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Cahier 2020.10.03

先月の連休は最後の夏休みを満喫しようと、また一人青森へ。

一度は上野発の夜行列車で行ってみたいとは思っているものの、「はやぶさ」、速くて車内も快適でとっても好き。そして車内誌「トランヴェール」。あそこで連載されている沢木耕太郎のコラムは、前回読んだのがいつだか忘れるほど時間が経っていても、同じ時間が流れているように感じるし、ぐぐっと旅情も盛り上がってくる。特集ページでは思いがけず次の旅先候補が見つかることもある。あの雑誌、なぜ東海道新幹線にはないのか。

旅先を決めるときは、いつも”これ”という決定的な理由はなくて、ただなんとなく、という気分で出かけることが多い。でもその”なんとなくの気分”を醸造している小さなきっかけは色々ある。

たとえば、夜の東京の街を歩いていると、昔旅した宮崎・高千穂の夜のことをふと思い出すことがある。周りはほとんど田んぼで、自分の息も声も吸い込まれていってしまいそうなほど暗く静かな夜。ほんとうの夜の暗さを知ったのはあのときが初めてだった。東京はいつもどこかの電気がつきっぱなしで、目を閉じてもどこか遠くでチカチカと光が点滅しているから、ときどき、仮眠状態の東京の夜から抜け出して、ほんものの夜に触れたくなる。

もうひとつ、ときどき思い出すのは、かれこれ8年ほど前に青森へ旅行したときの五能線の車窓から見た風景。窓の外には日本海とごつごつとした岩の風景がずーっと続き、乗っているのはわたしたち二人だけで、なぜか1時間も停車する駅があったり。今思い返すと気が遠くなるようなルートだったが、まるで『千と千尋の神隠し』の電車のシーンのような、すべての旅路がああであってほしいと思うような、旅の原風景のひとつである。

もうひとつは、この夏に行った「古典×現代2020」展で見た田根剛氏の作品。滋賀県・西明寺の「日光月光菩薩像」のインスタレーション。わたしは仏像を”鑑賞の対象”にすることにいつも小さな抵抗があるのだが、この作品には心奪われてしまった。非常灯すら消された真っ暗な部屋で、細い光の筋がゆっくりと上下しながら二体の菩薩像を照らし出していく。祈りのまなざしがそのまま現前したかのようなその作品に惚れて、その作者である田根氏が建築家であり、弘前れんが倉庫美術館のリニューアルを手がけた人であることを知って、弘前へ行きたいと思った。

世田谷美術館で「作品のない展示室」と題して美術館という空間そのものを見せる企画をやっているが、美術館という空間や建築物は「アートに触れる・アートを見る」という経験に少なからぬ影響を与えており、世間が美術館建築に改めて注目する時流でもあった。中でも『原っぱと遊園地』の著者である青木淳氏が設計した青森県立美術館は訪れてみたい場所のひとつだった。

そんな小さなきっかけが寄り集まって、ある日突然、発酵がさかんになってもくもくと泡を吹いて、心の蓋が持ち上がる。そうなるともう、どうしても旅に行かねばという気持ちになってくる。

というわけで、青森。

(続きはまた)


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