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ベンゾジアゼピンの離脱症状_01_自律神経とベンゾジアゼピン離脱症候群

(この記事の内容は、私の知識と経験に基づく個人的な考察であり、何らかの実験・研究・論文等に基づくものではありません。ベンゾジアゼピンの離脱症状を理解するための参考としてご覧いただけましたら幸いです。)

神経は大きく中枢神経(脳や脊髄など)と末梢神経(筋肉や内臓など体の隅々に分布している神経)の二つに分類されます。
末梢神経はさらに体性神経と自律神経の二つに分類されています。
体性神経は意識できる五感などの感覚や筋肉の運動などを主に担っていて、自律神経は意識できない体内の情報や内臓の動きを主に担う神経です。
体性神経も自律神経も、脳などの中枢神経に情報を「入力」するための神経(求心性神経)と、中枢神経からの指令を体の各部位に「出力」するための神経(遠心性神経)の二種類の神経から成り立っています。

自律神経は全身の内臓や血管などの働きを自動的に調節して、生命を維持したり、体の状態を一定範囲内に保ったりする働き(恒常性の維持)を担っています。
意識していなくても、寝ている間に呼吸ができたり、ご飯を食べたら自然に消化したり、気温が高いと汗を出して体温の調節ができるのは、全て自律神経の働きのおかげです。
例えば心臓や腸を自分で動かしたり止めたりすることができないように、自律神経を自分の意思で調節することはできません。
ベンゾジアゼピン離脱症候群は神経の働きにブレーキをかける事ができなくなり、神経を適切に調節できなくなる病気ですので、神経の一種であるこの自律神経にも様々な影響が及び、結果として全身に症状が出ることになります。

自律神経には、交感神経と副交感神経という互いに拮抗する働きをする二種類の神経があります。
交感神経は主に戦ったり逃げたりする時に優位になる神経で、副交感神経はリラックスしている時に優位になる神経です。
この二つの神経は、0か100かで働くのではなく、常にお互いが協調して微調整し合いながら体のバランスを保っています。

この記事では、この自律神経とベンゾジアゼピン離脱症候群について考えてみたいと思います。


体の内外に生じる刺激と自律神経


交感神経と副交感神経は、主に下記の三つの反射(ある刺激によって引き起こされる、無意識の反応)によって、生命維持や体の恒常性の維持を行っています。

内臓-内臓反射

内臓-内臓反射は、自律神経で入力され、自律神経で出力される反射です。

例えば、血圧は、頸部にある圧受容器によって感知されて自律神経によって中枢に伝えられます。この情報は意識を介することなく処理され、血圧を変えることが必要な時は、自律神経を伝って心臓や血管にその情報が伝わり、心臓の動きや血管の収縮の状態が変化することによってその時々に適切な血圧に調節されています。
また、胃腸の動きなどの様々な臓器の調節にも、このような自律神経の反射が関わっています。

体性-内臓反射

体性-内臓反射は、体性神経によって入力され、自律神経によって出力される反射です。

例えば対光反射と言って、眼に光を当てると瞳孔が収縮する反射があります。これは、体性神経で入力される視覚情報が脳に伝達されることで、脳から瞳孔を小さくしろという命令が自律神経を介して出力されることで起こります。

また、皮膚を刺激することで、心臓や胃の動きに変化が出ることも分かっています。マッサージ・鍼灸・指圧などが内臓の働きの調節に効果を発揮するのは、この体性-内臓反射によるものであるとされています。

内臓-体性反射

内臓-体性反射は、自律神経によって入力され、体性神経によって出力される反射です。

例えば咳反射という反射があります。これは気道に異物を吸い込んでしまった時に、自然に咳が出る反応です。気道粘膜受容器で感知された気道粘膜への刺激を自律神経が脳に伝え、脳からの指令が体性神経を伝って呼吸筋に伝わることで咳が出るという仕組みになっています。

このように、体の内外のあらゆる情報が自律神経や体性神経の活動を生じ、ひいては、身体の状態を変化させていることが分かります。
このことは、ベンゾジアゼピンによって神経の調節に支障が生じると、私たちが経験する体の内外のあらゆる環境の変化や刺激が、内臓の機能の異常につながる可能性があることを示唆しています。

内臓感覚

先述のように、自律神経から中枢に入力される内臓の情報は意識されないものがほとんどですが、一部は意識できるような仕組みになっています。
この感覚を内臓感覚と言い、内臓感覚はさらに臓器感覚(空腹・のどの渇き・尿意、吐き気など)と内臓痛(心筋梗塞による胸痛や胃炎による腹痛など)に分けられます。

内臓の感覚は、内臓で非常事態が起こっている時にのみ意識に上るようになっている場合も多くあります。
例えば、胃で食べ物が正常に消化されている時には何も感じませんが、胃に入ってくる食べ物が多すぎたり、胃が細菌やウイルスに感染したり、胃潰瘍になったりすると、胃がもたれたり、吐き気がしたり、胃が痛くなったりして、意識に上るようになります。

ベンゾジアゼピンの離脱によって、この内臓の感覚に関わる神経の活動も抑制できない状態になると考えらえますので、これら臓器感覚や内臓痛などの情報の伝達や認識にも混乱が生じ、結果として、胃が病気になっているわけではないのに吐き気がしたり痛みが出たりといったような現象を起こす可能性があります。
そしてまた、このような知覚に対する反応が起こる結果として、本当に胃の働きに異常が生じるといったようなことも起こるということです。

まとめ

すなわち、ここまでの話をまとめると、
①    神経による内臓の調節ができずに、内臓の実際の働きが変化する事
②    内臓の状態を過剰に知覚してしまう事
この二つの異常が同時に起こっていて、それぞれが症状として認識され、さらに悪循環を起こす状態が存在するということです。

これを、血圧を例に具体的に説明してみます。
例えば、ささいなきっかけで血圧がほんの少し上がったとします。
ところが、それを感知する神経の過敏によって実際の血圧上昇以上に「血圧が上がり過ぎた!」と脳が誤認し、「血圧を下げろ!」という命令が出ます。
その血圧を下げろという命令がまた過剰に働き、下げようと思った以上の血圧低下を生じます。
その血圧低下を感知した神経がまた過剰に反応して、実際以上に血圧が下がっていると誤認し、「血圧をもっと上げろ!」という命令が出て、血圧を上げようとする反応が過剰に起こり・・。
これがずっと繰り返される悪循環のような状態になるということです。
この血圧の乱高下によって、体中の内臓の血流が増えたり減ったりするわけですが、それによって動悸、吐き気などの症状が起こり、それが過敏になった脳の神経に伝わり、さらに強く感覚するという現象が起こります。
この感覚がまた、自律神経に命令を出し、自律神経が過剰に反応するという現象まで起こしてしまうわけです。
このような内臓の変化とその知覚が次々と全身で生じる状態になりますので、常に様々な症状が生じている状態になり、常に身体のどこかが苦しい感覚を感じている状態になります。そしてこれが、生活に多大な影響を及ぼすことになります。

感情と自律神経

上記のような体の内外からの刺激による自律神経の反応に加え、心に起こる、喜び、悲しみ、不安などの様々な感情も自律神経の働きに影響を与えます。
感情の中でも、自律神経系などの体の変化を大きく伴う感情を「情動」と呼んだりもします。
このような、「自律神経の反応を伴う感情」を表現する用語が存在する程、そもそも感情は自律神経と密接に関連しています。

実際、強い感情が起こった際に、胸が苦しくなったり、胃が痛くなったりといった、自律神経に関連する体感を経験したことのある方も多いのではないかと思います。

ベンゾジアゼピンの離脱が生じると、感情に伴うこの自律神経の変化も過剰になったり乱れたりする可能性があります。
さらに、ベンゾジアゼピンは抗不安薬として使用される薬剤ですので、人間の感情に大きな影響を及ぼします。このため、その離脱によって不安などの感情が増幅されることは想像に難くありません。
そういったベンゾジアゼピンの感情への影響も、結果的には自律神経の乱れを起こすこととなります。

さらに、感情によって自律神経が変化するのとは逆に、自律神経によって調節されている身体の変化、例えば心拍数の上昇などが、恐怖や不安などの感情を引き起こすことも分かっています。

つまり、ベンゾジアゼピンの離脱によって自律神経の調節に障害が生じると、その結果として生じた内臓の動きの変化が感情の変化を起こすことになり、その感情がベンゾジアゼピンの離脱によって増幅し、その増幅した感情がさらに自律神経に影響を及ぼすという悪循環も起こることとなります。

ストレスと自律神経

人間の体内では周囲の環境が変化しても体温や血圧などの状態は一定の範囲内に保たれます。これを恒常性と言います。
この恒常性を乱すような何らかの刺激があると、体内では恒常性を維持するための反応が生じます。
この反応の原因となる刺激を「ストレッサー」、反応を「ストレス反応」と言い、この二つを合わせて「ストレス」と呼びます。
この記事の初めにも書きました通り、自律神経は恒常性を維持するための神経ですので、正にストレッサーに対して反応するための神経であり、ストレッサーの影響を強く受ける神経であると言えます。

ストレッサーには、気温や気圧などの物理的なもの、有害物質などの科学的なもの、病気や飢餓のような生理的なもの、家庭や職場等での人間関係などから生じる不安・緊張などの心理的・社会的なものなどがあります。
つまり、これまでの項目に書いたような体の内外の刺激や感情のことをストレッサーと呼びます。

生活環境、生活パターン、人間関係などに変化があると、それに伴ってこのストレッサーの程度や数が増加することになります。つまり、これらの変化がストレスになるのです。
例えば、離婚、身近な人の死、自分の病気、失業など、日常会話でもストレスとして認識されているような出来事が、実際、体に大きな影響を与えるストレスとなります。
また、結婚や昇進など、一般的には良い事とされるような出来事も、環境の変化ではありますので、悪いことと同様のストレスになり得ます。

ストレスは、この記事のテーマである自律神経系に影響を与えると同時に、内分泌系・免疫系の変化も引き起こします。そして、この内分泌系・免疫系の変化が巡り巡って、また自律神経に影響を及ぼします。

ストレスは健康な人にとっても自律神経の不調につながるものですので、もともと自律神経が薬剤性に障害されているベンゾジアゼピン離脱症候群の人にとっては、とても大きな負荷となります。
結果として、ベンゾジアゼピン離脱症候群でない人なら自律神経に影響がほとんど無いほどの小さなストレスでも大きな自律神経の乱れを起こして症状が出ますし、大きなストレスでは他の人よりも大きな症状を呈することになります。

ベンゾジアゼピン離脱症候群の人が置かれる状況と自律神経

ここで最後に、さらに大きな視点で考えてみます。
ベンゾジアゼピン離脱症候群は、上記のような自律神経の障害によって生じる症状や、その他の様々な症状の結果として、身体の健康を維持するための行動、収入を得るための仕事や人間関係の維持などの社会的な行動が大きく制限される病気です。
これらの行動ができなくなることで、健康状態の悪化、生活環境の悪化、精神状態の悪化などが生じます。
このような変化が、更なる自律神経の負荷となり、心身の不調が増大するという悪循環を生じる疾患でもあると言えます。
つまり、ベンゾジアゼピン離脱症候群自体が、先述のストレスのオンパレードのような状態を生むことになり、ベンゾジアゼピン離脱症候群の症状をさらに悪化させるのです。

さらに、ベンゾジアゼピン離脱症候群は、患者さん自身がベンゾジアゼピンの使用・減薬・中止によって発症している疾患であると自覚しているにも関わらず、医療関係者や周囲の人(家族・友人・職場の人など)に認めてもらえないという状況がしばしば起こる疾患です。
ベンゾジアゼピンの副作用であることをそもそも否定される、減薬をさせてもらえない、突然断薬させられる、仮病だと言われる・・。
こういった事によって、患者さんを取り巻く人間関係が大きく崩壊するような状況が起こり得ますし、その結果として自律神経にかかるストレスは計り知れない大きさとなり得ます。

また、ベンゾジアゼピン離脱症候群の治療には、その原因となっているベンゾジアゼピンのゆっくりとした減薬・断薬が基本であり不可欠であると考えられますが、患者さんの周囲にその方法を教えてくれる人は基本的に誰もいないことが多いと思われます。
自分で減薬しようにも方法が分からない、症状の重さによっては調べようにも調べられないという状況に置かれることもあります。
減薬方法がやっと分かったとしても、重症の場合には水溶液などにして超微量の減薬を日々続けることになりますので、何百日、何千日もの間、一日も欠かさず自分で調剤をし続けなければならないというプレッシャーにさらされますし、その作業自体も様々な症状のある体には大きなストレスとなり得ます。
これら、減薬に関する様々な事象が、自律神経に対して絶え間ないストレスを与えることになります。

このように、ベンゾジアゼピン離脱症候群においては、無意識の内臓の働き、内臓の状態の感覚、感情とそれに関連する身体の変化、ベンゾジアゼピン離脱症候群を発症した結果として生じる環境や人間関係の変化などによって、様々な角度から自律神経に変化や負荷が生じ、結果として多様な自律神経症状を呈することになると考えられます。

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