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哀愁には秋が隠れている

半袖だった部屋着ではいつの間にか寒くなってしまったので、長袖にかえた。秋が来ている。

梨を剥いた。わたしは手先がひどく不器用なので、梨を剥くのが苦手だ。(もちろんりんごも)そもそも家で果物が出てくる事が少なかったので、梨を剥かなければならない場面に出くわす事がなかった。なので、恥ずかしながらこの歳まで梨を剥いた事がなかった。


先日祖母の家に遊びに行くと、祖父の仏壇はすっかりオータムウィンター仕様に。栗やら梨やら「ほらおじいちゃん、秋だよ!」と言わんばかりの季節もの。(お彼岸にご近所さんが持ってきてくれたのかも)その祖父の仏壇にあがっていた梨を誰も食べないと言うので貰ってきた。

祖母の家から帰ってきて、すぐに食べたくなったので梨を剥いた。ちなみに晩ご飯がサンマで、急に秋が押し寄せてきたみたいで怖かった。秋、ゆっくりきてほしい。
今働いている居酒屋は割と果物を使ったメニューが多く、その仕込みを手伝ったりしていたのもあってか、案外上手いこと剥けた。

「え、剥けんじゃん」

手先は不器用なので過程は絶対に見せられない、見せたくないけど、剥き終わった梨は人様に出しても悪くない程の出来だった。

初めて梨を剥いた高揚感も手伝って、今年初の梨はすごく美味しかった。おじいちゃん、ありがとう。わたしはスクスク育っています。(27歳)


次の日、また母が祖母から梨をもらってきた。梨を見つけ次第剥いた。進撃の巨人の調査兵団が、巨人を見つけ次第すぐ駆逐するように、梨を見たら剥かずにはいられないのだ。だって剥けるから!美味しいしね、梨。

それを見た母が「わたしにも一切れ」と言ってきたので黙々と皮を剥いた。すると横から「あら、上手に剥くのね」と嫌味たっぷりに入ってきて、わたしの立体起動装置を横取りし目標を奪い取った。そりゃ包丁を使ってきた歴も、手先の器用さも差がありすぎる。小気味よくしゃくしゃくと音を立てながら、あれよあれよと剥かれていく梨。

「お母さん酔っ払ってるけど、あんたより上手にだね(笑)」

この一言でわたしは思い出した。この人に支配されていた恐怖を。鳥籠の中に囚われていた屈辱を。(例のBGM)

昔からこうだ。最初からうまくできる人なんてそうそういないのに。そう思った瞬間急に腑に落ちた。わたしが失敗や間違いをこんなに怖がるのはここからか?気付いてしまった。


梨ひとつでこんなに落ち込む事があるかよ、と思いながら梨を齧った。おじいちゃん、梨美味しかったよ。孫はおじいちゃんの為の梨で自意識を拗らせているよ。それでもわたしは元気です。この虚しさは秋の肌寒さのせいにするね。