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浪漫の箱【第6話】

↓第5話





あれから夕方までには祖母の家に帰り着いた。

おっちゃんには「畑仕事を頑張ったふりをしろ」と言われたが、言われなくても精神を揺さぶられ過ぎて疲れた。

夕食と風呂を済ませ、布団の上に寝そべる。疲れているはずなのに眠れない。

隣の布団では登場人物の1人である祖母が大イビキをかいている。

今日のおっちゃんの話を振り返るうちに内容が映像化され頭の中で流れ始めた。


――


―昭和49年、三郎は28歳、初美は18歳の時、父が癌のため死んだ。

三郎は中学校を卒業してから農家の跡継ぎとして恥じないよう毎日のように父の元で修行をしており、ようやく様になってきた最中であった。

初美は高校の家政科に通いながら幼い頃に別の男と蒸発した母の分まで家事を両立していた。

若くして亭主となった三郎は周りから

「この若造が。」
「お前に次郎くん(父親の名)の役目ができるもんか。」

などと陰口を叩かれるようになるが、負けず嫌いの三郎は耐え続ける日々。

しかしある日、畑に除草剤を撒かれた時はさすがに参ってしまった。

度重なる嫌がらせにとうとう限界を迎えた三郎は

「おいはもう死んだ方がましかもしらん。」

と初美に漏らした。すると予想外の言葉が返ってきた。

「三郎兄さんが言うならうちも死ぬ。」


三郎は初美を抱き締め、これまでの糸が切れたように大泣きした。

そして気がつくと2人は熱い熱い口づけを交わしていました。

「すまん…もう我慢できん…。おいはずっとお前が好きじゃった。実の妹なのに…。」

「うちも好きやった。ずっとこうしたかった。幸せ…。」

熱気で湿っている下半身を弄り合い、そしてついに2人は禁忌を犯してしまった。

天国にいる父と母に『ごめんなさい』と何度も、何度も謝りながら。


外では三郎は良き跡取り、初美は兄を支える良き妹として振る舞う。

しかし家の中に入った途端2人は乱れた。

閉鎖的な集落はあっという間に噂が広まるため甘い声が響かぬよう初美はタオルを常に咥え、声を抑えた。

回を重ねるごとに快楽に溺れ、罪の意識など忘れていくのであった。

――

「次の会長は…日高さんやな。」

ある日、父が呼びかけて建てた集会所にて町内会の集まりがあった。

「精一杯頑張ります。」

父の死後、ついに三郎の番がやってきたのだ。大多数はもちろんいい顔はしていない。幼い頃はあんなに親切にしてくれたのに。

「お父さんいなくなっせ大変やろ?変わってよかよ?」

嫌がらせの主犯格である富山さんの提案に会場にドッと笑い声が響き渡る。

「おい!!コッソコソコソコソ恥ずかしくないんか!!」

そう怒鳴りながら机を叩き、立ち上がったのは近所に住む池田豊作であった。

「おはんら普段から陰口を叩いてんのバレとんやぞ!!三郎くんは十分頑張っちょる!!後、畑に除草剤撒いたんは富山さんと山口さんやろ!?」

「え、あ…いや〜。」

「撒いたんやろっち聞いとんやろが!!!!」

「う…おい達が撒きました…。」

「いい年して子どもか!!三郎くんが汗水垂らして育てたもんを!!生活がかかっとるんやぞ!!それはあんたらも分かっとるやろが!!」

「つい魔が差して…」

「バカタレが!!!」

豊作は山口さんと富山さんを殴り倒した。鼻血が出ようがお構いなしだ。

「…ぐぇっ。すみません…豊作さんすみません…!」

「謝るんはおいやないやろが!!三郎くんじゃろがい!!」

「豊作さん!これくらいにしとき?」
「死ぬど?」

周りが止めに入るが怒りは収まらず。

「うるさい!!三郎くんの前に並べ!!」

「三郎くん、すみませんでした!!」
「何でん手伝いします!!」

顔面血まみれの2人が腰を直角に曲げ謝罪の言葉を述べた。

「いやいや!頭を上げっください!何もせんでいいですから!とにかく金輪際うちに関わらんでください。」

「い、いや…」

「腐れ町内会は最低限のことだけしましょう!はいはい解散!」

もっと言ってやりたかったがグッと抑えた。つもりである。

「三郎くん、大丈夫か?おいはおはんの味方やからな。今まですまんかった!」

「豊作さんこそ、ありがとうございました!あなたがいてくれたおかげです!」

それから三郎と初美は池田家によく食事に呼ばれるようになった。

豊作は三郎を愛弟子のように気に入り、妻のスミは初美を娘のように可愛がった。

そして豊作とスミには中学3年の息子である宏がいた。

「はっちゃんと宏は年が近いんか。うちに嫁にこんね?」

一瞬兄妹の顔が固まる。初美が困った表情をしていると

「え、何言ってんの。彼女おるし。」

宏がぶっきらぼうに答えた。

「はぇ!?聞いちょらんけど。」

「何で報告せんないかんとよ。」

「あー!紀代美ちゃんやろ!確か明美おばちゃんが一緒に帰ってるとこ見たって。」

「は!?うぅわ…よりによってスキャンダルマニアに…。」

「えぇやんか!青春やのぉ!はっちゃんはそう言うのないん?綺麗やしモテるやろ?」

「全然ですよ〜。ほぼ女子校みたいなもんやし。」

「とか言って〜。なぁ三郎くん、はっちゃんに彼氏できたらどげんする?」

「んー考えられんですわ。あはははは…。」

とりあえず笑ってみたが黒いモヤモヤした感情が湧き上がるのを抑えきれない。

宴が終わり家に入った途端、宏に対する嫉妬心に燃えていた三郎は早速初美の口を塞いだ。

「ぷは…今日は一段と激しいなぁ。」

「だってよ、もし初美と宏くんが結婚したら、もし初美と別の誰かが結婚したらっち考えたらイライラして。」

「ははは。あり得んわ。ヤキモチ妬いたん?うちは三郎兄さんさえおればいいのよ。」

「はっ初美…?」

初美は花柄のワンピースの裾をめくり、パンツを脱ぎ始めた。

「たまには玄関でしよか?」

「い、いかんよ…!すりガラス越しでシルエットでも見えたら…うおっ!」

三郎は押し倒されズボンのベルトを外された。

「ふふ。本当はやる気満々のくせに。」

そのまま玄関で秘密の宴が始まった。2人は快楽に溺れすぎて脳みそが空っぽだった。

ついには玄関のドアに手をついて後背位の体制で始めた。

当然ドアはガタガタ揺れる。

「…ぁあっ!!」

突然大きな喘ぎ声が聞こえ、我に返った三郎は初美の口を慌てて塞いだ。

それと同時に果てた。いちもつと心臓が脈打っている。

ザッザッ…タタッ…

外から明らかに何者かが立ち去った音がした。

「誰か…おった?」

冷や汗をかきながら三郎は初美の方を見た。 

「あぁ…玄関のドアが…ちょっと開いてたみたい。見られたかもしらん。目が…」

初美は俯きながら震えながらこう言った。

「目が合った…多分な宏くん…。」


――


その頃

『…っだよあれ!どうなってんだ!?』

と宏はモヤモヤしながら家路を急いでいた。

「おかえり。忘れ物は届けられた?」

「いや…。」

「顔色悪いな。」

「母ちゃん、信じてもらえんかもしらんけどさっき…日高さん達…うぇっ…。1人じゃ抱えきれんよ…。」

「どげんしたんね、宏?」

「多分近親相姦?しちょる。玄関が少し開いてて…見っしもた。2人とも裸で…。しかも目が合ったんやけど初美さんニヤッと笑ってわざと声出してん。気色悪ぃ。」

「は!?三郎くんとはっちゃんがデキて…」

「しっ!父さん起きるから…。」

「そんな…信じられんわ…。」

スミは今にも泣きそうだった。

「もう俺はあの2人には会いたくない。特に初美さんには…。とにかく飲み会来る時は俺はどっか行くから!」

すると2人の背後から

「…そん話は誠か?」

顔を真っ青にしながらも鬼の形相を隠しきれていない豊作が立っていました。

――

日高兄妹の秘密の関係を知ってしまった池田家はその後も変わらず三郎と初美を食事に呼んだ。

しかし、その席に宏はいなかった。


時は流れ昭和51年。

三郎が30歳、初美が20歳になった年のある日の飲み会の席にて、豊作が三郎の目の前に1枚の写真を差し出す。

「末永アキさん。この人と一度会ってみんか?」

豊作とスミが恐れていることは町中に知れ渡り、また2人が孤立してしまうことと初美の妊娠だった。

そのためにはこうするしかなかったのだ。

三郎は当然断ろうとしたが

「きゃー兄さん、せっかくやから会ってみたら?ふふ。可愛らしい人や。」

思いがけない初美の発言にその場にいた3人は驚いた。

「お、おう…会ってみる。えっと豊作さん、よろしくお願いします!」

「わわ、分かった!末永さんに伝えとくな。いやぁハッハッ!」

「…いやぁ楽しみやねぇ~。」

明らかに動揺を隠しきれていない様子だった。そこへさらに爆弾を投下した。

「宏くんから聞いたんですよね?知ってたんですよねうちらのこと。本当ですよ。兄さんが結婚しても、うちはあの家に住み続けます。」

「なっ…何言っちょる!!」

「何よりあの家が居心地がいい。家族の思い出がたくさん詰まった家を今さら出て行くとかしたくない。何ならうち、あの家で死んでやります。」

豊作もスミも言葉が出なかった。

「は、初美!まぁ家んことはおいが結婚したら考えようや。」


それからトントン拍子にアキとの結婚が決まった。

結局、三郎たちが出て行くことになった。もちろん豊作は最後まで大反対だった。

結婚前夜、最後の2人での食事。初美が作る食事を2人で食べるのは最後だと考えると三郎は胸が締め付けられそうだった。

そんな中、初美が

「アキさんさぁ。」

といきなり切り出した。

「ん?」

「太っちょでブッサイクやな。ふふっ。」

「止めんか。可愛らしい言っちょったやん。」

「なあなあ、もうしたん?」

「…まだこれからや。」

「ふぅん。これからはホテルで会おうよ。ここだと豊作おじちゃんらがうるさいし。手紙でやり取りしよ。」

「お前なぁ…。」

「1回行ったやろ?あのピンクのお城みたいな所!」

「おぉー。あそこなら見つからんな。って最後までおいたちゃ変態兄妹やな。」

「無理矢理引き離されても"兄妹"やん。幸せで憎たらしい運命やけど。」

その夜は仏壇の前で見せつけるように暴れた。

ささやかな復讐もあったのかもしれない。

『何故私たちは兄妹としてこの世に生を受けてしまったのか』

体をうねらせながら粘液を皮膚にまとわせる2つの体、その姿はさも惨めな妖怪であった。


―続く―




↓第7話



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