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愛しぬく強さ~『銀の森のパット』が教えてくれたもの~

またひとり、文学界の魅力的なヒロインを見つけてしまった。

『銀の森のパット』という小説に出会ったのは、少し遠いが定期的に足を運ぶ、お気に入りの大きな書店だった。

手元にはもう数回読んでしまっている小説しかなくなり、「何か新しい作品が読みたい」と思って、外国文学の棚を探していたとき。

厚さもちょうどよくて、寒色だが不思議とあたたかみを感じさせる、森が描かれた表紙デザインも素敵だった。ぱらぱら捲って何行か拾い読みしてみたとき、この本を読もうと決めた。

主人公、パットの目を通して描かれる情景描写がとても細やかで美しかったこと。
登場人物のセリフと地の文とのバランスがわたし好みだったこと。
少し読んでみただけで、この作品を好きになれそうだと思った。何度も読み返したいと思うような魅力に溢れた作品に違いないと予感できたのだ。

いつも、本を買うときはそういう視点で選んでいる。そして、今回のわたしの判断は大正解だった。

『銀の森のパット』は、モンゴメリ作の小説だ。『赤毛のアン』で有名な、日本でもとても人気のある作家。

英米文学を好んで読んできたはずのわたしは、恥ずかしながらモンゴメリの作品はまだきちんと読んだことがなかった。

読み進めていくうち、わたしはこの作家の描き出す世界にすっかり魅了されてしまった。

次々に現れる魅力的な登場人物、情景が目に浮かぶような丁寧な描写、主人公の感情を豊かに描き出し、ストーリーに引き込んでいく表現力……。

わたしはいつの間にか、主人公パットの愛する住まい、「銀の森屋敷」の一員となり、ジュディばあやと一緒にパットを見守っているのだった。

「あの子は、人間が大好きなんちゃ……木とか家とか……強く激しく好きになることで、大きな喜びを感じるんだよ。だけど、そのせいで、余計に苦しい思いをすることもあるけどね。それが妖精があの子にくれた贈り物ってわけ。いいことも悪いこともあるけどね」

『銀の森のパット』p,14

屋敷の家政婦であり、パットにとって大切な家族でもあるジュディばあやが言うように、パットはとても愛情深い女の子だ。
感情表現が素直で、その分喜怒哀楽も激しく、自分が愛するものや人を少しでも悪く言われると途端に態度を硬化させる、ガンコな気性の激しさももちあわせている。それは彼女の欠点ではあるけれど、そんなものは美しい真珠に入った小さなキズでしかない。

パットは豊かな感性と深い愛情、そしてとびきりチャーミングな笑顔をもつ、とても可愛らしい女の子なのだ。

「だめよ。摘んだら、色があせてしまうし、それがあたしの見たアスター菊の最後の思い出になってしまうから、いやなの。だから、そのまま咲かせておいてあげて。そうすれば、一緒に見たままの思い出が残るわ……美しくて、色あせない花として」

『銀の森のパット』p,565

わたしはパットの感性が大好きだ。彼女は全ての生物を慈しみ、自分の友達や家族のように大切に思っている。
そこに暮らしていれば見慣れてしまい、当たり前の景色として見過ごしてしまうものたちにさえ、いや、身近で大切なものだからこそ、パットは日々それらの美しさに感動し、心を震わせている。

こんなに豊かな感性をもち、人や植物、景色、動物に愛情を注いでいるパットの表情は、どれほど生き生きとして、輝いていることだろう。

谷間をバラ色に染める夕焼けも、ほっそりした白樺や影深い森の隅、夜中に吹きかわす風たち、青リンゴ色の"薄闇"、胸の痛みをやわらげてくれる、星の静けさ……幸せをいっぱい詰めた四月の花のつぼみたち……「神さま、ありがとうございます。この世にまた四月を送ってくださって」……そして、愛し、守られ、ずっと大切にされる銀の森屋敷、これは不滅だ。

『パットの夢』p,418

パットは、自分たち家族の住まいである「銀の森屋敷」を、何よりも深く愛している。
その愛は決して揺らがず、彼女にとって銀の森屋敷の存在は、恋や友情よりももっとずっと大切で、かけがえのないものだ。
何しろ、付き合っていた恋人が屋敷のことを少し悪く言っただけで相手に冷めてしまい、
仲良くなれそうと予感した娘が屋敷のことを貶したと聞いただけで、すぐさま憎んでしまうような子なのだ(これは後で誤解があったと分かり、二人の仲は修復したが)。

パットのブレない「屋敷愛」を、周囲の人々は悪く言ったり、彼女を変人扱いしたりもするが、それでも彼女は気にしなかった。

この一貫した精神、誰に何を言われても構わないという強い信念は、わたしにはひどく眩しく映った。
好きなものは好き、嫌なものは嫌、と自分の思いがはっきりしていて、非常に正直な彼女の性質には、自分と繋がるものを感じて親近感も湧いていたのだが、
わたしには「他人の目を気にしない」という自信と強さが欠けている。

パットのように、誰にどう思われようとも、自分が大切にしている思いをいつでもはっきり口に出せる人でありたい。
わたしにとってパットは、親しみ溢れる分身であり、憧れの姿でもあった。

「パット、ぼくがきみを愛していて、きみがぼくを愛せないからといって、ぼくに申し訳ないと思うのはやめてほしい。(中略)愛するか、やめるかの道を選べるならば、ぼくは愛する方を選ぶ。(中略)ぼくに人生がもたらすいちばんの不幸があるとしたら、それはぼくがきみを忘れることだ。(中略)きみを忘れることでやってくる幸福があるとしても、きみを愛し続ける方がはるかにすばらしいし、それは言うまでもないことだ。」

『パットの夢』p,485 ヒラリーの手紙

そしてこの小説は、パットの物語でありながら、彼女にずっと一途な想いを抱き続けたヒラリーの物語でもある。

上に引用した手紙からひしひしと伝わってくるように、ヒラリーはパットが銀の森屋敷を愛するのに負けないくらい、パットを愛している。
一方のパットはずっとヒラリーを親友として大切に思い続けるものの、恋人にはならないと何度もジュディに宣言していた。彼女は途中、何人かの恋人をつくるが、ヒラリーはパットだけをひたむきに愛し続けた。

彼の愛は、物語のクライマックス、最後の最後にようやく報われることになる。
婚約した男性と別れ、火事で銀の森屋敷を失い、喪失感に打ちひしがれたパットはようやく自分の、ヒラリーへの愛に気付くのだった。

美しいハッピーエンドを迎えた物語を読み終え、わたしは深く安堵していた。
何があってもパットを諦めなかったヒラリーが、きっと最後には最愛のパットと結ばれるのだろうとなんとなく予感はしていたものの、最後の最後までなかなか恋に落ちる気配を見せないパットに、少しヒヤヒヤさせられたからだ。

それでもパットは自分で、幸せへの道を選び続けることができた。
ヒラリーも、自分の愛を信じ、パットを愛する自分を誇り、愛を貫くことができた。

……幸せとは、こうやって手にするものなのだろうと、二人から教示を受けた気がした。

周りに何を言われようと、自分の運命を自分で選び続けること。
どんな困難や障壁があっても、自分の想いを貫き続ける強さ。

何か言われる度に気にしてしまい、他人の顔色を窺ってしまう、
何か問題が起きる度に、つい立ち止まっては自分の選択を疑い、迷ってしまう、
そんなわたしにとっては、眩しすぎるほど真っ直ぐで美しい物語だった。

人は、必要なときに必要なものを受け取るものだとどこかで聞いたことがあるけれど、今回のわたしはまさに、この作品を読むことが必要だったのだろう。

本を読むのは、これだから面白い。
何気なく手に取った一冊が、そのとき欲しくてたまらなかった言葉をくれたり、悩んでいたことへの答えを出すヒントをくれたりするのだ。

次はどんな本を読もうか、どんな登場人物に出会えるか、どんな学びを得られるか……
今からとても楽しみだ。




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