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吊り橋の上で



スズメバチに襲われた。

息子と旦那さんがだ。ふたりが「痛い!うわぁ!うわぁ!」と声をあげ手を振りまわし叫んだんだ。数メートル後ろにいた私から、手を繋ぐふたりの周りを大きく黒い物体がブンブン音を立て飛び回るのが見えた。旦那さんが「痛!」と叫んだわずか数秒後に息子の左足に止まり、息子も「痛い!」と悲鳴をあげ、なんと黒い物体を手で掴み放り投げた。それから息子の右足にもう一度止まり一発刺されたように見えた。それもなんと、ぐわんぐわん揺れる吊り橋の真ん中で。私は何が起きているのかよく分からぬままその光景を漠然と見つめていた。事件の最中、立ち尽くすことしかできなかった。途端、脳裏には焦りと恐怖がじわじわ襲ってきた。ヤバいヤバいヤバいヤバい。そうしてやっと身体が動く。
「大丈夫?!」
そう駆け寄って目が合った瞬間、6歳の息子
レイは大きな声で泣いた。あぁ、だめだ。
ヤラレタ。


だがそうしている間もなく、泣きじゃくる息子を旦那さんが抱え、揺れる吊り橋をダッシュ。スズメバチの猛追から逃げるためだった。私は「ハチに刺されたの?!うそでしょ!?ねぇ?!」と信じ難い現実を受け入れきれず、息を切らし大声で聞いた。必死で後を追いかけた。前を走る旦那さんはこちらに振り向かず、「ヤバいヤバい」と小声で繰り返しながら階段を猛然と駆け上った。家族は騒然。完全にパニックだった。

私たちは旅の途中、鬼怒川温泉にある旅館を目指し観光していた。それは緑が豊かな森の真ん中、「滝見橋」という吊り橋から絶景を眺めているところだった。







結果を先に書くと、2人は無事だった。

あの時、アナフィラキシーが起きることもなく、呼吸困難や痺れが起きることもなく。奇跡的に車を飛ばし現場からすぐにあった街のお医者さんで診てもらえた。午後一番の診療、ドンピシャの皮膚科。そしてそこの先生は第一声、私たちを慰めるかのように言った。「問題ないよ。旅先でえらい目にあったね。スズメバチと言ってもアナフィラキシーが起きなければ、ムカデや蜘蛛なんかでかぶれた時と同じだから。ひとまず、気休めだけど薬を塗ろうな。」と。やけに気さくなじいちゃんだった。

じいちゃんの労りもあってか、
そこまで張り詰めていた緊張が一気に解けた。抱きしめていた息子と私、旦那さんは汗まみれになった顔を見合わせ「大丈夫だったね。」と自分らに言い聞かせるよう呟いた。先生は続けて言った「お父ちゃんはビールでも飲んで、お兄ちゃんは温泉入ってアイスでも食べて。そうしたらすぐ良くなるからな。」と。



それからというもの旅の最中、話題は常に「スズメバチ」についてだった。おそらくスズメバチは近くの除草作業のせいで殺気立っていたのだろう。とか、あのまま大軍に襲われなくてよかった。とか旦那さんと私は何度も言った。蜂に刺されたことがない息子と、旦那さん。そして「スズメバチに刺されると死ぬ」という情報。さらにはゆらゆら揺れる吊り橋の上。逃げ場のない空中戦は思い出すだけで鳥肌ものだった。ホテルに着いた時には、「本当に生きていてよかった」と本音が漏れた。
結果、経験のないことがどれほど怖いことか、思い知ったような事件だった。


そして無事に?旅路は終わり、数日経った今日、蜂に刺されたことなんて無かったかのようにケロッとしている。彼らはきっとこれからの人生、「スズメバチに刺されたことがある人」として強く生きるのだろう。やっぱり恐れをたくさん経験している人は賢いし、強いし、優しくなる。それは真意だなって。
旅の思い出でした。みんなも山に行く時は気をつけてね🐝🐝🐝🐝🐝🐝🐝🐝

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