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髪の毛を切るブラシ【BL短編小説】

「なんっじゃこりゃああああああ!!」
 洗面所の鏡に映る自分の姿に俺は思わず絶叫する。
俺の髪の毛。左半分は心持ち伸びてるけどヤローとしては普通の長さ。そして右半分は……。
「なに?どした……!?」
 同居のカズヤが洗面所の入り口で目を剥いて固まる。俺は右半分だけ丸刈りになった頭でカズヤに顔を向ける。俺の右上半身と足元は、たった今、切り落とされた髪の毛で真っ黒になっている。
 俺は震える手で右手に握るヘアブラシに目を落とした。カズヤは俺の手からブラシをひったくると
「おま、これ、使う前に本体に何か衝撃を与えた?落としたりした?」
「……一回、落とした」
「これ、衝撃とかで設定変わることあるって言ったじゃん!だから落としたら表示を確認しろって。聞いてなかっただろ……」
 カズヤはブラシを見つめ、沈痛な表情でため息をつく。ブラシの設定表示部分には「03 - shaved head 7mm」とある。

 自動カッティングヘアブラシは、好きな髪型を登録しておけば、あとはゆっくりブラッシングする要領でカットして、髪型を再現出来る優れものだ。まさに床屋要らずの代物なんだけど(残念ながらカラーリングはできない)ブラシの持ち主であるカズヤは背中まで伸ばした奇跡のキューティクルヘアが自慢で、カット機能を使うのは俺だけだった。何度もお世話になり、使うたびにその便利さに驚嘆し、文明の利器と褒め称えたもんだ。
 でも、今朝は切るつもりは無かった。このブラシはフツーにヘアブラシとしても使える。だから使う前に一回落としたけど、拾い上げて何も考えずブラシをかけようと頭に当てて……という顛末だった。

「カズヤぁ……」
 我ながら情けない声が出た。声と一緒に涙も出て来る。今日は二人で仕事の休みを合わせて、先月、隣町にオープンしたヨックモックバーガーで昼メシを食い、一緒に過ごす予定だったのに。俺は久々のデートにテンション駄々上がりで、新しいTシャツを買って、スニーカーも一昨日洗って、気合い入れて寝癖の髪にブラシを当てた所だったのに。無駄に爽やかな快晴なのが恨めしい。
「泣くな。おい、切ったトコ見せてみ。……どこも怪我してねーな、良かった。ブラシのつもりで頭にいきなり当てたんだろ?そーやって内蔵シェーバーで頭皮切ることもあるっていうし」
「けががなくても、けがなくなった……」
「しょーがないじゃん切ったモンは。……で、どーすんの。お前今、右半分丸刈りだけど。そのままで前衛的髪型で通すか?それとも坊主にす」
俺は泣き喚いた。
「坊主とか!いうなよ坊主とか……なんっ……なんでこんな……もう、おしまいだ……」
 髪の毛だらけの洗面所で俺は顔を手で覆ってしゃがみ込んだ。カズヤも俺の向かいにしゃがんで深い溜息をつく。

 しばらくそうしていた。やがて涙が止まり、俺の頭も少しずつ冷静になっていく。俺は顔から手を離して鼻を啜り上げ、ボソっと言った。
「……このままじゃ髪型ヘンテコにーさんだ。切るしかねーだろ」
「髪型ヘンテコにーさんっ」
 カズヤは、ぶは!と吹き出した。俺は恨みがましい目でカズヤの艶々な長髪を睨みつけ、ゆっくり立ち上がるとブラシを頭の左半分に押し当てた。当てるそばから髪の毛がバサバサと景気良く落ち、左の肩から身体、足元に雪崩れ落ちてゆく。
 総丸刈りになった自分の頭を鏡で眺め、肩の髪の毛を払い落としながら憂鬱な気分になる。我ながら見覚えのない頭だ。小さいガキの頃だってここまで切ったことはない。
 洗面所の入り口でカズヤは腕を組み、俺の頭をしげしげと眺めた。
「お前、頭の形綺麗だな。顔の小さが際立つっつーか。思ったよか悪くねぇよ」
「だまれ。今は、お前みたいなツヤツヤロングマンに何言われても腹立つわ」
 またもカズヤは吹き出しそうな顔をした。俺は改めて周囲を見回し、狭い洗面所の床に散乱した髪の毛を眺め、髪の毛まみれの真新しいTシャツを見下ろして、再び膝を抱えてしゃがみ込んだ。真っ暗な地の底に沈んでいくような気分だ。
「……もう一歩も動けねーしナンもする気にならねー。ごめん。せっかく二人とも休みなのに。デートぶち壊しにしちゃって……」
「…………」


 ブーンという微かな作動音と、手に当たる髪の毛の感触に俺は顔を上げた。いつの間にか洗面所の前に立ったカズヤが、ブラシを頭に当てている。そのタンクトップの背中を黒い滝のように流れ落ちているのは、奇跡のキューティクルヘアだった。
俺は弾かれたように立ち上がった。
「バッ!おまっ、なにしてっ」
 カズヤはそのままブラシを当て続け、滑り落ちてゆく髪の滝の中から、坊主頭が姿を現した。その頭で俺を振り向くと、ニヤリと笑ってみせる。
「俺の頭の形も捨てたモンじゃないだろ」
 鏡に向き直ると左手で自分の頭を撫でまわし
「うっひゃースッゲ!新鮮っ!ひえー別人、誰コレっ」
 鏡に映る自分の姿を見て笑いこける。俺は真っ青になって立ちすくんだ。
「……な、に、考えて……お前いつもその髪、奇跡のキューティクルヘアっつって自慢してたじゃん。……なのに」
「髪なんてまた生えてくるっつうの。まぁ、これを機に、新しい髪型試すのも悪くねぇかなって思ってさ」
「…………っ」
 また涙が込み上げてきた。さっきとは違う原因で。俯く俺の肩をカズヤは抱き寄せて耳元で囁いた。
「髪型おそろとか。どんだけ仲いいんだ俺達。なんつって、ハハ」
「……おまえバカ過ぎんだろ……マジ、救いよーがねぇ……」
 お互い髪の毛に塗れたこんな状況なのに、急に胸が一杯になって動悸がしてきた。涙を拭い、顔の熱さを自覚する。至近距離に見慣れない、それでいて良く知ってるカズヤの顔があって、引き寄せられるように唇を重ねる。優しいキスから次第に深く。
 数秒後、口が離れると、軽く息を弾ませたカズヤは
「……掃除しないと……けど、先にシャワー浴びるか。毛のクズでチクチクするわ。この感じ、ちょー久々」
と、タンクトップを床に脱ぎ捨てた。それから俺のシャツも頭から引き抜いた。俺達は慌ただしくズボンもその場に脱ぎ捨て、風呂場に二人してなだれこんだ。
 さっきまで地の底を這っていたテンションは急上昇し、今は青空を風を切って飛んでいる気分。俺ってチョロイな。けどいいわ、コイツが俺の彼氏で良かった。たった今、俺は間違いなく世界一幸せだ。


<fin>

こちらの短編は、ももりゅうさんのアイデア
「髪の毛を切るブラシ」から発想して書きました!コラボ!またもやコラボっ
ももりゅうさんなら、BLでも許してもらえるだろうという……甘えた気分で書いてしまいましたが……どうですかあ?(冷汗)


ももりゅうさぁん、お納めくださーい!!


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