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【短編】 手帳

 ゴミの山の中で父親が何度もうなだれていた。母はそれを見ながら深いため息をついた。

 「持ってても仕方ないでしょ。」

 「でも捨てたくもないんだよ。」

 父親の手には古い手帳があった。なんでそんなものをと思っていたら、父親がこちらに気づいた。

 「これな、父さんが俳優めざしてた頃の手帳なんだ。」

 父親は大切そうに見せてくれた。20年以上前の日付で、オーディションの日やアルバイトの日、たまに入るエキストラの予定がびっしりと書かれていた。

 「父さんの夢の跡なんだ。」

 誇らしげに言う父親の横には、呆れ返っている母親がいた。

 「別に捨てなくてもいいんじゃない?邪魔にはならんでしょ?」

 さすがに父親が不憫になり、母親にそう話してみたら、彼女は首を横にふった。

 「私が捨てないと、ずっと持ってるでしょ。」

 そう言いながら父親から手帳をひったくり、新聞や母親の雑誌などと一緒にキュッと紐でくくった。

 悲しそうな顔をする父親に何か言葉をかけたかったが、それ以上に母親が苦しそうな顔をしていたので何も言えなかった。

 「これぐらい、自分で出来るようになってよ。」

 悔しそうな、呆れているような、声だった。

 「あなたのものでしょ。」


 以上、らずちょこでした。

 ※この物語はフィクションです。

 ここまで読んでくださった皆様に感謝を。

 ではまた次回。

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