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【共学化への道番外編②】共学の先にあるのはどんな世界? 自由学園が目指す「真に平和なコミュニティ」とは(後編)

2019年冬の共学化発表以降、断続的に起こった生徒からの反発について、【共学化への道番外編】として3名の先生に話を聞いています。

左から更科幸一先生(女子部部長)、濱野稔子先生(女子部中等科・高等科教頭)、入海英里子先生(スクールソーシャルワーカー)

前編では、反発の理由を先生方がどう捉えたのか、女子部・男子部のアイデンティティとは何か、多様な社会に向けた共学化の必要性などが語られました。

後編は、共学化だけでなく、自由学園の学校変革の全体像、そして「これからの自由学園が目指すミッション」についても話が広がりました。

※自由学園は、「人々が共に生きる平和な社会を作り出す感度を持つ人を育てるためには、異なる背景を持った人が共に学ぶ環境を今まで以上に整える必要がある」と考え、共学化に踏み切りました。詳しくはこちらをご参照ください。


◆ 余白を大切にするための制度改革

――前編では、生徒たちが「共学化で起きた変化」と捉えたものの中に、コロナ禍やカリキュラム改訂など、複数の要因が混ざり合っていたというお話がありました。

濱野先生(以下、濱野):
「実はそこに、教員の働き方改革も重なっています。

自由学園は、ものすごく忙しい学校なんですよ。赴任した頃はびっくりしましたね。毎日たくさんのスケジュールがあって、間に合わないからいつも走っていた記憶があります(笑)。

そして、忙しいのは教員だけではありません。学校生活を運営している生徒も、もちろん多忙です。教員も生徒も常に目の前のやることに追われてしまい、余裕がないんです。さらに、それが美徳となってしまい、『忙しいことが善で暇は悪』『休んでいる=サボっている』といった雰囲気もあります……。

本来、休むことはすごく大切ですよね。心身ともに適度な余白がないと、物事をじっくり考えたり、自分や他者の気持ちを感じたりできなくなってしまう。そうしたことを考えた上で、行事や仕事を減らす方向に動いていたんです。

でも、こうした説明も、やはり不足していたんだと思います。なぜやめるのか、それは何のためでどんな意義や効用があるのか、きちんと示すことができていなかった……。だから生徒たちは、『自分たちの活動を奪われた』と感じ、傷ついてしまったんですよね」

更科先生(以下、更科):
「これは、日本の学校教育全体の問題でもありますね。自由学園もそうですが、とにかく多くの授業や行事を詰め込む、休まないことが良い、という姿勢になっていました。

そして、いつの間にか『目的』と『手段』が入れ替わってしまったんだと思うんですよ。例えば、本来は健康で過ごせたこと自体が素晴らしい。それだけでいいのですが、『皆勤賞』というものができて、『皆勤』を達成することが目的となり、体調が悪くても無理やり出席する……そんなことまで起きてしまった。

ここを変えるには、仕組みから見直していくしかないんです。そのために、共学化やカリキュラム改訂などの改革を行っている、ということです」

◆ 大人のマインド変革こそ重要

濱野:
「自由学園が、生徒たちの自治で動いているのは素晴らしいことです。ですが、『みんなで完璧にやらなくては』という意識が強くなりすぎている、とも思います。

それに、『みんな揃って〇〇をしよう』というモードが強くなると、ともすればついていけない人、揃えない人が出てくることもあって、そこで軋轢が生まれる。『一人ひとりの個性を尊重する』とは、相入れない部分が出てきます」

入海先生(以下、入海)
「やっぱり、『いろいろな子がいる』ということを、生徒たちが実感として分かる必要があるんですよね。

過去のクラスでも、個性の強い子が多い場合は、最初はまとまらなくて生徒たちも苦労していました。でも、一生懸命対話を繰り返すうちに、『ここは〇〇さんの得意分野が生きるからお願いしよう』『こっちは△△さんかな』という具合に、それぞれの持ち味が発揮できるやり方を見つけていきます。

だから、多様な人がいる中で生活する経験はすごく重要だと感じますね。同質性が高い場所にいると、結局同調圧力が強まってしまいますから」

更科:
「自由学園の教育の本質は、キリスト教をベースにした『一人ひとりが自分らしさを大切にしつつ、より良い社会を共に作っていく』ことにあります。

でも今は、それぞれの個性や自分らしさよりも、いかにみんなで仕事※をするか、レベルを上げていくかという部分に意識が向いてしまっているところがありますね。

※自由学園では、学校生活を運営するための役割を、「仕事」と呼んでいる。

もちろん、できる仕事をきちんとやっていくことも大事ですが、もっと手前にある『多様な他者を認め合う』マインドを育てていかなくてはいけない。

だけどこれは、大人の責任なんですよ。大人の社会が『仕事ができることが大事』『能力のある人が偉い』という構造になっているから、生徒もそう思ってしまう。まずは大人から変わっていく必要があります。

そのために、幼稚園から最高学部まですべての教職員が集まり、『自由学園が大切にしている教育とは何か』を改めてしっかり考え、捉え直す機会を設けています。教員は普段とても忙しいのでなかなか難しいですが、立ち止まって今行っている教育の本質を問い直すことは、非常に重要です。長期休みなどを利用して時間を確保し、学び、考えることを続けていきます」

◆ 社会の「ジェンダーギャップ」を持ち込まないために、何ができる?

――共学化は、一人ひとりの個性を大切に、互いに認め合う学校を作るための変革だということがよくわかりました。
一方で、男性優位の構造が社会の中に根深く残っている日本では、共学では男子に偏りがちなチャンスが別学だと女子にも回ってくるなど、良い部分もあると言われていますよね。こうした点については、どのように考えていますか?

濱野:
「それは本当に大事な部分で、私も生徒たちと一緒に学びながら、どうしていくのが良いのか、考え続けなくてはならないと思っています。これまで自信を持って生きてきた女子部の生徒の勢いが、削がれるようなことはあってはならない!と強く感じていますね」

入海:
「今の日本社会と同じ構図にするわけにはいかない!という気持ちがありますね。

ですが、やっぱり『男女の役割分担』的な部分は、もう若干出てきているように感じます。共学化に先行して、現在既に男女一緒に実施している学びや活動がありますが、それまでは女子が普通に担っていたことを、最近はほぼ男子しかしなくなった……、そんな場面も見受けられます」

更科:
「生徒たちは賢いので、今の社会構造、男性優位の状況を取り込んで、無意識に踏襲しようとしてしまうんですよね。

中学1年〜高校2年で共学化のワークショップをした時も、グループワークの発表者は8割以上男子でした。女子が男子に発表者になることを譲る、促す場面も見かけました。

こういった状況が起こったら、その度に生徒たちに『こんなことになっていたけど、みんな気づいてた?』と投げかけて、一緒に考えていかなくてはいけないと思っています。

子どもたちは、自由学園に入学する前の段階、小学校6年生までに、男性優位的な社会構造をしっかりと学習してきますから、自由学園で『そうじゃないんだよ』とことあるごとに伝え、考え、学びの機会を持っていくことが大事ですね」

入海:
「これまでの社会では何となく、男女で得意なことが異なる、という刷り込みがありましたよね。例えば、男性は機械系に強くて、女性は花を飾ることが好き、といった類のものです。加えて、『機械を扱える方が花を飾るよりもすごい』、つまり、男性の得意分野のほうが社会的に価値がある、とみなす風潮もあります。

だけど本当は、女性の中にも機械を扱うのがすごく得意な人もいるし、男性で花が好きな人もいます。それに、花を飾ってみんなが豊かに暮らせるようにする行為も素晴らしいですよね。どちらの能力が上、下と比べるものではないはずです。

そこも含めて、一緒に考えていきたいですね。でも、生徒たちはとても柔軟だし、今後いろいろなことに気づいていけるんじゃないでしょうか」

更科:
「『一緒に考えよう』と提案したら、手を挙げてくれる生徒も多いと思いますよ。一つひとつ、具体的なエピソードを元にすれば、みんなで深く学んでいけるんじゃないかな。生徒たちの『自分で考える力』は、目を見張るものがありますからね」

濱野:
「確かに、いいアイデアですね! これまでさまざまな係活動や共生学でやってきたことにもつながりますし、生徒たちと一緒に、私たちも考えていきたいです」

◆ 共学化の先にあるのは「真に平和なコミュニティ」

――前編の最後でも、「共学化は生徒たちにとって絶対に面白い」「良い学びになると信じている」というお話が出ていましたが、改めて、自由学園が共学になることの意義とこれからの目指す方向について、想いをお聞かせください。

入海:
「私は学校もまた、『小さな社会』だと思っています。ある社会に『同一の性しかいない』ことはないですよね。男女だけでなく、トランスジェンダーの人も、障がいのある人もいるでしょう。今の学校は同年代しかいませんが、もっと幅広い年齢の人がいたっていいですよ。シニアの方が『もう一度高校で学びたいから』と入学して、一緒に勉強するとか! “ごちゃまぜ”な状態が、すごくいいと思うんです。

多様な人がいる状況になれば、当然『みんな揃って』は難しくなります。いろいろな能力、性格、考え方の人がいる中で、それぞれがお互いに尊重し合って共生していくためにはどうすればいいか、考え模索しなければなりません。

大変なこともたくさんあると思いますが、その分学びもあります。私は、みんながそれぞれ大切にされながら、誰一人取りこぼさない社会を創っていきたいと思っています。今はまだ、どこを見てもそんな場所はありませんが、自由学園で過ごす時間が、生徒たちにとって、こうした社会を創る『練習』になったらいいなと思います」

濱野:
「私は生徒たちに、自分が良い社会を作ることができる、その一助になれるという自信を持って、世の中に出ていって欲しいんです。でも、『そのために有能な人になれ』という意味ではありません。『本当の優しさ』を持つ人であって欲しいと願っています。

例えば、芝生に2時間昼寝している子がいて、近くで無心に草抜きしている子がいる。その二人について、『どちらも良い社会を作っているね』とみんなが思えたら、最高だと思うんです。

片方を『あるべき姿』として讃え、競わせ、変えようとするのではなく、二人とも同じように価値があると考え、認め合える。自由学園を、そんな『平和な場所』にしたいですね。共学化はそのための、最初の一歩です

そうなれば、生徒たちは社会に出たあとどんな人に出会っても、差別したり見下したりすることなく、『優しいまなざし』を持って、生きていけるんじゃないでしょうか」

更科:
「共学化は、女子にも男子にもメリットデメリットがあると思いますが、男子のメリットは、男性が多い場で起こる『強くあらねば』という考えが薄まることが大きいと思います。そのマインドが無くならないと、ヒエラルキーを作って、強いものが弱いものを支配する構図ができてしまうんです。

力を持つ人が集団を統制していく社会は、『共生』とは真逆のベクトルですよね。そもそも本来は、人が人を統制するなんておかしくて、みんながもっとゆるやかにつながって過ごしていける、学校はそんな場であるべきだと思います。

そして、今後自由学園は、一番大事なミッション達成に向けて、歩を進めていきます。それは、『真に平和なコミュニティを創る』というものです。

先ほどからそれぞれの話に出てきていますが、自由学園が今抱えている課題は、現在の社会の構造や価値基準を反映したものです。ですが、本当の意味で平和なコミュニティは、この構造を引きずったままでは実現できません、

私たちがここでこれから実現したいのは、すべての人が属性や能力で判断されることなく、ありのままで生きることができる、共生できる場所です。それは、別学では成し得えないことで、共学化は必須だったのです

これは、1920年代に創立者が自由学園を設立した当初から目指していたことでもあります。当時は少し早すぎて、難しかった部分もありますが、その重要性は時を経ても変わらず、むしろ今こそ実現すべきことだと思っています」

―― 自由学園の共学化は、今後さらに大きな目的を実現するための、改革の一つだということがわかりました。
そして今回、「自由学園の課題」として先生方が話された内容は、日本社会が抱える問題そのものだと感じました。そして、それを生み出しているのは、大人であり、自分自身だということも……。人を能力のみで判断してしまう、休むことに後ろめたさを感じる、休んでいる人を心の中で責める、こうした意識が息苦しい社会を作り出しているのですね。自由学園の改革とともに、大人がこうしたマインドを作り直していく重要性を痛感しました。

取材・執筆 川崎ちづる

▶︎共学化番外編前編はこちら!

▶︎共学化シリーズ・こちらもあわせてご覧ください。


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