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貴方が美しいということ【SF恋愛小説③】

この小説は、kesun4さんの詩
貴方が美しいということ
をイメージして書いています


 父は、自宅に帰るなり僕を居間に呼びつけた。母はまだ仕事から戻っていない。お互い自宅に居ても、最近は殆ど交流が無かったので、僕は内心、緊張する。

 居間で差し向かいに腰を下ろすなり父は口を開いた。
「以前言ってたな、留学に興味があると。来年から一年行ってきなさい。手続きしておいたから」
僕は激しいショックを受ける。
「な、んだよいきなり!ずっと前にそう言った気もするけど、今は気が変わったんだ、行きたくないよ!」
「行くなら早くしないと。今後、ますます未成年が国外に出るのは難しくなる。子供の数が減っているのは学校でも聞いてるだろ。誘拐のリスクが高くなって……」
「行かない!絶対行かない。一方的過ぎるだろ、相談ぐらい」
「お前に拒否権はない」
「なっ……」
「国の政策が変わった。うちの会社も対応せざるを得ない。樹貴のプロジェクトは中止だ。今後、栽培室への出入りを禁止する」
「!?」
「何を驚いてる。私が知らないはず無いだろう。お前は樹貴に利用されていたんだ。プロジェクトの為と奴から説得された、だがそれが間違いだったよ。今からでも遅くない。向こうで心機一転してこい」
 僕は混乱して言葉が出ない。父さんは知ってた。プロジェクト?何の話だ、叔父が僕を利用?意味が分からない。彼女。まさか彼女も叔父達と同じように僕を利用してるだけ?大人たちはなにをしているのか、あそこで、あのビルで。あの栽培室で。でも
———— これ以上、聞くのは怖い。

「僕は留学なんかしない。僕は……」
「お前は自分で選んだつもりだろうが、そう仕向けられただけだ。あの女の正体を知れば目が醒める、あの女は」
「言うなッ!!」
 僕は怒鳴ると同時に立ち上がり、ポケットにスマホと財布を捻じ込むと、家を飛び出した。


 夜の街を夢中で走った。
 表通りは大勢の人とエアカーとで賑わい、店の色華やかな灯りが道を照らす。僕は人通りの少ない道を選んで走った。しばらく走った後、息を切らせてスマホを取り出し、履歴を確認する。父からの電話の着信が三件。叔父の番号を表示し、電話をかけるが繋がらない。何度か試み、断念する。
 僕の足は自然と、金城ビルに向かう。とにかく彼女に会わないと。会って彼女の口から聞かないと。何が起こっているのか、僕らは……どうなるのか。


 途中でエアタクシーを捕まえて、金城ビルに乗りつけた。一般用の玄関から、役員用の出入り口へと回り込む。僕の顔を知っている人間と出会わない為の用心だった。

 夜なので、会社のプレートを胸に付けた社員らしき人々をチラホラ見かける程度で、人は少ない。僕は栽培室への直通エレベーターの前に来ると、財布から展望室へのキーを取り出した。すると、キーを刺す前にエレベーターのドアが開き、中からスーツを着た壮年の男性が降りてきた。尊大な雰囲気を纏い、僕を訝しげに一瞥すると、悠然と歩み去ってゆく。
 僕は心臓をギュッと掴まれたように立ちすくんだ。男とすれ違いざまに香るのは、彼女の白い花の香り。嫌な予感が強くなる。

 震える指で何とかスティックキーを差し込み、エレベーターが最上階に着くなり、走って栽培室の前まで来る。いつもの指紋認証で躊躇したが、どうせ僕がここに居るのはもうバレてるだろう。と、認証をオンにしてフロアへと入った。



 夜にここに入ったのは初めてだ。いつもの栽培室が、まるで見覚えのない部屋に見える。僅かな照明に海百合がぼんやりと浮かび上がり、フロアの隅は闇に溶け込む。彼女の姿は見えない。

 僕は居住スペースのドアを開けた。
「樹貴さん?」
 ベッドの方向から声がした。足早に短い廊下を横切って部屋の前に立つ。ベッドから起き上がった彼女からシーツが滑り落ち、間接照明に美しい裸体が浮かび上がる。僕は殆ど息が止まりそうになった。
「海里?!どうして、こんな夜遅くに」
 彼女はそのまま近づいて来た。僕は慌てて顔を背け、何とか言葉を絞り出す。
「家を、出てきた」
 落ち着け。僕は深呼吸を繰り返す。
「何があったの?」
 ミキがさらに身を寄せて僕の腕に手を置く。僕は愕然としてその手首を掴んだ。皮膚が赤黒く変色している。
「どうしたのこれ」
「ちょっと、乱暴にされて。明日になれば、心路主任がケアしてくれるから大丈夫。いつものことだから心配しないで」
 僕の彼女の肩を掴んだ。
「いつものこと?乱暴って何が?あなたは……何してたんだ、そんな姿で」
 彼女はハッとしたように自分の身体を見下ろして顔を赤らめ、手で胸を隠そうとしたが、僕は握る手にいっそう力を込め、彼女を僅かな灯りの下へと引っ張り出す。
 手首だけではない。身体のあちこちに刻まれた生々しい跡に、殴られたような衝撃を受ける。下で会ったあの男。さっきまで、あのベッドで……
「私のもう一つの仕事なの」
 俯いた彼女は静かに言った。


 バスローブを纏った彼女と僕は向かい合って座った。テーブルの上には、いつものマグに入ったコーヒー。僕も彼女も、手をつけようとはしない。
 僕は、自分の浅い呼吸を意識する。耳元では血がドクドク流れている音。手の震えを抑えようと、ぐっと手を握りしめた。
「僕は……あなたは、叔父の恋人だと思ってた。みんなそう言っていた。でも、それは嘘だったの?」
「私にもよく分からない。樹貴さんは良くしてくれるし、優しい。それは恋人だから……」
「恋人なら」
 僕は彼女の話を遮った。
「他の男に身体を……いいように、させたりしない」
「だって仕事だもの。海百合のお世話と同じ」
「同じなもんかっ!」
 僕は拳でテーブルを叩いた。彼女は怯み、コーヒーが数滴零れた。
「海里、怒らないで」
「怒ってなんかいない……仕事、なら、あの男と前にも」
「あの人は初めて。いつも違う人」
「違う人?……いつもって」
「火曜、木曜、金曜の夜に一人ずつ。次の日の朝には主任か、担当の人が来て、皮膚のケアをしてくれる。そうすれば元通り。でも、一度だけ深刻なダメージを受けた事もあった。大変だったの、パーツを取り替えないといけなくて……」

そうか。
そうなのか……。

 僕は顔を上げて彼女の目を正面から見つめた。
「あなたはロボットなんだね」
 彼女は僕から目を逸らしながら
「セックス専用のね。『セクサロイド』って呼ぶみたい」


  ———-セクサロイド。
 以前にネットニュースで見た気がする。セックスビジネス。個人で購入するセクサロイドは、法令が変わって、取り締まりが厳しくなった。それに加えて、商業風俗の規制の強化と、大幅な削減。

父が言っていたのはこの事か。
(国の政策が変わった)
(子供が減っているから……)

ロボティクスが開発したセクサロイド。
(プロジェクトの為と説得されて)

この栽培室は偽装?
……叔父の本当の目的は。

 僕は地の底に落ちていくような眩暈を感じて頭を抱える。今まで見えていた世界の姿がくるりと反転して、昏い裏の顔を覗かせる。
「ねえ海里、どうしたの?頭が痛いの?」
 気遣わしげな彼女の問いに、僕は手の隙間から彼女の顔を見る。
「痛いのは頭じゃないよ」
 片手を伸ばして彼女の手を掴み、引き寄せて、僕の胸に触れさせる。
「……ここが。心が痛い」
 彼女は僕の胸を見て、次に僕の顔を見つめた。顔が悲しげに歪む。
「あなたが痛いと私は悲しい。ねえどうしたら治るの?」
 そう言われて、急に涙が込み上げてくる。僕は俯き、彼女の片手を両手で包むと、額に押し当てた。涙が溢れて、彼女の手を濡らす。

 僕はどうして泣いている?
 騙されたのが悔しいから?自分だけ何も知らなかった事に屈辱を感じるから?  

違う

「僕はあなたが好き。……あなたも、同じように、僕を好きでいてくれてると思ってた。でも、違った……あなたはロボット。人を、愛したり、しない」
 涙が止まらない。僕はそのまま、しばらくそうしていた。

 小さく嗚咽が聞こえて顔を上げると、薄暗い部屋の中で、彼女の頬に光るものが見えた。……涙。
「私も、貴方が好き」
 僕は彼女の手を離した。彼女は肩を震わせ手で涙を拭っている。泣いている顔は小さな女の子みたいで、僕はまた鋭い痛みを感じる。
「それもプログラム?……さすが最新の技術、よく出来てる」
「酷い……貴方に今更、嘘をつく必要なんてないはず……信じて。私も、ここが、痛い」
 彼女は泣きながら自分の胸を押さえた。僕の胸が締め付けられる。手を伸ばすと彼女の頬にそっと触れる。指で、唇に触れる。

彼女は人間じゃない。
でも、だからなんだ?

あれだけ焦がれたひとが、僕に向かって、愛の言葉を口にする。

泣きたいくらいに嬉しい。
たとえプログラムでも。


 僕らは身を寄せると、ゆっくりとキスをした。
熱く柔らかな彼女の味わい。濃い花の香りが僕を芯から痺れさせる。長いキスの後、彼女から僕の頬に手を触れ、囁いた。
「貴方が、嫌でないなら、わたしは貴方に触りたい」
 僕達は立ち上がる。僕は彼女の柔らかい身体を思い切り抱きしめ、熱いうなじに口づける。


……ようやく手に入れた……

僕の月






 荒々しい騒音に、僕はうっすら目を開ける。と、次の瞬間、強く手首を引っ張られて、下着姿のまま、ベッドから引きずり出される。

 僕の手首を握っているのは叔父だった。皮肉そうに唇を歪め、獰猛な目つきで僕を見下ろす。
「どうだった、ウチの会社の最新セクサロイドの味は。死ぬほど良かったろ。兄貴を言い含めて、ここに踏み込むのを一晩待ってやったんだ、騙してた事はこれでチャラにしてくれるよな?おい、コイツを連れてけ。暴れるなら眠らせろ」
「……っ!」
 僕は手を振り解こうともがいたが、もう一人、入ってきた身体の大きな黒スーツの男が僕の両腕を掴むと、強い力で部屋の出口へと引き摺る。僕は暴れた。
「離せっ」
 首の後ろにチクリと痛みを感じ、急速に身体から力が抜けてゆく。
「海里!」
 彼女はベッドから出ようとして、叔父に殴られ、よろめいてベッドに手をつく、が、直ぐに跳ね起きて、なおも、僕の方へ向かって来ようとする。叔父はその腕を掴んだ。
「海里に乱暴しないでっ」
 彼女の顔は必死だ。
 やめろ、ミキに酷いことをするな……。

 視界が闇に閉ざされてゆく。最後に見えたのは泣いている彼女の顔。


暗転


(第三話/完)

この物語の元のイメージ、kesun4さんの詩はこちらです〜↑

風雲急を告げる第三話!
さてさてどうなる事でしょう!?
そして、回を追うごとに段々とpvとスキが減る恐怖と闘う連載小説(笑)
こっちの方が読みやすいッスよね、でも怖いわぁ〜

プロジェクト大人ラブストーリーはくじけない!
……続いてしまうのですよ。


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