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夢みる猫は、しっぽで笑う【起】

※この作品は、拝啓 あんこぼーろ様と闇夜のカラスとの共同四部作(※予定) 
プロジェクト【起承転結】の【起】です。

闇夜のカラス→【起】&【転】担当
拝啓あんこぼーろ→【承】&【結】担当


 ブライトローズ。スカーレットレーキ。コバルトブルー。レモンイエロー。
 森の中の木々に生い茂る葉っぱは、色んな色と形をしている。レゴブロック、鉛筆や消しゴムや三角定規、リボンやボタン。カラフルで賑やかな木が立ち並ぶ森の中を縫うように、真珠色に輝く道が奥まで延びている。

 道の表面にはキラキラした細かい砂のようなものが沢山落ちていて、踏み出す度に足元をふわりと舞う。つまみ上げてよくよく見ると、薄い紙に刻まれた小さな文字でできているんだと分かった。「お腹すいた」「あの子の服かわいい」「前髪短すぎない?」「めっちゃ退屈」脈絡の無い文章のような文字。

 さらに進んでゆくと、森の先はそそり立つ灰色の壁で途切れていた。灰色の壁の表面には無数のテレビモニタが整然と並び、モノクロに加工された無音のCM映像が淡々と流れ続けている。
 道はトンネルの入り口に続いている。私はギリギリまで近づいて奥を覗き込んでみたけど、よく見えない。
 入り口の横には、点滅する電球に縁取られた矢印の形の看板が立っていて
“進む シカ ない! シカを漢字で書くと 鹿?歯科?死か?”
と、謎々のような文字が書かれている。

 トンネルの通路は進むにつれ暗さを増してゆく。壁にも床にも色んな形をした何かが埋まっていて、物凄く歩きづらい。何度かつまづきかけて、灯りがあればなぁ、と切実に思った。
……いや、もしかして、近くにあるのかもしれないけれど、暗すぎて分からない。
 立ち止まると息を整える。先に進めば明るくなるかも、と期待してここまで来たけど、間違いだったかもしれない。うーんどうしよう、戻ったほうがいいのかな。

 ふいに、何かの匂いに気がつく。心の落ち着く優しい匂い。柔らかくて滑らかな毛皮に包まれた、小さな動物みたいな。匂いの元を探すように歩みを再開し、ゆっくり進んでゆくと……
 ドシン!
 私は、何か弾力のあるものにぶつかって弾き飛ばされ、尻餅をついた。よく見えないけど、通路を何かが塞いでいる。
 通路いっぱいに広がる“それ”は、ズズ、ズシン、と地響きを立てて身じろぎをした。それの表面に切れ込みが入り、みる間に捲れて巨大な眼がパチリと開いた。発光する紫色の虹彩がキョロキョロ周りを見回すように動き、ギョロリ、とこちらを見た。虹彩の中心は深い紅色で、表面に私の姿が写っているのが見えた。ヤバイ、と直感が告げる。

 立ち上がろうとする私の足首に何かが巻き付き、強く引っ張られて再び尻餅をつく。
「いっ!……た」
 見ると、正面のそれから細い紫色のムチのようなものが何本も伸びてウネウネと蠢き、そのうちの一本が右足首に巻きついていた。
「うわキモっ!」
 嫌悪感に鳥肌が立ち、足を引き抜こうと巻きついたムチを掴むけど、かえって締め付けられて苦痛に呻く。ムチは私を容赦なく引っ張り、私はもがきながらジリジリ引き寄せられ……

 背後の軽い足音に気づくのと同時に、私の前に躍り出た小さな影から光が一閃し、私の足首に巻きついたムチを断ち切っていた。私は弾みで後ろの地面に後頭部を打ちつける。
「いてて……」
 後頭部をさすりながら上体を起こすと、小さな影がそれと闘っている様子が目に飛び込んできた。影は素早い身のこなしで襲いかかるムチをかわし、大きくジャンプすると紫色の瞳を袈裟懸けに切り裂いた。

 ギャァともヒィともつかぬ悲鳴と同時に、傷口から紫の光と風が勢いよく吹き出し、私の服と、小さな影の体毛を波立たせるのが見えた。え?服を着て二本足で立ってるけど何か、動物?
 傷ついたそれは、わななきながら急速に縮んで黒くなり、黒い煙になって消えてしまった。再び周囲が暗闇に戻る。影はゴソゴソ何か作業をし、ピカッと鋭い光が私を照らした。眩しさに手をかざし、思わず目を閉じる。

「なにアンタ、灯りも無しで来たの?準備なさすぎ。度胸があるってよりは、ただ何も考えてないだけね」
 影の頭に小さなライトが付いている。照りつける光を透かしてよく見ると、座り込んだ私を覗き込んでいるのは、二本足で立っている猫だった。猫の手から、長々と伸びた鋭い爪がシュッと音をたてて引っ込んだ。黒っぽい体毛に覆われた顔の中で、深い水色の目が瞬きをする。私は立ち上がって、お尻をはたきながら猫をしげしげと観察した。

 猫は私の胸までの身長で、ツナギのような服を着ている。ツナギはしなやかな身体の線にピッタリと沿っていて、表面には沢山の小さなポケットが着いている。首には白い柔らかなレースの襟と細いリボンが見える。シンプルなボディーバッグを斜めがけし、頭にはライト付きのバンドを巻いていた。
「コメット!すごい、本物!」
私は興奮して叫んだ。猫は驚き、次いで渋い顔つきになった。
「コメットぉ?なにそれ」
「『はたらく魔法省』に出てくるキャラだよ!……え、違うの?」
「勝手に変な名前で呼ばないで。アタシの名前は……ドリーマー。ドリーマー0388」
「どりーまー……ドリちゃんでいい?」
 ドリちゃんは私をキツイ目付きで睨みつけると、大きくため息をついた。
「妥協したげる。とにかく急いでここ出ないと。時間が経つほど不利になるし、出たら装備をどーにかするから。アンタのかっこ、無防備過ぎ」
 私は自分の、菜の花色のワンピースと薔薇色のボレロを見下ろす。ピーコックグリーンのタイツはびりびりに破け、お気に入りのコーディネイトは砂と泥にまみれて見る影もない。

 ずい、と目の前に差し出されたモノを反射的に受け取った。ハンマーのようだ。長くて重い柄の先に付いたハンマーヘッドは、赤いプラスティックで出来ていて、試しに壁を叩くと『ピコン!』と可愛い音が鳴った。
「アンタの武器よ」
「武器ー?オモチャじゃん。どっから出したのこれ」
 ドリちゃんは問いをスルーし、トンネルの奥に向かってキビキビと歩き出した。仕方なく私もついてゆく。ドリちゃんは歩きながら
「アタシは導き手。ミッションクリアに向けて手助けするのが仕事だけど、できるかどうかはアンタにかかってるから。いい?この世界ではイメージが……“想像力がpowerになる”の。覚えておいて」
と言った。口調はすごく真剣だ。重要な事を教えてくれているんだ、と分かる。
「イメージ。想像力。わかった……多分」
ドリちゃんは私をチラッと振り返り、疑わしそうな顔をした。


 入院病練の一角にある部屋で、医師と菜花(なのは)の母親は向かい合って座っていた。母親の前の机上には『ナイトメア病について 〜治療方針のご説明〜』と記された冊子が置かれている。

「お母さん。ご存知でしょうが『ナイトメア病』は、治療開始が早いほど、そして患者様の年齢が若いほど、治る確率が上がります。菜花さんは、これは非常に運が良いことなんですが一体の『ドリーマー』と適合しました。準備が出来次第、治療を開始する事が可能です」
 医師は一息に説明すると、慎重に続きを切り出した。
「ただ……『ドリーマー』での治療も絶対に治るとは保証できません。相性もありますが、最後は患者様の力次第です。その点をご了承頂く必要があります」
 数秒の沈黙の後、母親が口を開いた。
「……このままなにもしなければ……あの子は目覚めないんですよね?」
「自力で回復する例もあるようですが、それは極めてレアケースと言わざるをえません。……大体は数ヶ月で、その、植物状態になるか、または……死亡という結果になる事が多いのが現状です……ドリーマーを使った場合でも、稀にあり得ますが」
「その場合は、ドリーマーはどうなるんですか」
「患者様の死亡時にドリーマーと接続したままの場合は、ドリーマーも死にます」
 母親は書類に目を落とした。
「そう……そうなんですね」
 母親はもう一度顔を上げ、医師の顔を見て、深々と頭を下げた。
「治療をお願いします、先生。お金は何とかします」
「限度額適用認定証の書類も一緒にお渡ししておきますね。早めにお手続き下さい。年収で変わりますが、かなりの額が補助されますので」
「はい。どうかよろしくお願いします……」

 大学病院の「睡眠外来」にある特別室に、番号の振られた飼育ケースが十個並んでいる。日本の国内に居るドリーマーは約五百頭で、生体の維持管理が難しく、高価な機材と専門の資格を持った飼育員が必要だった。
 ドリーマーは20㎝程の体長で、柔らかい毛に覆われ、見た目は生まれて間もない未熟な犬の赤ん坊に似ている。手足は無く、耳と鼻に該当する場所に僅かな突起があるだけで、聴覚も嗅覚も殆ど無かった。顔に当たる部分には小さく歯の無い口と、ビーズのような一対の眼がある。自力では、ほぼ動く事が出来ない。

 飼育員の上条(かみじょう)は『D-0388』と刻まれたケースの蓋を開けて、手袋をはめた手で黒い毛色のドリーマーを取り出し、専用の運搬ケースに移した。
「出番だぞ、388番」
 そのまま入院病練に向かう。担当の看護師と共に、上条は病室入口の患者名を確認する。
『二ノ宮 菜花(にのみや なのは)』
 機材を押した看護師は菜花のベッドのある一角に設置すると、機材のセッティングを始めた。菜花の手首の点滴を替え、もう一方の手首と頭に機材を繋ぎ、頭の横にブリッジをセットする。上条はブリッジの上にそっとドリーマーを載せた。上条と看護師は少し離れた場所で様子を見守る。
 しばらくするとドリーマーは、スルスルと触手のような細い腕を伸ばして、腕の先にある吸盤のような器官を、菜花の額にピタリとくっつけた。
 看護師は機材をチェックし、患者とドリーマーが接続された事を確認して、病室を出て行った。

 上条はもう一度ベッドの側に立ち、ドリーマーの暖かく柔らかな匂いを感じ、眠り続ける少女と、彼女の頭の脇でじっと動かない柔毛の塊に小さく囁いた。
「いってらっしゃい。頼むぞドリーマー」


【起】完


→ 拝啓あんこぼーろ作【承】に続く……はずw

きっと大丈夫……あんこ様は魔法使いですもの。
『ルパン、きっと、きっとまた会えるわ……!byカリ城』
(めちゃくちゃ楽しみです、あんこ様のツンデレ!!)↓



この度、こちらのイシノアサミ様の記事の女の子と猫を、共同四部作の原案にさせて頂きました!
ヘッダーにも使わせて頂いております!!
小説の冒頭で出てきた色の名前、イシノアサミさんの記事でとても優しくて素敵な絵として紹介されてますー見てみて下さいねー


プロジェクト共同四部作の明日はどっちだ!?

乞うご期待〰です!

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