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オリーブオイルと謝罪の力

謝罪はむずかしい。ミスや失敗してしまったことを伝えたら、ヒステリックに攻めてきたり、ネチネチ嫌味を言ってくることが容易に想像できる相手だとより一層むずかしい。心に膜をはるプライドにピキピキと傷をつけられるあの感覚、殴られていないのに側頭部がひりひりしてくるあの感覚は誰しもが避けたい状況だと思います。
それは企業とて例外ではなく、多くの不祥事対応が失敗に終わるケースはこの謝罪の難易度の高さゆえとも言えます。
しかし謝罪には力があります。やり方次第であなたが想像する以上の恩恵を受けるケースがあります。謝罪の技術を習得すれば大きな力を手にすることができるでしょう。今回は、そんな謝罪の力を発揮させたスタートアップ企業のCEOが直接顧客に宛てたメールにより危機を好転できた、というウォールストリート・ジャーナル紙が報じた事例を紹介します。

35,544人の顧客に宛てたCEOが書いた誤字脱字だらけのメール

GRAZA 公式Instagramより

ベンチャー企業であるGraza(グラザ)は、オリーブオイルを扱うD2C企業で創業1年の会社です。グラザはクリスマスシーズンにギフトなどの出荷で多くのミスを発生させてしまい、これに対しCEOのベナン氏は35,000名以上の顧客に自ら書いた謝罪文をメールで直接送りました。「失敗から学ぶ」という件名のこの謝罪文は、典型的な謝罪声明と違いました。
ベナン氏はかざらない口語的な表現で、何が悪かったのか、なぜそうなったのかを丁寧に説明し、顧客へ割引を提供しました。ベナン氏は数時間でこのメールを書き上げ、送信ボタンを押す前に校正を行わなかったのでところどころ誤字脱字がありましたが、謝罪文に対する顧客の反応は意外なものでした。

ベナン氏は、メールを送信した後に顧客から返信が来たことに気がつきました。顧客からの返信メールは1通また1通と続き、最終的には866通にも上りました。ほとんどが

「誠実な対応に感謝する」
「もっと多くの企業が同じことをすればいいのに」

といった好意的な内容で、中には「割引は利用しないが、再注文する」というものもありました。グラザの通常のマーケティングメールの平均開封率は58%とすでに異例の高さでしたが、この謝罪メールは開封率は78%にも上りました。

通常のアプローチとは違うクライシスコミュニケーション(危機管理広報)となるこの成功事例は、最終的に米ウォールストリート・ジャーナルの、SCIENCE OF SUCCESS(成功の科学)として紙面とWeb版に大々的に取り上げられます。

ベナン氏の謝罪メールの全文はこちら↓(邦訳はこのnoteの最後に書いています)

なぜお粗末なメールによる謝罪が成功したのか?

ではベナン氏が書いたこの誤字脱字だらけのメールは、他の会社のものとどう違ったのでしょうか?

① I'm sorryをたくさん書いた
日本では謝罪の言葉を口にしたり書いたりすることにそれほど抵抗を感じない方が多いと思いますが、訴訟文化のアメリカでは特にビジネスシーンにおいて"I'm sorry(ごめんなさい)"を使うことは稀で避けられる表現です。しかしベナン氏の書いたメールではたくさん「I'm sorry」が使われました(メールの中で4回)。まずこのことが顧客やメディアを驚かせました。
 ビジネスライクじゃないとても砕けた表現だった
不祥事を起こした企業が公開した謝罪文を誰でも一度は目にしたことがあると思います。日米問わずクライシスコミュニケーション(危機管理広報)で作られる声明の多くは時間をかけて推敲され、リーガルチェックにより法的にも承認されることを必要とし、慎重に磨き上げられます。
しかし、ベナン氏が書いた謝罪メールは私たちがよく目にするそのようして作成されたビジネスライクなお堅い表現の謝罪声明ではなく、推敲やリーガルチェックすらされませんでした。等身大のかざらない誠実なメッセージは不思議とどこか魅力的で、多くの顧客の心に届きました。
実際に取材をしたウォールストリート・ジャーナルの記者であるベンさんもこの型破りなメールに好感を持った一人でした。ベンさんはグラザのオリーブオイルをかけた料理が好きで、ホリデーシーズンのギフトとして注文したのですが、輸送中に何本か漏れてしまった上、ギフト用にパッケージされていなかったのでがっかりしていました。そんな時ベナン氏から届いた謝罪のメールを読みました。このメールを見てベンさんはもっとグラザの商品を買いたいと思うようになり、その後にスーパーでグラザの商品を見つけたときは思わず買って帰ったほどです。

良い謝罪の条件

では、良い謝罪とは何でしょうか?「Sorry, Sorry, Sorry」の共著者であるスーザン・マッカーシー氏は、ブログSorryWatchで10年以上謝罪について書いており、良い謝罪の条件を次のように述べています。

  1. I'm sorry(ごめんなさい)という

  2. 自分のしたことに対してなぜそれが悪いのか理解していることを示す

  3. 説明が必要な場合のみ説明し、言い訳をしない

  4. 二度と繰り返さない理由を述べる

  5. 埋め合わせを申し出る

さすがに、日本においてある程度の規模の企業が、今回のような誤字脱字だらけの声明文を出すことは現実的ではありませんが、トップ自らステークホルダーの気持ちに寄り添った真摯なメッセージを出すことの価値は大きいといえます。

多くのクライシスコミュニケーション(危機管理広報)の失敗は、いろいろなステークホルダーの感情を考慮できないために発生します。自分達が問題だと認識していなかった点について追及を受ける可能性があり、もしこの追及にうまく対応できないと、クライシスコミュニケーション(危機管理広報)が失敗に終わる恐れがあり、慎重な準備が必要です。しかし社内の意見だけではその論点に気付くのは難しいものです。使用する原稿や回答案は、外部の専門家の意見も取り入れながら準備するのが望ましいでしょう。

ベナン氏が顧客に宛てた謝罪文の和訳(全文)

最後に、ペナン氏が顧客に宛てた謝罪メールの和訳したものを紹介します。(※素人の訳文である旨ご了承ください)

件名:失敗から学ぶ
大切なGrazaのお客さまこんにちわ。
素敵なホリデーシーズンをお過ごしですか?私たちはこの60日間ギフトシーズンに一部のお客さまを失望させました。お気に入りのオリーブオイル会社からの長いメールを読むより、やるべきことがあるはずなので簡潔にまとめようと思います。私たちは最高品質のオリーブオイルを最高の価格で提供するという約束を果たすため、尽力しています(そのことについて少し詳しく説明するために一番下に追伸を残しておきます)。しかし、私はお客さまにカスタマー対応が優れていなかったことを謝罪したいと思います。

1.ギフトセット
グラザは素晴らしいギフトです。お客さまは大切な人にたくさんのグラザ商品をギフトとして贈りました。しかし私たちは、特定のギフト包装を用意しておらず、ギフトに関するシステムは不安定で配送時に照合することが困難でした。また嵐により、深刻な遅延と期待はずれのギフトセッションが発生しました。多くの方が3つ別々の商品が届くと思って「3セット」を注文したにも関わらず、代わりに1つの箱に入った個別の商品が届きました。もっと透明性を高めコミュニケーションをとるべきでした。今私たちがやるべき仕事は素晴らしいギフトパッケージを早急に用意することです。ごめんなさい。
2.圧縮ボトル
美観と製品品質の間には常に綱引きがありますが、明らかに「へこみ」や「圧縮」がある商品を受け取ると、それが特にギフトだと、フラストレーションがたまると思います。私たちは、オリーブオイルの容器から酸素を取り除き、封を切るまで酸素を一切入れない「インダクションシール」を行った最初で唯一の会社です。お気づきのようにリフトピールライナーを外した瞬間にボトルは完璧な状態になります。このような工夫をすることで最高の品質で製品をお届けし、お客様においしい体験をしていただきたいと考えています。また、ボトルが圧縮されず、IHシールになった状態で届く商品も早急に展開していきますのでご安心ください。ごめんなさい。
3.ロゴの剥がれ
私たちはロゴにエンボス加工をしています。この問題(ロゴの剥がれ)に対し私たちは驚いており、根本的な原因分析を行った後でも、原因は不明です(極寒の温度や摩擦の可能性もあります)。ごめんなさい。
4.アカウントと購読の管理
ログインして、更新を明確にし、購読を簡単に管理し、面倒な手続きなしにログインできるようにすることは最低限必要なものです。私たちはここでボールを落としました。今是正措置がとられています。ごめんなさい。
5.処理時間の長さ
私たちは急速に成長しており、より多くの人々がグラザを愛してくれています。この状況に対して私たちはプロセスを成長させる必要があります。何か問題があればぜひお知らせください。一流のSizzle(商品名)とDrizzle(商品名)を提供するため、あなたがこの風変わりの挑戦のための、一流のオペレーションとカスタマーサポートに協力してくれることを願っています、
グラザは愛すべきおいしい製品です。小さな提案として(私たちは11ヶ月の5人で行っているビジネスですが、この電子メールは何千人もの人々に発信され)将来の注文(これを使って買うことができます!)から4.43ドルをオフするコードを作成しました。

ハッピー・スクイージング、そしてハッピー・ニューイヤー。
アンドリュー・ベナン I CEO + 共同設立者

追伸:私たちが取り組んでいること、そして難しい決断を迫られていることの舞台裏を少しお話しすることで私たちにとって製品の品質がどれほど重要であるかということを、ぜひ知っていただきたいと思います。私たちが1つの品種(ピクアル)だけを扱っているというのは、マーケティング上のごまかしではなく、私たちの真実であり、経営理念の1つです。そして、この1つの品種であっても、獲得できる品質には幅があります。たまたま、私たちの基準を満たした品質が25%も高騰しました。他の品種(もっと安い)、低品質のピクアル(もっと安い)、前の収穫のオイル(もっと安い)のオファーがたくさんありました。チャンスはない。他の会社が「インフレの時代」にやっているように、私たちも値上げをすべきなのでしょうか?優れた品質のオイルを、まったく同じ価格で。それがグラザ流です。

Graza Apology Email

参考:What Happened When the Olive-Oil Startup Apologized , GRAZA 

【書いた人】
大杉 春子/コミュニケーション戦略アドバイザー

民間企業・地方自治体・省庁などのパートナーとして、PR戦略の策定から広報物の制作監修まで支援。コミュニケーション戦略における「攻め」と「守り」の両軸から経営広報の施策をサポート。2020年に専門家らとともに、日本リスクコミュニケーション協会を設立し、リスク管理から危機管理広報までを網羅した、リスクコミュニケーション人材の育成を展開する。

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