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貴方が美しいということ【SF恋愛小説①】

この小説は、kesun4さんの詩
貴方が美しいということ
をイメージして書いています


 僕は一瞬で激しく心を奪われた。
 珊瑚礁の海のような、鮮やかなエメラルドグリーンの瞳に。

 青い光に満たされた空間の中で、取り囲むように揺らめく海百合を背景に立つ彼女は、ベージュのジーンズと白いシャツという簡素な服装だった。
 それでも、無造作に束ねた長い亜麻色の髪、ほっそりした手足と、細くて優美な首から肩の線、均衡のとれた目鼻立ちは……ただ立っているだけで眩しく輝いて見えた。生まれて十六年目で、こんな綺麗な人を初めて見た。

「初めまして。ミキ・アヅマと申します。あなたの話は彼から何度も聞いています。今年から高等部に入学されると。おめでとうございます」
 彼女は微笑んで、長さ三十センチ位の、細長いカプセル状のものを僕に手渡し、僕はそれに目を落とした。カプセルの中は透明な液体で満たされていて、茎も葉も全てが青い花……海百合が封じ込められている。

「海里(かいり)、海百合の本物を見た事はある?初めてか。入学祝いに現金も考えたんだけどな、味気ないだろ。女はこういうのを喜ぶ。好きな子にでもあげたらいい」
 僕の叔父さん、金城樹貴(キンジョウタツキ)は、彼女の背後から腰に手を回し、僕の方に身をかがめて、肩をポンと叩いた。
 まくられたシャツから見える引き締まった腕の筋肉。仕事もプライベートもアグレッシブな叔父さんは一族会社の最年少取締役で、目覚ましい実績を上げ、この調子なら次期トップもいずれ視界に入るだろうと父が言っていた事を思い出す。

「ありがとう、叔父さん。凄く綺麗。中に入っているこの……透明な水みたいなこれ。これが『しとね』なんだね」
「そ。企業秘密のね」
 僕は周囲一面の水槽の中に揺れている海百合に目をやり、すぐに目の前の彼女に視線を戻す。正直言って、叔父さんも海百合もどうでもよかった。彼女ともっと話したい。けど叔父の前では流石に憚られた。

 この時間帯は天窓からの光が明るく、海百合を透かして、周囲の壁から高層階の眺めが見えた。
 このビルは全て一族の会社で、ここは最上階だ。このフロアは、元はV.I.P専用のレストランだった。
 窓は透明な強化アクリルでできていて、その水槽の中では海百合が栽培されている。外から差し込む光は花を経由して青い光となり、部屋の調度品……栽培に使う機械類や道具、小さなテーブルと二脚の椅子、を照らしている。
 フロアの中心はいくつかの部屋になっていて、その周りをフロアがドーナツ状に囲み、一番外側が海百合の展示栽培スペースになっている。

 スマホの着信音が聞こえて、叔父さんはポケットからスマホを引き出し、僕らから離れて賑やかに話し始めた。
 彼女……ミキさんは、僕を見て微笑んだ。僕の心臓は飛び跳ね、いつもの十倍の速度でやかましく動悸を始める。
「もっと側に行って見てみませんか?」
 彼女は僕を水槽の近くへ連れてゆき、海百合を間近で観察できるようにしてくれた。彼女に近づくと、仄かに花のような香りを感じる。動悸を隠そうとして、わざと熱心に水槽を覗き込む。

 青く半透明な葉と茎を網目状に走る紺色の葉脈が、繊細なレース模様のようだ。先端に行くにつれ、深い紺から澄んだ明るい青に変化し、花弁は空色の透明なセロファンのように重なり合っている。
 海百合は「しとね」と呼ばれる特殊な液体の中でしか生きられない花で、空気中に出すと忽ち枯れてしまう。「しとね」の中に手を入れて直接花に触れても、そこから枯れ出して、溶け崩れてしまうらしい。「しとね」から出せない、触れることの出来ない花。

 ケースに入れた状態で売買され、展示されるこの海百合は高価な花だ。栽培に技術を要し「しとね」の製造方法は会社が独占していた。彼女は会社で唯一の栽培専門の社員で、この場所は彼女の職場だ。

 そして……公然の秘密として、彼女は叔父の恋人でもある。父が母に話しているのを聞いたことがある。叔父は、跡継ぎを作ることに関心がない。どこからか連れてきた素性の知れない女を囲って栽培をやらせている。それをよく思わない者も多いと。

 叔父は一族の中でも目を惹く存在だ。周りの人間は叔父に対して、怒るか、怖れるか、媚びるか、それを全部混ぜた態度を取っていた。
 叔父は、相手が誰であろうと気さくに話しかけ、議論を仕掛けられれば不敵な笑みと共に論破し、どんなトラブルも笑い飛ばす。
 彼の自分本位で傲慢で、そのくせ酷く魅力的なふるまい。どちらかといえば内向的な僕とは正反対に思えるけれども、僕の目に叔父は好もしく映った。

「海里、あと十分で迎えのエアカーが来る。直通エレベーターで役員専用の車寄せに移動するぞ。……ミキ、じゃあ行ってくる」
 叔父は彼女の背中に手を回し、二人は軽いキスを交わす。叔父は迷いの無い動作で栽培フロアを後にする。僕も叔父について歩き、振り返ると、ミキは僕に軽く手を振っていた。
『後ろ髪を引かれる』という言葉の意味を、僕は初めて知った。


 僕は自宅前で叔父のエアカーを降り、入れ替わるように両親が車に乗り込んだ。これから一族の大人達は恒例の集まりがある。
 叔父と父は、実の兄弟にも関わらず、個人レベルではお互いを嫌っている。でも、仕事仲間としては信頼し合っているらしい。そういう大人の折り合いのつけ方、というものは、まだ僕にはよく理解できない。

 車が出る直前、叔父は窓から顔を出すと、僕を側に呼び寄せ、耳打ちした。
「海里、栽培室は毎週水曜の十五時以降、直通エレベーターから入れるようにしておく」
僕は驚いて叔父の顔を見た。叔父はウィンクすると、車の窓を閉めた。

 部屋で着替え、海百合のケースを眺めながら、彼女の事を思い出す。
 青い光に照らされて水色に染まった白いシャツ。窓の側で海百合を覗き込んだとき仄かに香った、彼女の匂い。白い柔らかい花のような。あれは香水だろうか。それにしては自然というか人工的な感じもしなくて……。
 ふと、気が付いた。銀色のケースの下部、ケースごと卓に置けるよう小さなスタンドが収納されている、その金具の部分。強く回すと外れて、中から細い棒が出てきた。スティック型の鍵だ。これはおそらく、直通エレベーターの鍵だろう。
 ようやく叔父の行動に合点がいく。入学祝いは花じゃなく、こっちの方か。わざわざ会社に呼びつけて花を渡す、なんてのは、叔父らしくない。
 また彼女に会える!たちまち気分が高揚する。
叔父は一体どういうつもりなのか……?心の片隅に疑問が湧いたが、彼女に会いたい気持ちが圧倒的過ぎて、それは忽ち忘れ去られた


 学校の授業が終わると、逸る心を押さえ、迎えにくる送迎用自動ハイヤーに乗り込んだ。行き先を自宅からkinjyo-buildingに変更し、ルート2として登録する。叔父や僕の父、一族が経営するロボティクス社の金城ビル。
 役員用の出入り口から、前回乗ったのと同じエレベーターに乗り込み、スティックキーの差し込み口にキーを差し込んだ。
登録された階に、自動で停止する。最上階。あの、海百合に囲まれた青いフロア。


 彼女は、フロアの中心にあるスペースのドアを開けて、出てきたところだった。僕の姿を見て少し驚いたようだ。僕は事前にアポを取っていなかった事に今更、思い至った。相手が何か言う前に、勝手に口が動き、みっともなく弁明を始める。
「あの!勝手に来てしまってすみません。叔父から鍵を貰って。あの、僕、う、海百合に興味があって。その、栽培方法に。色々教えて貰えたら……その、差し支えない範囲で良いので」
「まぁ、本当に!?嬉しい、そんな人初めて。……分かりました、私がお教えできる範囲で良ければ。でも、その前に、コーヒーはいかがですか?ちょうど、今、淹れようと思っていたの」
「是非!ありがとうございます」
 彼女は機嫌良さげに、再度、先程出てきた場所に入ると、マグカップを二つ持って戻ってきた。どうやら中央に給湯室があるようだ。テーブルの上にマグカップを並べると、フィルターを置き、コーヒー粉を入れ始める。
 僕は胸を撫で下ろし、動悸を少しでも落ち着かせようと密かに深呼吸を繰り返した。

 今日の彼女は、水色のシャツに黒のパンツを履いている。でも、周りの空間に青い光が溢れているので、厳密な色は分からない。
 フィルターにポットで少しずつ湯を注ぎながら、彼女は僕の方をチラッと見た。目が合うと、優しく微笑む。やっと幾らか収まってきた心臓が、また飛び跳ねる。無理矢理に目を逸らすと、周りの海百合に視線を注いだ。咄嗟についた嘘だけど、我ながら悪くない、と思う。僕は足元に鞄を下ろし、ノートを取り出す。

 僕らは片手にコーヒーの入ったマグカップを持ち、それを味わいながら、水槽の海百合をじっくり見て歩いた。
 彼女の説明によると、ここにある海百合は四種類。よく見ると、確かに葉と花の形が違う。茎も葉も青くて、半透明なのは共通しているけど、よくよく見れば、微妙に青の色合いも違う。

「元々の原生種はここの……ゼウスの惑星、カストルの海中に自生していたものでした。“しとね”は、そこの海水の成分を人工的に再現したものです。海水の再現、といっても勿論、簡単なことではありません。ロボティクス社の技術があって初めて可能になり、製造法は企業秘密になっています……」
 僕は、熱心に説明を聞くフリをしながら、彼女の声に聞き惚れていた。海百合を彼女の細い指が指し示す。指先まで完璧に綺麗だ。


 時間はあっと言う間に過ぎ去る。気がつくと二時間が過ぎていた。僕は慌てた。
「長居しちゃってすみません。時間、大丈夫ですか?」
「大丈夫。仕事は午前中に殆ど済ませてるから。午後は本を読んだり音楽を聴いたり、適当に過ごしているの」
「え……そうなんですか」
「樹貴さんから、私の事、何か聞いている?」
「いいえ、特には」
「私、この部屋から出られない体質なの」
「えっ!……住んでいる、んですか、ここに?このフロアに」
「そうなの。……私の皮膚は、日の光を浴びると火傷してしまう。ここの調節された空気から出て外へ行くと、アレルギーを起こして呼吸が出来なくなってしまう。……私が生きていけるのは、UVガラスに囲まれた、このフロアだけ」
 彼女は首を僅かに傾げて手を広げ、周りを見渡して、僕に視線を戻した。
「私はここの花達と同じ。この場所から出たら死んでしまう。樹貴さん曰く、君なら海百合の気持ちが誰よりも分かるだろう、栽培員として最適だって」

 だから、あなたが来てくれてとても嬉しい、良かったらまた来てね、と彼女は笑った。


(第一話/完)

【あとがき的な】
この小説は、kesun4さんの詩『貴方が美しいということ』↑とのコラボ作品です!全五話の予定です。
大人のラブストーリーになるはず(?)
拙著『百年探しつづけた犬』の世界の物語で、「百年犬」の200年くらい前、トビオが産まれた時代のお話です。
トビオのマスター、ココロさんが登場します。
トビオも……登場予定。最終話になると思います。『ミドリ』という名前の黒猫ロボットも出演予定(ミドリは、マスターからドリちゃんと呼ばれてたらしい!でもそのエピソードは入れられないかも……w)

プロジェクト大人ラブストーリーの明日はどっちだ……?
長くなりますが、最後までお付き合い頂けたら、とても幸せです。

第二話はこちら↓


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