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世界の終わり【短編小説】

「……え、世界が終わる?明日?!ホントに?明日が最後の日なの?」
 シロさんの予言は遠回しな表現が度々あって、その場では気づかず後から『これのことだったか』と思い当たったりする。私は忙しく思い巡らせた。世界が終わるってどういう意味?何かの震災?地球に隕石がぶつかって粉々になっちゃうとか?
 シロさんは金茶色の眼を瞬くと、白い尻尾の先で軽く私の手の平を撫で、私をジッと見つめた。
『だから思い残すことがない様に。悠由(ゆうゆ)、人生は長いようで短い。いつでもやり直せると思う物事の半分は手を付けることなく終わるものだ』
 シロさんの眼の表面に、私の顔が小さく写っている。私は心を決めて、頷いた。

 シロさんの本名は白神さまという白猫だ。神さまだけに予言もする。怖いくらいに的中するので予知といった方がいいかも。
 私とシロさんは去年、私が高一の時に知り合った。ある時、シロさんに話しかけられて以来、朝の登校前や放課後を、公園で一緒に過ごしていた。朝練に行かなくなってからも、目は早く覚めてしまう。大きな公園のさらに奥にある、小さい公園。年季の入った青いベンチにシロさんは丸くなっている。

 私が話せる猫はシロさんだけだ。シロさん曰く、ある程度長生きした猫は波長の合う人間と話せるものらしい。シロさんの歳を尋ねた時、猫に年齢を訊いてはいけない、と嗜められた。人間同様、猫には猫のルールがある、らしい。シロさんは時々厳しい事も言うけど優しい。そして絶対に嘘をつかない。

 シロさんと放課後に話をした翌日の朝、私は公園には寄らず真っ直ぐに学校への道を急いだ。
 汗だくになって教室に入ると、紅緒(べにお)が汗を拭いながら近寄って来た。朝のホームルームが始まるまで、教室のエアコンはつかない。
「悠由、おはよー。暑すぎ溶けそーつか既に色々溶けてるーなう」
 私は笑おうとするけど上手く笑えない。顔がこわばっているのが自分で分かる。紅緒の耳に口を寄せて小声で
「あのさ、紅緒。……私さ、今日、告白する」
「ぅえっ!マジで?え、いつ?」
「お昼休みかな。ねえ、朝、ニュース観てきた?隕石が地球に衝突する予定ある?」
「はあ?そんなら学校来るやつなんて居ないって……いや隕石はどうでもいいから。告るってマジで?相手やっぱ、ライト?」
 ライト、とは隣のクラスの男子、小宮山 月(こみやま ライト)の事だった。いわゆる高校デビューというやつで、中学まではフツーの子だったのに、高校入学時に金髪で現れ、初日から先生に呼び出されていた。見た目が小綺麗なので一時期、一部の女子に騒がれていたけど、ライトは可愛い女子だろうとイカつい先生だろうと、誰にも公平に無愛想なので、二年になった今はいつも一人だ。去年も隣のクラスで体育の授業は一緒だったけど、一度も笑った所を見たことがない。

 中学の頃のライトについて、とある話を聞いて以来、私は彼が気になっていた。話してみたい友達になりたい……けど雰囲気が怖い、近寄り難い。気がつくと彼の姿を目で追っている自分に気がついたのは二ヶ月前のこと。シロさんに相談してみたところ
『今は種の景色。でもいずれ芽を出して、月の光を恋しがる時が来る』と言われた。そっからまた悩んで悩んで……今。

 世界が今日で終わるなら伝えよう。後のことは……後があれば……それから考えよう。

 私はお弁当を光の速さで食べ終わると、昼休み中で賑やかに生徒が行き来する隣のクラスに入っていき、窓辺で一人、モソモソとおにぎりを食べているライトの前に立った。ライトは怪訝な顔でこちらを見上げる。私は彼の目を真っ直ぐに見つめ、心持ち彼の方に顔を寄せて
「私と付き合って下さい」
と、一気に言って、息を詰めて待った。ライトは口を動かしながらしばらく沈黙した後、ボソッと呟いた。
「……なんで」
「え?」
「なんで付き合いたいの」
「なん……なんでって。ええっと……す、好きだから」
「……」
 ライトは口の中のものを飲み下すと、めんどくさそうに
「何すりゃいーの」
「……何……えっと一緒に帰る、とか?」
「分かった」
 ライトは紙パックのジュースを音を立てて最後まで啜り、空になったパックとおにぎりのビニールゴミを持って立ち上がると、教室のゴミ箱に近づいてそれを捨て、こちらを一度も振り返らずに、教室を出て行った。私はポカンとその場に立ち尽くしていた。あれ?なんか思ってたんと違う……分かった?分かったってなに?OKってこと?もっとこう驚くとか照れるとか、そういうリアクションは?
 予鈴が鳴り、私は納得いかない気分のまま、のろのろと自分のクラスに戻った。

 放課後になると、教室の出入り口からライトがのっそり入ってきて、周りを見回し、私と目が合うと席の前まで来て、黙って立ちつくした。彼がウチのクラスに入ってくるのは初めてで……というか、誰かの席に行くなんて行動が初めてで、帰り支度をしていたクラス中の視線が集まる。私は急いで支度をすると立ち上がった。周りで紅緒が騒いでいる。
「えっコレそういうこと?うっそ!悠由マジで付き合うの?」
 私は慌てて紅緒の口を塞いだけど遅かった。周りの生徒が口々に
「えええ付き合う?!」「竹中から告った?どんだけ勇者」「マジでーいつからそんな事になってんのー?」
 私は焦る。だって明確に返事貰ってないし、とりあえずお試しかもしれないから。するとライトが
「お前らうるせえ!放っとけ」
と、一喝した。クラスのみんなは目を丸くして口を閉じた。私も内心すごく驚いた。ライトがこんなに大声で喋ったのを初めて聞いた。ライトはそのまま出口に向かって歩き出し、私は慌ててついて行きながら紅緒に小さく手を振った。
「じゃ、先帰るね。紅緒、後でLINEするし」
「う、ん。じゃね……」

 クラスを出てからも、廊下で会う生徒は驚いたり、ヒソヒソ話をしたりしている。私が思っていたよりも、ライトは有名人みたいだ。
 校門を出てから、しばらくお互い無言で歩いた。別れ道まで来るとライトは立ち止まった。
「俺は駅から電車。お前は?」
「私はこっち。じゃ……」
 と、手を振ろうとした私をライトはジロリと見ると、駅への道に背を向けて、私が行く方の道に歩き出す。私は慌てて並んで歩きながら
「もしかして送ってくれんの?」
「……お前さ辞めた?陸上部」
「?!……ちょっと、休部してる……知ってたんだ、私の部活。……てゆうか名前も知らないと思ってた」
「竹中悠由。……名前知らなかったら、まず名前、訊かねえ?何で付き合うのか、とかじゃなくて」
「確かに……」

 ……沈黙が続く。歩きながら私は混乱していた。彼氏と初めて一緒に帰るってシチュエーション。その割にはトキメキとか嬉しさよりも戸惑いが大きくて、この状況なに?何でこんな事になってんの?って頭の中でジタバタ騒いでる私が居る。シロさん。予言。考えるより先に言葉が出ていた。
「今日で世界が終わるらしいの」
「は?……なんの話?」
 必死で止める私と、全てぶっちゃけたい私とが心で一瞬、戦って、ぶっちゃけたい欲望が勝った。私は怒涛のように話し始める。去年、シロさんに会ったこと。私は猫のシロさんと話せて、シロさんは度々予言をすること。そして昨日、今日で世界が終わるという予言があったこと。
 ライトは黙って聞いていた。話が終わっても、何も言わない。話し終わると、スッキリした気分は一瞬で、直ぐに泥のような後悔が胸の中を塗り潰し、頭を抱えたくなる。
 あーやっちゃった。客観的に観て私がどんなふうに見えるかは想像がつく。私だって最初にシロさんに話しかけられた時は自分の正気を疑ったもん。危ない奴って思われてドン引きされた。はあーもう、死にたい気分。
「あの、ごめん。変なこと言って。あのさ、小宮山、迷惑だったら」
「その猫、見れる?」
「えっ……うん。今から行こうと思ってて。公園」
「じゃあ見てからコメントするわ」
「……」
 しつこく沈黙。
 でも今回は、直ぐに否定されなかった事で、地面を見つめて歩きながら、じわじわと嬉しさが込み上げてきた。さっきからお互い黙って歩いているけど、私の心は目まぐるしくグルグルしている。ライトってもしかして、すごく良い奴?けど、何考えてるのか全然分かんない。やっぱ付き合うの保留になってるかな。シロさん居なかったらどうしよ。てゆーかさ、ほんとに世界は終わるのか?そんな気配は毛ほども無いんだけど。

 公園の入口が見えて来た。私は大きな公園を奥に進み、ずっと奥にあるもう一つの小さな公園に向かった。そちらは雑木林に隣接していて小さなベンチが二つと鉄棒があるだけだ。いつも、あまり人気がない。

 青い古ぼけたベンチの上にシロさんは居た。

『シロさん』
 私は心で話しかけた。『シロさん』
……返事が無い。いつもは穏やかな気配と『おかえり』という声が返ってくるのに。胸がざわめいた。シロさんの気配が全然感じられない。シロさんは、ベンチの上に横たわって、じっと目を瞑ったままだ。
「シロさん?」
 思わず声に出してシロさんに触れた。冷たさにビックリする。シロさんの口元に手を当ててみる。……息をしてない。
「死んでる」
 ライトがシロさんに手を触れて呟いた言葉が私に突き刺さった。私はよろめいてシロさんの隣にドスンと腰を下ろした。
「う、うそ、嘘!し、シロさんっ……シロさっうっぐ、ふぐ、うえっふわああああぁ……」
 涙が大量に出てくる。自分でもビックリするくらい私は激しく泣き出した。

 嗚咽が次第に収まってきた。溢れる涙としゃっくりの合間に、ライトがじっと立ち尽くしているのが分かって申し訳ない気持ちになる。彼はゴソゴソとポケットから皺くちゃのハンカチを取り出して私の目の前に差し出した。私はそれで涙を拭くと、何度か深呼吸をして、呼吸を落ち着けようとする。
「ホントだったな」
 ライトの言葉に私はハンカチから顔を上げた。
「猫にとって今日が、ホントに世界が終わる日だったな……信じるわ、お前の話」
 私はゴシゴシと涙を拭いて立ち上がる。
「ありがと。……ごめん小宮山。私、やらなきゃいけないことが出来た。これからシロさんを埋葬する。今日はもう帰ってくれる?」
「マジで?今から?……埋葬ってどこに?」
「ここの山。ここにシロさんの奥さんが眠ってるって。だから自分に何かあったら、ここに埋めて欲しいって前にシロさん言ってた」
「いやちょ、お前、一人でこの山に入るつもり?これから暗くなるし、いくら小さい山っつっても女一人で入るのは危ないって」
「でも、シロさんには恩があるから」
「ええー……」
 私は鞄から、洗濯するために持ち帰ってきたジャージを引っ張り出すと、シロさんをそれで包んでそっと腕に抱えた。一旦家に帰って、着替えてスコップと一緒にここに戻るつもりだ。私は困っている様子のライトに顔を向けた。
「ハンカチありがと。洗って月曜に返すね。……じゃあまた」
「マジかよ……」
 私はさっさと歩き出す。なぜかライトもそのままついてくる。

 家に着くと、ライトは俺も行く、と言い出し、私とちょっとした言い争いになった。けど最後には「お前ほんとに俺と付き合う気あんの?」とまで言われて、根負けしてしまう。
 二人ともかなり汗だくになっていたので、とりあえず入って貰い、ドーナツと冷たいお茶で一休みした。母親は看護師で、今月は、金曜の夜に夜勤が入っていた。帰ってくるのは明日の朝だ。

 私はライトにずっと訊きたかったことを尋ねた。
「小宮山さ……中一と二年の時、全中陸上(全国中学生陸上競技大会)出てたよね?」
 ライトはドーナツを頬張りながら私を見た。
「お前も居たの?」
「やっぱり!……最初はさ、小宮山の名前が、好きな漫画の主人公の名前と同じで。それで目がいったんだけどさ……一年なのにスタートから走りに繋がるとこ凄く綺麗で上手いなあってビックリして。二年の時、同じ種目でまた出てるなあって……うん、けど、同じ高校だったんだって、二年になるまで気づいてなかった。だって印象が凄く変わってたし。けどそれから凄く気になって。こんな近くに居たんだって嬉しくて」
 ライトは唇を歪めた。
「三年は何で出なかったの、とか、高校になって陸上辞めてたの何でとか、訊かねえの?」
「……」
「見当つくよな。怪我だよ。……付き合うとかって、要するにそれを訊きたかったってこと?まわりくどい事すんなあ」
「それだけじゃない、よ」
「それだけじゃない……か」
 微妙な沈黙が落ちた。ライトは大きく溜息をついて
「……そろそろ行くか」
 と、立ち上がった。

 陽が落ちて、刻一刻と暗さを増す街の中。スコップとタオルに包んだシロさんの身体を抱えて、私とライトは公園に入った。
 ライトには、父の黒いTシャツに着替えて貰った。公園の奥の林側は、囲むように石垣の壁が廻らされていて、低いところから次第に高くなる登りのスロープになっている。そこを通路がわりに歩いて登り、公園の上を覆う雑木林に入ってゆく。

 雑木林を奥に入ってゆくと小さい山に繋がっている。山というより丘、と表現する方が適切な規模かもしれない。深く分け入っても森、という程の木の密度はなくて、下草が少ない細い道もあり、上を見上げると隙間に空が見える。ある程度、人の手が入っているんだと思う。

 ずっと前に何度か、シロさんと一緒に来た場所。細い道を辿って行った先のところに、小さな広場みたいな箇所がある。
 懐中電灯でその場所を照らした。ライトに頷き、電灯を脇の木の枝に設置して、二人でスコップを地面に突き立て、掘り始める。

 スコップに慣れていないのと、細かい石や根っこが邪魔をして、猫が入る程度の穴でも中々掘るのが難しい。すぐに私もライトも、汗で濡れたようにびしょびしょになる。
「森に穴掘るって……マジ重労働だな」
 ライトがちょっと手を休め、首に巻いたタオルで顔を拭った。
「人の死体埋めるのって、もっとずっと大きな穴だよね。殺した後で山に埋めるって安易だなあ、って思ってたけど、相当苦労してたんだねー」
 私も汗を拭った。長いこと部活を休んでるせいか、体力落ちたなあ、と感じる。

 懐中電灯に小さな虫が集まり始め、しっかりと虫除けを塗ってきたのにあちこち蚊に刺されて、私は弱音を吐きそうになるけど、ぐっと堪える。ライトも黙々と作業を続ける。
 ようやく、そこそこの大きさの穴が掘りあがった。私は水色のタオルで包んだシロさんの遺体を穴の底に横たえた。私とライトは、手を合わせる。

 シロさん、私と出会ってくれて、ありがとう。
 シロさん、告白のこと、背中を押してくれて、ありがとう。

 目を開けて、手を合わせ目を閉じているライトの姿を見る。大して知りもしない女の子のためにここまで出来る人、そうは居ないよね。汗と泥に塗れてドロドロだけど、めちゃくちゃカッコよく見えた。

———私、この人のこと、やっぱり好きだ。
この人を好きになってよかった。

 二人で土をかけて、穴を埋め戻した。全て終わって山を降りる頃には、すっかり夜になっていた。

 交代でシャワーを浴び、私はTシャツとショートパンツに着替え、ライトは申し訳ないけど、また制服に着替えて貰った。焼うどんを作り、昨日の残りの唐揚げと味噌汁を温めて食べた。父親は長期出張中なので、母が夜勤の時は、いつも私ひとりで夜を過ごす。
 うどんを口に運びながら、ライトはスマホで親に連絡していた。私の顔をチラッと見て
「お前、ひとりで大丈夫?泊まっていこうか?」
と言った。私は焦って
「バッカじゃないの」
と返すのが精一杯だ。ライトはおかしそうな顔をした。この人、こんな感じだったっけ?何だか動悸が凄くてちゃんと顔が見れない。

 ダイニングテーブルでテレビを眺めながら、ライトが不意に話し始めた。
「お前も怪我だろ。アキレス腱?」
「うん」
「俺も同じ。……去年の冬、お前が怪我した時、俺たぶんそこに居合わせた」
「え?どういうこと?」
「お前が顧問と、部活連中と保健室に入って来た時、俺、ベッドで昼寝してて。……お前さぁ、自分が怪我してんのに、大丈夫大丈夫、思ったより痛くないから、大丈夫だからって一生懸命周りに言ってて……けど、ほかの連中が部屋から居なくなった途端、ベソベソ泣き出してさぁ。俺、出るに出れなくてどうしよ、みたいな」
「ごめん……」
「分かってる。怖かったんだろ。もう走れないかもしれない。いや、元のようには二度と走れないって確信してたんだろ。俺もそうだった」
「……」
「アキレス腱断裂。競技復帰まで最短でも半年。……それだって、完全には戻らない可能性が高い、とか。キツイよな……俺は中二の二月。周りは頑張れば次までに何とかなるかも、とか言ってたけど、俺はそこで切れちゃって。気持ちとか、色々」
「うん……」
「ガキんころからずっと、走るのが楽しくてしょうがなくて、結果も出せて、先しか見てなかったのに……それ辞めたら何していいか分かんなくなって。とりあえず遊ぶか、みたいな。……髪染めたり。カラオケとか皆んなでゲームしてダベったり。今までやってみたかったこと……けど、どれも全然つまんね。金かかるし親は心配するし、なんか馬鹿らしくなって。とりあえず高校は中学の部活仲間がいないところ探して入って。
 したら、陸上部にお前が居て。毎日、校庭で。……技術はともかくスゲエ楽しそう、悔しくても喜んでても何やっても楽しいんだろな、そんな走り……羨ましかった。そんでキツかった。見ないようにしようとしても目を離せなかった、どうしても」
「……」
「……校庭で笑ってるお前を見ながら……何で俺だけ。何でお前じゃなくて俺なんだ。お前も俺と同じになればいい、同じように怪我して苦しめばいい……そう、思った……ごめん」
 私は上手く言葉が出なくて、首を振った。ライトは俯いて、うどんを箸でつついている。
「だからお前が怪我した後は、教室でも廊下でも、後ろめたくて顔が見れなかった。……自分の小ささが嫌んなる」
「もういいよ小宮山。ありがとう、話してくれて。私も立場が逆なら、きっと同じように考えたと思う。……うん、そう。私も怪我直後はめっちゃしんどかった。遊ぼうとかグレようとか、そんな気にもならないくらい。……ぶっちゃけ、死にたいって一時期、思ってた……そんな時にシロさんが話しかけてくれたの。シロさんが助けてくれたんだ」
「そっか」
 しんみりとした沈黙。ふいに、ライトがふっは、と声を上げて笑った。
「最初のデートが神様の埋葬で、夜の山の中でドロドロになって穴掘りとか、そんなん俺らだけじゃね」
「あはは!ホントだよねぇ」
 私達は笑い合った。初めて見るライトの笑顔は、凄く可愛いと思った。

 玄関先で、思わず私はライトに確認した。
「あのさ!今更だけど、付き合うのOKって事で、いいんだよね?」
 ライトはキョトンとして
「うん。……え、返事して無かったっけ?」
「してない!分かった、しか言ってない!」
「じゃあ付き合お。世界はまだ終わりそうにないし、走るのと同じくらい夢中になれる事、一緒に探そう」
「うん」
 ライトは軽やかに笑った。何だか憑き物が落ちたみたいだ。もしかするとやっと、彼は本当に前を向けたのかもしれない。手を振って夜道を歩き出す彼の金髪は、月みたいに闇に浮かんで見える。
 彼の姿が見えなくなると、私は空を見上げ月を探した。あそこだ、猫の爪のような三日月。

 ふいに記憶が押し寄せた。

 私とシロさんは朝の公園で、淡い青空に浮かぶ薄い三日月を見上げていた。シロさんは尻尾で私の手を優しく撫ぜるとこう言った。
『悠由、月は、昼間は見えにくい。でもちゃんとあって、こちらを見ている。……月は同じ痛みを抱えている。月の苦しみにあなたはもうすぐ気づく。その時、あなたは思い出すだろう。私は、あなたの幸せを祈っているということを。どこにいても』

 闇に浮かぶ三日月が滲む。指で涙を拭った。シロさんは、その時にはもう、自分がこの世界に居ないことが分かっていたんだろう。

 白くて柔らかな尻尾を持った優しい神様は、今、最愛の連れ合いと一緒に、公園の山に眠っている。



(完)


こちらの小説は、ムラサキさんの主催する
「眠れぬ夜の奇妙なアンソロジー」の企画に参加させて頂いたものです。

こちらの企画は、毎月、投票でお題を決めて小説を寄せ、皆でコメントしあったり、ムラサキさんの丁寧な講評をいただいたり、という、とても素敵な企画です。

……ただ、中々豪華なメンバーなので、ちょっと気遅れしておりました(汗)
私が勝手に師匠と呼ばせて頂いている千本松様も、常連さんのようです!わお!!

今月のお題は
「明日、地球が粉々になっちゃうんだって」
です!
何と魅惑的なお題でしょうか……。
楽しんで頂けたらとても幸せです。

さあーお次はトイレ、トイレ結!!(笑)

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