「1社でも多くの企業を救いたい」M&A総合研究所への転職を決断した元銀行員
石丸さん
佐賀県出身。福岡大学卒業後、2008年に銀行へ入行。主に法人融資渉外の業務を担当。2019年にM&Aの仲介企業へ出向し、半年間コンサルタントと同様のカリキュラムを学び、M&A業務に携わる。その後、社内でM&A担当のメンバーのチーフとしてM&A・事業承継業務の営業及びマネジメント業務を行っている。
Right Brothersが転職の支援をさせていただいた方に、これまでのご経歴や転職活動を振り返って印象に残ったエピソードなどを伺う連載企画『Bridge』。今回は、金融業界からM&A総合研究所への転職をご決断された石丸さんにお話を伺いました。
野球を通じて学んだ人間関係の大切さ
ー 学生時代は野球に打ち込んでいたと伺いました。
小学校から野球を始めて、中学校の時はとにかく野球に没頭してました。反面、勉強に熱心なタイプではありませんでしたが、3つ上の姉が進学校に通っている姿を見て、自分もそろそろしっかりしないといけないという気持ちが芽生え、3年生になってからは本格的に受験に向けて勉強を始めました。母が塾事業に関わる仕事をしていたこともあり、家にある教材をひたすら解くという方法で勉強をしていたのですが、自分でも驚くほど成績が伸びていくのを感じていました。その結果、県内の進学校に入学することができたんです。
ー 高校生活はいかがでしたか?
野球部に入部することにしました。中学校までは、自由奔放に野球を楽しんで、周囲の人のことを考えて行動するということを率先してやってきていませんでした。高校はそれまでの環境とはがらりと変わり、練習は厳しく、引退までレギュラーには選ばれることはありませんでしたが、部活を通じて自分の役割を見つけたり、チームが一丸となることに重きを置いて過ごしていました。その結果、チーム内で強い絆が生まれ、同学年の部員27人中26人は辞めることなく高校野球生活を終えることができました。この時の経験から、組織内での人間関係の大切さを学ぶことができました。
ー その後の進路について教えてください。
高校3年生の時に漠然と「人のために働きたい」という気持ちが芽生え、国連の社員になることを目指しました。海外の大学を受験し、希望していたオーストラリアのグリフィス大学に合格したのですが、最終的には日本に残り、福岡大学へ行くことにしました。
当時は高校の友人達との絆がとても大切に思えて残る決断をしたのですが、今思い返すとずっと会えなくなるわけではないので、行ってもよかったなと思っています(笑)
ー 大学ではどのように過ごされてましたか?
大学では「野球以外のことで才能を発揮できるのでは?」と思い、ラクロス部に入ったのですが、なかなか続かず、結局20名ぐらいの野球チームを作りました。自分の代で作った野球チームだったので、1〜4年の間ずっとキャプテンを務めることになりました。
メンバーがどうやったら楽しく野球をできるかを常に考え、「試合に出さない人を作らない」ということを意識してチームを運営していました。年々後輩も増えていき、アドバイスしたチームメンバーが成長していく姿を見て、「人を伸ばすことができる」という自信にもつながりました。
ー 教えるのが好きなんですね。
まさに大学の時のキャプテンの経験が、「人に教える」ということを好きになったきっかけだったと思います。指導、育成みたいな観点は、社会人生活でもとても生きているので、4年間キャプテンをやらせてもらえた経験が今の自分にとって大きな財産になっていると思います。
ー 卒業後は何をされたのでしょうか?
大学で地方銀行についてのレポートを書いていたことをきっかけに興味が湧き、就職活動は主に金融機関を受けていました。そこで内定をもらった地方銀行に2008年に入行しました。入行後は支店を4店舗経験し、個人融資、預かり資産販売等を経験後に渉外法人営業として様々な業務に従事してきました。その中でも、2019年に銀行員生活の中で大きく環境が変わったきっかけがありました。
自ら志願したM&A仲介企業への出向
ー どのような変化があったのでしょうか。
同期が2018年にM&A仲介企業へ半年間出向し、戻ってきたタイミングで私の担当していた法人に「買いの提案」をすることになりました。提案が思いのほか法人の心を掴み、とんとん拍子に話が進んだことをきっかけに、私自身もM&Aの業務が面白そうだと感じ、自ら志願して2019年からM&Aの仲介企業に半年間出向することにしたんです。
社内では「M&Aの業務」というものが知れ渡っておらず、自ら志願して出向する者はいなかったのですが、先に出向していた同期が伸び伸びと業務に取り組んでいる姿に惹かれ、自ら手を挙げました。
ー 出向先ではどんなことを?
出向先では、M&A仲介企業の社員と同じカリキュラムで学び、業務に取り組んでいました。実際にM&A業務に携わってみて、大学生の時に漠然と思っていた「人のために働きたい」という気持ちはどんどん大きくなり、自分が関わることで1社でも多く救いたいと思うようになっていきました。半年の出向を終え、銀行へ戻ってからは福岡・佐賀・長崎のM&A業務を担当することになり、社内でM&A業務が完結できるように整えていきました。
ー すでにM&A業務に携わっていたにもかかわらず、なぜM&A仲介企業へ転職を?
2023年に昇進をして、M&A担当メンバーをマネジメントする立場になっていましたし、業務にもやりがいを持って取り組んでいました。ただ、銀行ではM&A業務だけを行っているわけではありませんでしたし、様々な部署が同じ顧客に関わっていて、営業活動をする際に身動きがとりづらくなる経験を重ねるうちに、柔軟かつ素早く営業活動ができる環境にいきたいという気持ちが芽生えたんです。
事前準備と「運のよさ」
ー 転職活動はどのようにされていたのですか?
X(旧Twitter)で情報収集をしていました。「M&A」と調べていたら高野さんのXが出てきて、直接連絡をすることができたので、DMを送り面談をしていただきました。
ー 高野の印象はいかがでしたか?
実は面談前に、私がとても信頼している方に高野さんの事を聞いていました。その方は高野さんをよく知っていて、「信頼できる」とおっしゃっていたので、面談の前から信頼度数が上がっていました。面談ではとてもフランクに話してくださり、自分が何を大切にするべきかをすり合わせて、M&A総合研究所を受ける事になりました。
ー なぜM&A総合研究所を?
私自身がそれまでM&A業務に携わってきたからこそ、この業界には非効率な部分があることを肌で感じていました。M&A総合研究所は、そこにしっかりと目を向けて効率化を重視した経営が行われていたため、入社を希望しました。
ー 転職活動を振り返ってみていかがでしたか?
これは反省点になりますが、1次面接はかなり準備不足だったと思います。面接が終わった直後は「やってしまった……」と落ち込んだのですが、その後は気持ちを切り替えて、2次、3次面接はしっかり準備して臨みました。
あと、私は運と縁に恵まれていると思います。2次面接の前に、たまたま仕事でM&A総合研究所の営業の方にお会いするタイミングがあり、選考を受けていることを伝えると背中を押してくださったんです。
今までの自分の知見も生かし、新たな環境で1社でも多くの企業を救うことができるよう、入社後も邁進していきたいと思っています。
ー 本日は貴重なお話しありがとうございました!
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