浪漫の箱【第4話】
↓第3話
「よく来たね~。ささっ上がっくいやん。」
突然のお願いにも関わらず、祖母は快く迎え入れてくれた。
「しばらくの間よろしくお願いします。」
「そんなにかしこまらんと。これ貴ちゃん好きやろ?なた豆の漬け物!」
「あー!ありがとうございます。」
「ちゃんと漬かっちょっか分からんけど。固かったらティッシュにペッしっくいやい。」
「いや、美味しいですよ。」
「あ、ジュース飲む?あとテーブルに置いてるお菓子も食べてよかよ!みかんもあった気が…。」
それから祖母のおもてなしパレードが開催された。残すと申し訳ない気がして出された物はほぼ全て食べた。
「あー、お腹いっぱいです。」
「よく挨拶はしとったけど、こうやってじっくり見るのは久しぶりじゃ。お泊まりも小学生以来かね?本当大きくなって。」
「すみません。ご迷惑かけます。」
「心ゆくまでのんびりしてき。何ならずっといてもよかよ?あははっ!」
本当は"現場検証"に来たんです。
…何て言えるわけない。
部屋を見渡すと振り子時計や黒電話、謎の柄の壁紙など温かみを感じる。
しかしこの家の庭で初美さんはバーベキューにされたのだ。
急に腹が痛くなってきた。さすがに食べ過ぎた。
「ちょっとトイレ…。」
「あぁ、どうぞどうぞ。」
祖母の家は和式のぼっとん便所だ。
今は慣れたが、幼い頃は下に落ちるんじゃないかと怖くて母にドアの前で待ってもらっていた。
『絶っ対終わるまで離れないでよ!』
『はいはい。早くしなさい。』
『この穴は地獄に繋がっているんでしょ?田中くんがゆってたよ。落ちたらオシマイや!』
『普通にしてたら落ちないから。』
『本当?』
『本当よ。
今 か ら 落 と す け ど ね 。』
ガチャッ!ドンッ!
「うおっ。」
体がビクッとなって、それで目が覚めた。どうやらトイレから出て居間に戻ってからすぐに寝ていたようだ。
「あら、起こしっしもたね?」
台拭きを持った祖母が申し訳なさそうに言う。僕の体にはタオルケットがかけられていた。
台所から味噌汁のいい香りがする。
「いえ、ちょうど目が覚めました。」
「そいならよかった。こっちもちょうどお昼できたかい食べる?」
祖母の手料理は久しぶりだ。特に煮干しで丁寧に出汁を取った味噌汁は大好物で体に染み渡った。
昼食後、祖母と一緒に庭の草むしりをしていると
「こんにちは。」
聞き覚えのある声がした。
「あら、アキちゃん。どうも〜。」
日高三郎の奥さんだ。
「回覧板ととうもろこし持ってきましたよ。ん?貴宏くん何でここにおるん?遊びに来たとね?」
「あ…。」
僕が言葉に詰まっていると
「しばらくうちで預かることになったんよ。」
「えっ?宏くん達…何かあったん?」
「あっははは!何でね!たまには息抜きしましょってことよ~。アキちゃんったらんも〜。」
おばあちゃん、その言い方だと誰でもそう反応しちゃうと思うよ。
それとも「宏くん」には前科があるから…とか。
僕は祖母のフォローにフォローを入れた。
「部屋に籠もってばっかじゃダメだから今日からお邪魔してます。」
「あぁ、そういうことね!スミちゃん!ややこしいこと言わんでよ~。」
2人はその後もガハハハと爆笑していた。
初美さんは焼かれて食べられたであろう場所で。
おばちゃんの義理の妹。しかも祖母の息子である父と不倫していた女性。
かなり異様な光景に見えた。
ここが外でよかった。
「ふわぁ〜。じゃあそろそろ寝るかね。」
時間は20時過ぎ。もちろん眠れるはずもない。
しかし寝室は1つしかないため、携帯もいじれない。
僕はコンビニに行くと伝えて外に出た。ちなみに歩いて30分以上はかかる。
「そうかい。台所の豆電球は点けておくからね。」
「あの、玄関の鍵を…」
「よかよか。帰って来たら内側からかけっくいやい。」
「でも泥棒とか入ったら危ないですよ?」
「んーちょっとくらいよかやろ。」
結局、僕は粘って何とか鍵を受け取った。
全く、邪魔が入ったらたまったもんじゃない。笑うのを何度我慢したことか。
今日のミッションは敷地内にある倉庫の下見だ。
もしかしたら嫌な物を見てしまうかもしれない。深呼吸をしよう。
「すー…はー…」
ガラガラ!!
「あー!貴ちゃん貴ちゃん。」
覚悟を決めて倉庫に向かおうと一歩進んだ瞬間、後ろから祖母から呼び止められた。心臓が止まると思った。
「ふっ!はひっ!」
「食パンとマーガリンかとろけるチーズをお願いしてよか?これで他に何か好きなお菓子でん買ってきなさい。」
1000円札を渡された。
「はっありがとうございます。分かりました。」
「よろしくお願いします。気をつけていってらっしゃいね。鍵は内側からかけとくかい。先におやすみなさい。ふわぁ〜。」
ガラガラ…
カチッ
玄関と鍵が内側から閉まったことをしっかり確認してから気を取り直して倉庫に向かった。
万が一見つかったら「片付けをしていた」と言えばいい。
祖父が生きていた頃は農業を営んでいたため、その名残りが少しだけある。
物音を立てぬよう倉庫内を携帯の明かりを頼りに探ることにした。
はたから見たら自分が泥棒である。
幸い血に染まった凶器は見つからなかったが、棚に立てかけられているバーベキュー用の金網を見つけた。
錆びて真ん中は焦げており、もう使い物にならなそうだ。
一気に鼓動が早くなる。
明かりを照らしてじっくり見ていると、金網が立てかけている棚の上の方にクッキーの空き缶があった。
中には書類らしきものが2枚だけ入っていた。
手に取って読んでみる。
初美さんはおっちゃんが結婚した後も出て行かずに今彼らが住んでいる家にいたと聞いた。以外と揉めずにあっさり決まったらしい。
日高兄妹が生まれ育ち愛を育んだ浪漫がたっぷり詰まった家である。以外と彼女は頑固な一面もあったのだろうか。
おっちゃん達は別の地区に家を建てたらしいが彼女の死後、再びこちらに戻ってきたらしい。
祖母と彼女は親子ほど年が離れているため、それはそれは可愛いかったであろう。
信じたくなかっただろう。
ジャリッ
砂利を踏む音が微かに聞こえたと同時に後ろから視線を感じる。振り返ると誰もいない。
「気のせい…か。」
僕はあえてわざとらしく言ってみた。
「んぐぉー!!ぐがぁぁぁぁ!!がっ!!」
念のため忘れ物を取りに行くふりをして家に戻ると、家中に響き渡るほど祖母はでっかいイビキをかいて寝ていたので違う。
そっと玄関を閉めて再びコンビニに向かった。
耳栓も売っているかな。
――
翌日、祖母と庭を掃除していると
「おはようございますー。」
「あら、おはよう三郎くん!今朝は涼しいねぇ~。」
軽トラの中から顔を覗かせたおっちゃんがいる。
一瞬だけ母の言葉が頭をよぎった。
『最近、三郎さんとよく会ってるみたいだけどその…あまり迷惑かけないのよ。あちらのご都合もあるんだから…。』
見送りの時の死んだ笑顔も相まってまるであまり関わるなと言われているような気がした。
「はいー。過ごしやすくなりましたね!おぅ貴宏!嫁から聞いたど。何ならおいの畑の手伝いもお願いしてよかけど?はっは!」
「貴ちゃん、どうする?退屈じゃろ?ちょいと体動かしてみたら?」
「じゃあ…」
「おぉーありがとなぁ!決まり!」
僕の返事も待たずにおっちゃんは軽トラに乗れ!とジェスチャーした。
この間のことは、まるでなかったかのように接している。
「は、はぁ。」
『あまり迷惑かけないのよ。』
「三郎くんも貴ちゃんも、頑張ってきてな~!」
「あーい!いってきやす!」
『あまり迷惑かけないのよ。』
お手伝いだからいいだろう。
『あまあまあまあまり迷惑めめめ迷惑迷惑かっけかかかかけないのYo』
「…ぐつっ。いってきます。」
また笑いそうになった。
軽トラの助手席に乗り運転の丁寧さにびっくりしていると、しばらくしてからおっちゃんが
「缶の中身、見たやろ?」
と聞いてきた。
「あー。やっぱり三郎おじさんでしたか。」
僕は少しだけ窓を開けた。
―続く―
↓第5話
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?