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駅のトイレ。【結・前編】

「え?!あの、今は2050年……」
「……未神さん、29歳ですか。俺も同い年です」
 僕達はしばし無言で見つめ合った。逝上さんは、ハッとした様子で懐に手を入れた。
「あ、俺もスマホ持っ……」
 スマホを取り出した時に、細長い木片のようなものが床に落ちた。逝神さんはそれを左手で拾い上げ、右手のスマホの画面を上に向ける。画面は黒いままで、電源ボタンを押しても反応がない。
「げ。壊れたかな?それともここだから、かな」
「うわ、逝上さんがリアルタイムで使ってる奴ですか、それ。……本当にスマホだ」
 僕は自分のスマホの事を思い出した。
「僕、今スマホ持ってます。父が昔、使ってたヤツで。会社に持って行くとこだったんですよね」

 僕は逝上さんの左手の木片に興味を惹かれた。長さ10cm位の、薄くて細長い板の表面には、何か文字が書かれている。
「それ、なんですか?」
「これね、お守りの試作品です。先月、ウチの寺の裏に生えてる銀杏(いちょう)の木が落雷で倒れちゃって。かなりお年寄りの木だったんすけど。その木を使って身代わり守りを作って売ろうって事に……どうかしました?」
 僕は表面の文字を凝視した。
『桐ヶ谷 銀』
「その名前は……」
「姉の子供、俺からすると甥っ子の名前っす。銀杏の木が倒れた日に生まれたんですよね。だから名前も銀杏から一字取って銀(ぎん)。試作とお祝いを兼ねて作っ……」
 僕はたまらなくなって、逝上さんの手からそれを引ったくるように取り上げ、その小さな木片の文字を食い入るように見つめた。
「その話。アイツから聞きました。俺は銀杏の生まれ変わりだって。銀杏は燃えにくいから街路樹に多いんだ、火伏せの木だ。天職だろって笑ってた……俺たちは幼馴染で。親友だったんです。逝上さんの甥っ子?……そんな繋がりがあったなんて」

 僕は、あることに思い当たって、最初に入った部屋に駆け戻った。荷物の傍にしゃがむと、鞄の中のポケットを探り、そこから紫色のお守り袋を取り出した。袋を開けてみる。
 中には、名前の書いてある板が入っていた。逝上さんの持っていたものと同じ。ただ、お守り袋に入っていたものの方が経年劣化か、僅かに変色している。逝上さんはそれを見て驚いた。
「……こんな事が……未神さん。そのお守りを、どうしてあなたが持ってるんすか?」
僕は顔を上げ、逝上さんの顔を見た。
「銀は……行方不明なんです、ひと月前から」


 僕と逝上さんは、囲炉裏の部屋に戻って、再び腰を下ろした。僕達の目の前には二つの板が置かれていた。銀の名前の書かれた身代わり守り。

「銀と僕は高校まで地元で一緒でした。卒業後、アイツは試験を受けて消防士になり、僕は大学に行きました。卒業してから電気自動車メーカーに就職して、二年目に、銀がウチの近くの消防署に配属されたんです。
 僕は大学時代の友人とルームシェアしてたんですけど、相手がそこを出る事になって、同居人を探してたタイミングでした。銀は話に乗って、僕らは同居する事になりました。そこから四、五年経ちます。

 しばらくは楽しくやってました。気心の知れた仲だし。時々休みを合わせて飲んだり、遊んだり。……けど、僕が部署を異動になったことをきっかけにして、ギクシャクするようになりました。僕は……僕の新しい部署は、兵器を開発するところでした」
「兵器ですか」
「兵器開発は、国内のある程度の規模のメーカーなら、どこでもやってます。まあ国からの命令だし、それ以上に市場として魅力的で……僕の時代では、中国とアメリカの仲が既に修復不可能なレベルで断絶していて、貿易の交流もありません。まだ公然と戦争はしていませんが、常に他の国の紛争を通じて代理戦争をしているようなものでした。需要は伸びる一方で……あまり報道されないけど、日本の電気製品は、輸出のかなりの部分が軍需関連になってるんです。

 銀は僕の仕事が許せないようでした。武器は命を奪うものだと。僕は言い返した。自動車だって時には人の命を奪うこともある。道具は使う人間次第だと。でも……自分でも分かってました。車と武器は、結果は同じでも作られる目的がそもそも違う。僕は人の命を奪う事に加担して、それを金儲けの手段にしている。

 ……けど拒否すれば開発の現場から遠ざけられることも明白でした。仕事が面白くなり始めていて、辞めることは考えられなかった。僕らは同じ家に暮らしながらも、だんだん交流をしなくなりました。
 ……いや、違うな、僕が銀を避けてた。そりゃアイツの仕事はどっから見ても誇れる立派な仕事ですよ。けど僕だってこの国の経済を支える一助になってるんだ、とか……色々考えてモヤモヤして。僕は同居を解消することも考え始めていました。

 そんな時に、千葉の大きな工場で火災が起きて、大規模な消火活動に沢山の消防車が出動しました。僕がそれに気がついたのはテレビで……消火活動の最中に爆発が起こって……消防士が何人か巻き込まれて。その中にアイツの名前を見た時でした。
 仕事柄、そういう事故がいつか起こるかも。そう言われてたけど……呆然としました……アイツの部屋の机にこのお守りが。生まれた時に貰った大事な身代わり守りだって言ってたのに。

 これを持って現場近くにまで行きました。銀のお父さんとお母さんが、他の消防士の家族と一緒にそこに居て……昔からお世話になってたんで、僕にすぐ気付いてくれて、僕らは一緒に銀の無事を祈りながら待ちました。
 事故に巻き込まれた二人の消防士が、運ばれて来て……既に亡くなっていて、遺族が縋って泣いていた。僕らは気の毒で見ていられなかったし、凄く怖かった。

……二日後に火災は収まりました。でも銀だけ見つからない。三日後、僕だけ戻る事になりました。おじさんとおばさんにはお礼を言われた。けど僕は、そんな資格ないと思いました……やっと分かったから。自分がしていることの意味が」

 逝上さんは黙って聞いている。僕の視線は目の前の畳の上に彷徨ったけど、脳裏にありありと、その時の情景が浮かんだ。

焦げ臭い匂い。
黒い煙。舞う火の粉。
煤だらけになって走り回る消防士。  

死者。
遺された者の慟哭。

不安に押し潰されそうになりながら誰かの無事を祈ること。

あいつが今まで見てきたもの。

———僕がしていることは……


 しばらく沈黙が続き、逝上さんが長い溜息をついた。
「うん、話は分かりました。……ま、いきなり過ぎて正直ピンと来ませんけどね。けどそうなると……俺らがここに来ちゃった意味が、見えてきた感じもするっスね。呼ばれたのかも」
「呼ばれた?」
「俺と未神さんの共通点は、この身代わり守りと」と、言って逝上さんは目の前の板を見つめ「銀、だけです。そっから考えるに……先月、俺の方では銀杏の木に雷が落ちて、同時に銀が産まれて。未神さんの方では、銀が事故で行方不明になってると。だとすると、銀か銀杏の木、それに繋がる何かの為に引っ張られた、と考えるのが自然かなぁ」
「引っ張られた……」
「そう。もし引っ張ったのが銀本人なら、ここに居るのかもしれないっすね」
「銀が居るんですか!?」
 僕は座ったまま前のめりになった。逝上さんは慌てて手を振り
「可能性の話で、しかも希望的観測っつうか。けど、もしそうなら、銀を見つける事=脱出チャレンジの成功、かも知れない。捜索の鍵は銀杏かも知れないっすね」

 それを聞いて僕は勢いよく立ち上がった。逝上さんは押し留めるように、立ち上がって僕の肩を軽く抑えた。
「この家がマヨヒガなら、ここは神様の家って事になります。未神さん、くれぐれも、家の中のものを持ち出したりしちゃいけませんよ。そうするとバチが当たりますんで」
「分かりました」
「ちなみに、何にも取らずにここを去ると……後でご褒美が貰えるかもしれません。民話のパターンだとね」
「ご褒美?」
「そう。お宝とか」
 逝上さんはニヤッと笑った。そして屈むと、お守りの板を拾い上げ、一つを僕に渡し、もう一つは懐に入れた。その手を懐から出すと、そこには赤い紙のようなものが握られていた。
「大体、場所の性質に見当が付いたんで、ダメ元でちょいと呼んどきますわ」
「呼ぶ?」
 逝上さんは紙を広げた。折り紙を鳥のような形に切り抜いたものに見える。右手にそれを持って窓際に行き、障子と窓を開けた。外に顔を向けて小声で呟くように
「おきのこぶねがもどったぞ、おきのこぶねがもどったぞ」
と唱える。すると鳥の紙はボゥ!と眩しい炎をあげて燃え上がり、数秒燃えてフッと消えた。白い煙と花のような香りが辺りに漂った。逝上さんが見つめる方向を僕も見てみる。
 相変わらず、星に埋め尽くされた夜空と、黒い濃密な闇を纏った森が見えるだけだ。恐る恐る尋ねてみた。
「何か呼んだんですか?」
 逝上さんはニッコリ笑って
「ここに来る前に一緒におったやつを呼びました。フツーなら匂いを辿ってすぐ来るんすけど……ここだと微妙っすね。来れたら儲けもんって程度に考えときましょ」
と言って、くるりと後ろを向いた。

 僕らは部屋から部屋へ、お守りを手に持ち、銀杏に関係がありそうな物に絞って探し回った。それらしいものは見つからない。次には外に出て、見える範囲に銀杏の木が無いか、周囲を見廻った。かなり暗いので、ごく近い距離のものしか判断できないけど、無さそうに見える。

 そして、最後に残ったのはトイレ……厠(かわや)。
 僕と逝上さんは、十メートル程の距離を取り、庭から厠を眺めた。厠は、大人が一人、屈んで入れば一杯になってしまう大きさで、土壁に小さい瓦屋根が付いている。扉は板張りになっている。

 その時、僕はある事に気付いた。
「逝上さん、厠の後ろの木、銀杏じゃないですか?葉っぱの形とか、枝振りとか」
 逝上さんは目をすがめて木を凝視する。
「……それっぽい……けど、厠に近過ぎッスね……他に手がかりらしき物も無い、と。んー困った」

……く、ひと……

「えっ?」
僕は耳を澄ませた。名前を呼ばれた気がしたけど。気のせい?いや……

……ひと……

「逝上さん!聞こえました?」
「え」
「今、僕を呼ぶ声がしましたよね?銀の声、だと」
「待って未神さん」
「聞こえましたよね?!」

……いくひと……

 銀の声だ!僕は厠に向かって駆け出した。逝上さんも慌てて追ってくる。厠の三メートル手前で手を掴まれた。
「離してくれっ」
「ヤバイですって!気配がっ大きくなってますっ」
「銀が!あそこにっ!」
 揉みあっているうちに、バァンと大きな音を立てて厠の扉が開き、中の暗闇から黒く細い手が無数に伸びてきて、僕を掴んだ。そのまま物凄く強い力で引っ張られて、逝上さんの手が離れた。
「みか……っ」
 必死な形相で叫んでいる逝上さんの姿があっという間に小さくなる。
次の瞬間、視界が闇に閉ざされた。


(結・前編/完)


☆    ☆    ☆    ☆    ☆

拝啓あんこぼーろさん、からのバトンを受け取ってーの「起承転結プロジェクトPart2!!
随分と間があいてしまいました(汗)
忘れられてないかしら……?!

これの前の話【駅のトイレ。転】はこちらですー↓

【駅のトイレ。結・後編】に続く↓

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