わってくださった建築家の方が教授をされていました。その方のもとで学校建築について研究したい、学びたいと考えました。
学校生活との両立を図るために、試験方式は推薦型を選択。東京都市大学建築都市デザイン学科は、総合型選抜入試と学校選抜型の公募制推薦の2種類を実施していました。両方とも受験資格を満たしていたので、まずは実施時期の早い総合型選抜入試の準備を始めました。
総合型選抜は1次選考で書類審査があり、志望動機を記した書類(志望理由書)と自らをアピールする書類(エントリー理由書/活動実績や資格取得実績)などを作成・提出しました。
「志望理由書の作成は、すごく苦労しましたね。自分の中学・高校時代を振り返ってまとめる必要があります。探求で建築について学んだ4年間は、書くこと、盛り込みたいことが多すぎて、それを選び取っていく作業が難しかったです。探求の担当の先生にも力を借りながら、なんとかまとめ上げることができました」
とはいえ、具体的に建築に携わった経験があり、仕上がった書類には自信を持っていたといいます。自身も周りも書類選考を突破して2次選考に臨むだろうと想定していましたが、結果はまさかの「不合格」でした。
「正直、総合型選抜でいけると思っていたので、かなり焦りました。合格するつもりで学校生活のスケジュールも組んでいましたし(笑)。
でも、結果が出て振り返ったとき、志望理由書に『本音じゃない部分があったな』と気づいたんです。参考書などを見て仕上げていたので、知らず知らずのうちに、『こういうことを書けば受かるんじゃないか』という方向に流されていました。自分が心の底から思ったことではなく、『きれいに飾られた言葉』を無意識に書いていたんですね。
本当の気持ちを伝えられていないまま、不合格になったことが悔しくて悔しくて。でも、それで吹っ切れました。どうせ1回落ちているんだし、公募制推薦ではなるべく自分の想いを素直に書こう、『建築が好きだ』とストレートに伝えよう。そう考えて、公募制推薦に臨みました」
そして、公募制推薦の結果は、見事合格でした。
「総合型選抜で不合格だったとき、両親が『大学は縁だから、不合格でも自分が悪いとか、何かが足りなかったとか考える必要はないよ』と言ってくれていました。その言葉もあって、自信を取り戻すことができました」
ご家族の支えもあり、4月から新しい学びをスタートする準備が整いました。
◆ 大学は建築を学ぶための手段
受験対策として具体的に準備をしていたのは、推薦型入試のみだったと話す一柳さん。書類作成や面接のほか、総合選抜型入試の2次試験科目だったデッサンも学ぶなど、推薦入試に的を絞った対策をしていました。公募制推薦が不合格だった場合は、どのような進路を想定していたのでしょうか。
「2つの推薦のうちどちらかで合格すると思っていたので、まったく考えていませんでした(笑)。だけど、もし合格できなかったら、建築を学ぶために海外に行ったんじゃないでしょうか。
正直、建築を学ぶことができれば、場所はどこでもよかったんですよね。僕は中学・高校と4年間校舎改修関連のプロジェクトに携わってきて、自分の中にある “建築への情熱” を強く感じていました。この先『建築で生きていくんだ!』と決めていたので、どこに行ってもそれをやるだけだと思っていました。
もちろん、大学選びをおろそかにしたわけではありません。東京都市大学なら自分の興味をとことん突き詰められる。そう確信して受験しました」
建築学科への進学は、目的ではなく手段。そうはっきり自覚していたからこそ、想定外の結果にも気持ちを切り替え、自らの力を発揮することができたと言えるでしょう。
大学入学後は、「思う存分建築の勉強をして、さらにのめり込んでいきたい」と意気込みを語ります。「ひたすら建築のことを考えられる毎日」を心待ちにしているそうです。
既に大学から入学までの期間にたくさんの課題が出ているため、学園生活と課題の両立で忙しい日々を送っている一柳さんに、これから進路を決める中高生に伝えたいことを聞いてみました。
「最初からあまり選り好みせず、いろいろなことをやってみるといいと思いますね。僕の場合も、建築を学び始めたのは本当に偶然だし、学校生活では信念を持って何かしたというよりは、自然に任せて面白そうなことをやってきただけです。
そんな中で建築に出合うことができたので、まずはフットワーク軽く取り組んでみるのも大切かなと思います。
あとは、プロジェクトを通して苦手なこともたくさん経験しました。ちょっと嫌だなと感じても、チャレンジするからこそ見えてくる景色もあると思うんです。『自分に向いていないからやらない』ではなく、機会があれば挑戦してみる。そんな姿勢でいれば、やりたいことが見えてくる可能性もあるんじゃないでしょうか」
何気なく参加した「校舎改修プロジェクト」で、自分のアイデンティティにもつながる建築に目覚めた一柳さんの言葉だけに、説得力があります。
「建築で生きていく」。そう力強く言い切る一柳さんからは、建築への情熱とともに、学園生活でできることを「とことんやった」という強い自負を感じました。
一柳さんにとって建築は、進路ありきで始めたことでも、最初から興味のあったことでもありません。彼自身は「偶然」と言いますが、好奇心に従いさまざまなことに取り組んだからこそ、その出合いを見逃さず、深めていくことができたのでしょう。
経験を自信に変えて着実に前進する一柳さんを、大学での新しい学びが待っています。
取材・執筆 川崎ちづる(ライター)