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性加害報道を見て「時代が変わった、もう許されない」と分かった感出してるオジサンが一番痛い

松本人志さんの報道をはじめ、昨今の性加害問題を取り上げたニュースを見て、
「あぁ、騒がれているのが、うちの会社がCMに起用しているあのタレントじゃなくてよかったなぁ~」
とか、何なら
「有名人は大変だなあ」
とか、どこか他人事だと思っているそこのあなた。

だけどこれ、案外、誰にとっても対岸の火事ではありません。

あるいは
「時代が変わったんだから、しょうがない。襟を正さないと」
と、何だか分かってる感じを出しちゃってるそこのあなた。

そんな認識が、一番、危ないかもしれない。

今日はそんなお話を、危機管理広報という立場からお伝えしたいと思う。


人間と関わって社会で働く以上、避けられないリスク

まず、完全な安全圏にいる人は世の中に1人もいません。
ということを言っておく。残念だけど、それが事実。

自分には身に覚えがなくても、例えば、あなたの周辺は?
あなたの会社の経営陣や社員が全員、潔白と言える?
あなたの会社がスポンサー契約を結んでいるスポーツ選手やタレントは――。

会社は数多くのステークホルダーによって成り立っていて、
そのすべての人たちのプライベートを把握することも、管理することも、まず不可能。
山奥でひとり壺を焼くような仕事をしているのでない限り、
この手の「人」に関わるリスクは誰も避けて通れない。
いつ火を噴いてもおかしくないリスクと一緒に、そのど真ん中で私たちは働いている。
そう認識しておいた方がいい。

「暗黙の了解」で済まされる時代は終わった

「以前はセクハラなんて騒がれることはなかった」
「牧歌的な時代だった」
なんて、さすがに公的な場では憚られて口にしないけれど、酒席あたりで愚痴るように往年を懐古する声を聞いたことがあるかもしれない。

確かに、時代は変わった。
私自身も、かなり後半とはいえ、昭和生まれ。
今思えば「おかしい」とはっきりわかることも、当時は「まあそんなものだから」と片付けてきたし、
悔しいけれど、みんながそういう「暗黙の了解」を共有していたころに染みついた反応をしてしまうことが今もある。
当時は、自分の部屋に男性をあげたら、そこから何をされようと自己責任のように言われた。
学生時代の友人同士で集まると、ガールズトークに花が咲き、そんな話題もちらほら出てくる。
今もまだ、残念ながら、女性が社会的に弱者に立たされることがあるのは事実だが、さらにもっと、そういう傾向の強い時代だった。

そして、そんな過去を「そういう時代だった」と振り返られるくらいに、時代は変わった。
「性加害」という言葉が表す範囲は大きく広がった。

きっかけは海外でおきた一つの運動から

こういった流れをつくるきっかけとなったのが「#MeToo」運動だ。
まだ記憶に新しいかもしれない。
2017年から2018年にかけて、アメリカから始まり、欧米諸国に広がった。
セクシャルハラスメントの被害を訴える告発に、多くの人々が「Me too(私も)」と呼応した。
一人の女優がツイッターで呼びかけたことをきっかけに、
俳優やコメディアン、マスコミ関係者、政治家らに対する実名告発が相次いで起き、大きなうねりとなった。

自分がされていたあの出来事も、もしかしたら性加害だったのかもしれない。
おかしいなとは思っていたけど、立場ある人を敵に回すのは怖い。
自己責任だ、とか、自意識過剰だ、とか攻撃されるかもしれない――。

そんな不安とともに被害の記憶を必死に隠してきた人たちに、立ち上がる勇気を与えた。

アメリカの体操界で、ナショナルチームのドクターが未成年を含む 150 人以上の女子選手に性的虐待を加えていた事件が発覚したのも、このころだ。

昨年の7月にはCNNがノースウェスタン大学のハラスメント問題について報道した。少なくとも15人の元学生アスリートの代理人弁護士が、同大学の体育学部がハラスメントや性的虐待を助長する「毒のある文化」を醸成していたという疑惑をめぐり、同大学を提訴する計画を発表している。

日本でも、性加害問題の取り上げられ方は大きく変わった。
ジャニーズ事務所の性加害問題は、過去にも取り沙汰されたことはあったが、大きなうねりにはならずもみ消されてきた。
だが、今回はちがった。社会の目が、許さなかった。

いま、大きな注目を浴びる松本人志氏の性加害問題も、一昔前であれば社会の受け止め方は違っていたかもしれない。

「時代は変わった」という言葉に透ける他人事

ただ、注意しておきたいのは「時代が変わった」という言葉の便利さだ。
この言葉は、なにか人間たちは変わっていないのに、いつの間にか社会構造が変わり、その変化に巻き込まれてしまったような語感を含んでいる。

しかし、実際はそうじゃない。
私たちの社会――つまり、私たち自身が、少しずつ変わってきたのだ。
「MeToo」運動で勇気ある人が声を挙げなければ、「時代」という乗り物が勝手に動き出すようなことはなかった。
傷ついた人たちの痛みや、それを取り戻そうとする人たちの勇気が、
私たちの心を動かして、その動きが広がることで社会がじわりと変わっていく。

「時代が変わったんだから、しょうがない」みたいな、
自分はちゃんと変化を理解しています感を出しつつ、自分自身はまったく変化できていないとさらけ出してしまっているような発言が、一番痛い。

そもそも、時代はいつも変わっている。
ちょっと前まで、日本にだって児童労働はあった。
有力者は妾を囲って隠そうともしなかったし、女性の不貞だけを罰する姦通罪という法律もあった。
今よりもっとひどい差別も横行していた。

もちろんSNSでムーブメントが加速しやすくなっているのは確かだが、
昨今が特別なのではなく、いつも、社会は進歩している。
私たちが気づかない間に、勇気ある人たちの声や努力をきっかけに、いまこうしている間にもじりじり進んでいる。
そのおかげで、私たちは100年前よりも人間らしい日々を送れているのだ。
「時代が変わったんだから、しょうがない」と言っちゃう人は、
そのことに気づいていないんだろう。

じゃあどうしたらいい?性加害問題に巻き込まれたら

「人」とともに価値を生み出すことを続けている以上、
あらゆるステークホルダーにまつわるハラスメントのリスクを完全に管理することはまずできない。
しかもそのリスクの有無や大小は、社会の変化によって変わっていく。
…そんなことを書いてきた。

じゃあ、どうすりゃいいの、とお思いの人も多いと思う。
もちろん、教育や意識改革で風土を変えていくことはとても大事だが、
しかしそれでも、性加害問題のようなリスクが火を吹く可能性をゼロにすることはできない。
だから、こうした問題に巻き込まれたときにどう「対応」するのかということを知って、備えておくことがとても重要だ。
危機管理広報としての視点で、以下にお伝えしていこう。

まず、昨今の事例でちょっと注目しておきたい企業対応が2件あった。
まずは「週刊文春」が報じた松本人志氏の性加害問題。報じる側と報じられる側で見解の相違が大きく、係争に至る可能性があるので、記事の内容については論評しないが、松本人志さんが所属する吉本興業の対応には注目しておきたい。

報道のあった当初、吉本興業は「当該事実は一切なく」と完全否定し、松本氏に同調するコメントを発表していた。ところがその後、「複数の女性が精神的苦痛を被っていたとされる旨の記事に接し、当社としては、真摯に対応すべき問題であると認識しており」、「外部弁護士を交えて当事者を含む関係者に聞き取り調査を行い、事実確認を進めている」という新たな声明を自社サイトに出し、方針を変えた。「何らかの形で会社としての説明責任を果たす必要がある」というガバナンス委員会の指摘も明らかにしている。

簡単に言えば、「性加害は絶対に許さない」という世論の流れを感じ取って、企業として「性暴力に反対している」というスタンスを明確に打ち出す姿勢に転じた、ということだ。

もう一つの事例は、「週刊新潮」が同じく性加害疑惑を報じ、日本代表チームから離脱した伊東純也選手(スタッド・ランス所属)の件。日本サッカー協会(JFA)の田嶋会長は「すべてのことを総合的に判断した」と語った。

これも性加害という問題に対する協会として「許さない」「反対している」というスタンスの打ち出しだったと言える。

吉本興業は一転して、JNFは当初から、「性加害は許さない」というスタンスを明確にした。これは以下に挙げる「ハラスメント危機対応の5つのポイント」の中で、最も重要なものとなる。

「時代が変わった」からやむなく対応するのではなく、自分たちの会社が、「時代を変える一員」であるというスタンスを明確にすること。これは、疑惑がもたれているステークホルダーを糾弾せよということではない。冤罪のリスクなどもありステークホルダーの利害は守らなければならない。しかし、事実関係が明らかになっていない段階でも、事実がどうであれ、社会正義の側に立つという姿勢を明確に打ち出す必要がある。

危機管理広報の専門家視点、5つのポイントは

では残り4つも含めて、「ハラスメント危機対応の5つのポイント」を挙げていこう。
ちょっとお堅いキーワードが続くので読みとばしたくなっちゃう?とも思うのだけど、知っておくといざというときのためになると思うので、ここまで読んだついでと思ってぜひご一読を。

1:スタンスを明確にする
疑惑が広まった段階で事実関係が明らかでなかったとしても、事実関係がどうあれ、社会正義の側に立つというスタンスを明確にする。さらにいえば、リスクが火を吹いてからではなく、平時から、内部規定や行動規範にも明記しておく。形式だけでなく、このスタンスが従業員教育や研修で強調され、すべての社員に徹底されることが望ましい。

2:ハラスメントに時効なし
ハラスメントの問題が過去に遡って追及される可能性があることを認識しておく。法的な時効は関係ない。ステークホルダーが自社に関わる前に起こしたハラスメントに巻き込まれることもあり得る。先に挙げた#MeToo運動や、体操界の性的虐待事件など、国内外で報道される事例は、社会の性に対する意識の変化によって遡って問題化した。

3: 危機管理と対応計画の準備
ハラスメントに関する情報が報道などによって拡大していく中で、これに対して迅速かつ適切に対応するための危機管理計画を事前に準備しておくことは不可欠。これには、報道への初動対応、関係者への情報提供の方法、公式声明の発表手順などが含まれる。また、外部の専門家や法務チームと連携し、事実関係の確認や調査を進める体制を整えることも重要になる。これらの準備を含め、危機の検知から初動までを14時間以内におさめることが対応の成功率を上げる。事前の備えなくしてそのスピードは出ない。

4: 適切な教育と啓発
従業員などに対するハラスメント防止のための研修など教育プログラムを強化することも求められる。合意の概念、性加害の法的定義、内部での報告手続きなど、正しい知識と理解を深める内容が含まれなくてはならない。また、社会的な問題意識を高め、個人としても組織としても正しい行動を取ることを促していくことが求められる。

5:透明性と説明責任
ハラスメントに関連する報道があった場合には、企業や組織は透明性を持って事実関係を調査し、関係者や社会に対して説明責任を果たすことが不可欠だ。報じられている事実関係の誤りがあれば毅然として正していく必要があるが、社会正義の側に立つというスタンスを常に意識し、その大前提のもとでコミュニケーションを設計していくことが重要だ。

性加害、ハラスメント問題に適切に対応するためには、正しい認識のもと明確なスタンスを持ち、日々教育や啓発を進め、危機に備え、ひとたび火を吹いたら透明性をもって調査を進めて社会とコミュニケーションを取る必要がある。これらはいずれも危機管理において欠かせない要素であり、こうした能力を磨いていくことは会社や組織全体の危機管理能力を高めていくことにもつながるだろう。

***

報道を見て「自分の会社に関係なくてよかった」とほっとした後は、これを他山の石としてほしい。
会社がダメージを受けているさなかにも、迷わず、揺るがない姿を示せるかどうか。それは、平時に、自分たちが寄って立つところをどこまで突き詰めて考えてきたかにかかっている。
危機は好機、とまで言えばやや不謹慎だが、会社や組織にとって、危機にあっても社会を進歩させる側に立つと宣言し、行動すること以上に良質なコミュニケーションはない。
一時的なダメージを抑えるために取り繕うだけの薄っぺらい危機対応マニュアルを整理するよりも、その備えをしておく方がずっと価値がある。

・・・と、ちょっと堅苦しくなってしまったけど、危機管理を専門にやってきた私に提言させていただきたい。


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