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アラブでの国際芸術祭に参加した

作品を出展した、アラブ首長国連邦(以下UAE)・シャルジャ首長国でのSharjah Islamic Art Festivalが先日無事閉幕した。

Sharjah Islamic Art Festivalは世界31カ国、計100人以上のアーティストが参加する大規模な国際芸術祭だ。


僕は「REI -Drops and Bubbles-」というサウンドインスタレーション作品を出展したのだが、この国際芸術祭での経験をまとめてみる。


2019年8月

昨年の8月ごろ、アーティストの友人から「この国際芸術祭にプロポーザル(提案書)を出してみたら?」と紹介を受けたことから始まる。

当時作りたい作品のアイデアはあったが、その作品の制作費を捻出するのに四苦八苦していたタイミングだった。
かつ、まだ訪れたことのない場所で展示は是非つかみたいチャンス。
早速紹介してもらったキュレーターに連絡をとり、プロポーザルを作り始めた。

いままで3Dプリンターで制作したオリジナルスピーカーによる彫刻的なサウンドインスタレーション作品を作っていたが、今回はそのシリーズの新作を作りたいと思っていた。


また昨年春に"shizuku #1 "という楽曲を発表したのだが、この曲のメインモチーフである「水琴窟や水の音」をアップデートしたいという音響のイメージもあった。


「水」というモチーフは極めてプリミティブである。
Alexander MelamidとVitaly Komarという二人の芸術家は1990年代に14カ国で好まれる絵画のアンケートをしたところ、どの国でも山に囲まれる川や湖と草原が描かれる絵画が美しく感じるという回答結果を得た。

そこから、「人間は文明を築く基盤となる環境そのものを美しく感じる、生物的な本能がある」というシンプルな論理が導き出される。

また現代では失われつつある「水琴窟」という文化。
江戸時代から始まり茶道や日本庭園文化と共に育ったが、昭和初期頃には忘れられた存在となる水琴窟。

産業革命後、近代化された都市では自動車や室外機の音など無数の騒音に曝されることになり、水琴窟のような幽かな音はかき消されてしまう。

しかし20世紀後半以降の音響工学、テクノロジーの発展によって、
静寂の象徴とも言える「水が滴る音」を現代の都市に適応させられるのではないか、と考えている。

他にも語りたいことはいくらでもあるのだが、
NYに移住した2年半前からしばらくの間、創作の筆が思うように進まず思い悩んでいた時期に、一時帰国して訪れた禅寺で聴いた水琴窟の音がずっと頭から離れなれないのが創作の根本的なモチベーションである。


まずは簡単な合成イメージとハンドライティングで作品のイメージをスケッチする。

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一見抽象的ではあるけど、自分の中では方向性がハッキリ見えたので、
次はこのイメージした音響を再生するためのシステムについて考え始める。

音響にフォーカスするために、視覚的要素は極めてシンプルにしたい。そう考えながら、CAD(3Dプリンターで出力するための3Dデータを作るソフト)でスピーカーを設計する。

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スピーカーだけではなく、展示する環境も簡単に3Dで設計し、CG画像を出力。
そのCG画像をベースにプロポーザルを書いた。


プロポーザルでは基本的に作りたい作品のイメージ、作品のコンセプト、展示するにあたって必要な条件、必要な予算をまとめる。
国際芸術祭にはそれぞれテーマが設けられており、そのテーマと自分が表現したいことの共通点をコンセプトとしてまとめる。

国際芸術祭のテーマだけでなく、開催国であるUAEやシャルジャ、ひいては中東文化やイスラム教、イスラム美術についても資料を購入してリサーチする。


できたプロポーザルを提出し、結果は8月末頃に出るよと言われた。

この国際芸術祭は12月からはじまるのだが、輸送にかかる時間を考慮すると制作期間は2ヶ月ほど。
提案した作品を制作するにはギリギリなタイミングだったので、合否が出る前に制作にとりかかった。


2019年9月

8月が過ぎても連絡が来ず不安だったのだが、9月の頭に審査が通った。

しかし音のイメージとしてプロポーザルに書いたアラベスク模様のイメージ図が好印象だったらしく、アラベスク模様をプロジェクターで投影してくれないかと提案される。

先ほど述べたとおり、視覚要素は極めてシンプルにしたい思いはあった。
一方でUAEという地で作品を発表する意味を考えた時に、人知を超えた永遠性を示唆するアラベスク模様とのコンセプトの親和性を感じていたので、現地映像クリエイターと協業できるならばいい機会だと思った。

その後、自分が表現したいことを伝えつつ、現地の映像クリエイターとメールで何度かやりとりする。


また何度か交渉はしたが、希望していた制作費は通らず。

一般的に仕事というものは与えられる予算があり、それ以下の金額で仕事を完了し、確保していた分が利益に回るものだが、
アーティスト、特に僕のようにキャリアの浅いアーティストはその限りではない。

50万の制作費をもらったら100万円の作品を作る。
100万の制作費をもらったら200万円の作品を作る。
500万の制作費をもらったら1000万円の作品を作る。

というのは最高の作品を作るため、キャリアが次に繋がるための必要な投資となる。

それを繰り返す先には破滅しかないのだが、僕の知る限りアーティストは皆、そのような綱渡りを歩んできている。

幸運にも、僕は作曲家としてのコミッションワークを度々頂戴しながら生活費と制作費を捻出しているのだが、クレジットカードはいつも限度ギリギリ。
常に一寸先は闇の状態でもある。



その頃にはひたすら3Dプリンターでパーツを出力していたのだが、それでもスケジュールに不安があったため、制作フィーが入金されたタイミングですぐにもう一台3Dプリンターを購入。
それからは2台体制でひたすら出力、メンテナンス等3Dプリンターをお世話する日々が始まる。

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2019年10月

10月に入りパーツが粗方揃ったタイミングでパーツを組み合わせはじめた。

3Dプリンターで出力するプラスチックはABSという素材なのだが、アセトン(除光液の成分)で溶ける。
3Dプリンターでは、パーツが綺麗にマルッと出てくるわけではなく、出力する際に必要な支え(サポート材)も同時に出力するのだが、端材となるサポート材をアセトンで溶かして粘土状にし、それを接着剤やパテ代わりにする。

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その後、内部配線の半田付け。
細かい作業だが、直実に完成形に近づく過程を体感するのは快感である。

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小さい頃、サンタさんからのクリスマスプレゼントはもっぱらレゴだったのだが、その経験が生きている。

また3Dプリンターで出力するためのパーツの分割に関しても、生産と輸送のために極めて効率化されたIKEAの家具を組み立てた経験がすごく役に立った。


10月中旬に入る頃には全てのパーツが組みあがった。
直径75cmの球体。3Dデータをいじってた時には感じなかった物量感を感じる。


残す作業は、研磨の下ごしらえとして、ツギハギ部分や積層痕(3Dプリンターで出力した際に生じる表面の凸凹)を先述のアセトン粘土で塗りたくり埋める作業、その後の研磨・塗装である。

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これまでの作業は自宅アトリエで行なっていたのだが、研磨・塗装はさすがに自宅ではできない。
友人の協力を得て、ブルックリンの倉庫を数日お借りすることになった。

研磨・塗装は匂いも粉塵もでる作業なので、夜中に作業をする。
1週間ほど深夜24時に家を出て、朝7時に帰宅する日々を送る。

電動研磨機で磨くとまるでコンクリートのような質感になり、これはこれでかっこいい。

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塗装はスプレー缶を大量に購入し、「ゆっくり焦らず、丁寧に」という専門家のアドバイスを受けて数日に渡って作業した。

UAEへの発送日が残り2日にさしかかり、ようやく完成。

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この後、音響機材を接続し、スピーカーの調整や実際にスピーカーを使っての作曲に入るのが理想だったが一度タイムアップ。

あらかじめ購入していたケース(本来の用途は巨大なミラーボールのケース)に梱包し、必要な音響機材やリペアパーツとともに無事に届くことを祈りながら運送業者に手渡す。


ほどなくして、日本での別のプロジェクトのために帰国。
しばらくはそのプロジェクトにフルコミットしていたのだが、12月に入りUAEに現場入り。


2019年12月

UAEに訪れるのは初めて。トランジットで寄ったカタール・ドーハを除けば中東地域も初めてである。

この時期は日本もNYも本格的に寒くなる時期であるが、UAEは汗ばむほどの気温。

UAEに到着してすぐに今回の会場となるSharjah Art Museumに向かった。

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この美術館は左右対称に伸びる長い通路があり、その通路の途中に35平米ほどのスペースが60部屋ほど均等に並んでいる。
僕が展示するスペースは、到着した時にはすでに遮光のための壁が建っており、指定していたカーペットが敷かれていた。

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あらかじめ送っていた球体スピーカーや音響機材の確認をするが問題なく動作して安心。

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しかし、プロジェクターで投影されている映像が、いままで伝えていたオーダーが全く反映されていない。

そのことを再度映像クリエイターと芸術祭実行委員に伝えるが、ひとまず自分の作業に専念する。


展覧会オープニングまで残り一週間

今回の作品規模で考えると、設営のために一週間あるということは比較的ゆとりがある感じだが、スピーカーの調整や作曲等必要なタスクはいくらでもあるので、あせらずに一つづつ作業する。

僕は比較的早くに現地入りしたのだが、数日たつと他の参加アーティストが次第に到着しはじめる。

参加アーティストは全員同じホテルに滞在するのだが、朝昼晩の食事は基本的にホテルのバイキングなので、一緒に食事をしながら交流する。


自分の作っている作品の話、自分の故郷や住んでいる場所の話、はたまた政治の話など枚挙に暇がないのだが、人種や環境が違えど同じように創作で苦しみ、救われているアーティストとの交流はカタルシスを感じる。
今回この芸術祭に参加した一番の醍醐味はアートという世界で同じ志を持つ友人に出会えたことだ。

ホテルの食事もすごく美味しい。
しかしムスリムの国であるのでお酒や豚肉は一切でてこない。
バイキングなのでバラエティはあるが、スパイスの効いたスープや鶏肉・ラム肉の炒め物が中心。

ある日たまらなくハンバーガーが食べたくなった僕はホテルの向かいのNewYork Snacksというハンバーガー屋に行った。


注文したハンバーガーのセットが日本円にして約1200円ほどだったと記憶しているのだが、現金で2000円支払ったところお釣りが100円くらいしか返ってこない。

ウェイターに「お釣りちょろまかしただろ!」と言うと申し訳なさそうにあやまりながら残りのお釣りを返してくれた。
UAEでは一般的にチップ文化はないのだが、ここはNewYork Snacksなので返してもらったお釣りをチップとしてあげた。

そういう経緯でNewYork Snacksのあるウェイターと仲良くなり、度々このハンバーガー屋を訪れるのだが、どこか抜けた彼と話すことはいいリフレッシュになったと思う。

最後に彼に会った時に「いつもここから君のことを想い続けるよ!!」と言われたことを思い出す。

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オープニングまで残り二日

そんなこんなでオープニングまで2日というところでやっと映像クリエイターが会場に到着。
あれから返事がなく心配していたのだが、新しい映像はいつもらえるのか聞くと、「いや、あれが最終版だよ?そんなことより君の作品素晴らしいね!はっはっは!」と話をそらす。

「いやいや、最終かどうかを決めるのは僕で、簡単に直せる問題だからはやく直してほしい」

というと、

「あれは特殊なソフトで作っていて、いまからはもう手を加えるには時間がない」

という。

話しててもラチがあかず困っていたのだが、芸術祭実行委員としても映像ありきで審査が通っているので今から映像をなくしての展示はありえないと言われ、仕方なく自分で映像を編集する。

映像クリエイターにも、クオリティコントロールをできなかった自分にも腹が立ちつつも、なんとか編集を完了させて芸術祭のテクニシャンに映像を納品。

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オープニングまで残り1日というところで最後の詰め作業や記録映像の撮影をしたのだが、他の参加アーティストのほとんどはとうに設営を済ませていて会場には僕を含めて1~2人しかいない。

僕はおそらくテクノロジーアート、ニューメディアアートの領域のアーティストなのだが、これらの領域のアーティストはオープニングの本当にギリギリまで作業するのが普通な気がする。
経験上、オープニングまで余裕があった作品設営は一度としてなかった。

この国際芸術祭には絵画や彫刻作品が多く、芸術祭実行委員もギリギリまで作業している僕を見かけるたびに「いつできるの?」「本当に間に合うの?」と聞いてくる。

心配をかけて申し訳ない気持ちはあるが、クオリティと展示の安定性のためにはしょうがない。


最終日の設営作業も完了し、ホテルに帰ろうとする時に実行委員から

「あしたはドクターが来るから簡単なスピーチの準備をしてね!」

と言われる。

「ドクターって?」とたずねると、どうやらこの国際芸術祭の実行国で、この美術館があるシャルジャ首長国のスルターン国王のことらしい。

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「ドクターはVIP中のVIP中のVIPだから失礼がないようにね!」
「絶対にドクターの左側には立たないでね!」
「SPがいっぱいくるけど、SPより先に展示空間には入らないでね!」

とか色々プレッシャーをかけられてビビる。

ホテルに帰って作品を説明するためのスピーチを考え、さながら期末試験を控えた学生の時のようにくりかえし復唱し暗記する。


オープニング当日

会場にはおびただしい数のSPやメディア関係者がひしめいている。

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ほどなくして「ドクター」が登場。

UAEの男性の正装はカンドーラという白いワンピースなのだが、「ドクター」は一人だけ乳白色のカンドーラを着ている。

「ドクター」とSPは各アーティストの展示空間を順々に回っていき、僕の番になっる。
簡単に握手と挨拶を交わし、数分のスピーチを終えて次の展示空間へ。
ここまでの覇王色の覇気を感じたのは初めてだった。

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オープニングレセプションも無事終了し、沢山の好評を頂戴した。

豪華絢爛な文化が色濃いアラブの地で、ひたすら水の音が粛然と鳴るシンプルでストイックな作品を展示するギャップを好意的に感じてもらえたように思う。


あとは滞在最終日にあるアーティストカンファンレンスを残すのみとなった。


アーティストカンファレンスではアーティスト各々の作品説明や、いままでどういう作品を作ってきたか、はたまたどういう人生を歩んできたかをプレゼンテーションする。


そのための資料やスピーチの準備をしつつ、それまでの2日間は芸術祭実行委員が参加アーティストのために観光ツアーを用意してくれた。
観光ツアー初日はアル・アウアーというUAE中部にある地域の砂漠へ。

特に印象にのこっているのは砂漠の静かさだ。

都会のように車や室外機、飛行機も、ビルのように音を反射する建造物も、葉っぱが擦れる木々の音や海の波の音もない。

無響室とは違った、自然の静寂はとても神秘的であった。

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滞在最終日、アーティストカンファレンスが行われた。

観光ツアーを経て、参加アーティストはすっかり親交が深まっていた。

さながら打ち上げパーティーのような雰囲気で各アーティストがプレゼンテーションする。

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そのプレゼンテーションの仕方も、言語もバラエティーに富んでいて興味が絶えなかった。
(参加アーティストの国籍は実にバラバラだが、中東圏外のアーティストが6~7割で、スピーチは基本的に英語かアラビア語である)

全ての参加アーティストのプレゼンテーションが終了し、この滞在でのタスクは全て終了。
プロポーザルを作り始めた8月からはじまり、やっと肩の荷が下りた。



初めて参加した国際芸術祭、総じて想像以上に素晴らしい体験だった。
参加できたこと、選出してくれた芸術祭実行委員会や制作を手伝ってくださった皆さんに深く深く感謝している。

ここまで綴ったことはあくまでキャリアの浅い一人のアーティストの一つの体験にすぎないが、アートの世界を知る一助になったら嬉しく思う。




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