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外から見た日本語9 言葉を選ぶ

ニューヨーカーは黒っぽい服ばかり着ている。だから、タイムズスクエアに行くと観光客は一目でそれとわかる。特に女性の場合、ピンクや黄色、水色などのパステルカラーを着ていることが多いからだ。ニューヨーカーでこうした明るい色の服を着ている人は、私の周りではほとんど見かけない……ひとりを除いては。

私が日本語を教えている、テキサス出身の30歳くらいの女性ーーここではエミリーとしておくーーは、いつもピンクやオレンジ、黄色、花柄のワンピースやブラウスなど、明るい色の服を好んで着ている。そして、それがよく似合う。淡い色やフェミニンなデザインの服を好まず、黒っぽい服やカジュアルな服ばかり着ているニューヨーカーの中にあって、彼女はとても個性的でチャーミングに見える。すらりと背が高いのでスリムなジーンズもよく似合うが、彼女のジーンズ姿を見たのは1度きりだ。

エミリーはある日、日本語のレッスンにレースがついた花柄のパラソルを持ってやってきた。ニューヨークでも稀に日傘をさしている若い女性を見かける(アジア系のおばちゃんならよく見かける)が、それは紫外線対策のための実用的な日傘で、華奢なパラソルを持っている人は1度も見たことがなかった。とても可愛らしかったので、「そのパラソル、とても素敵。スカーレット・オハラみたい」と言うと、エミリーは「ありがとうございます。これ、日本で買ったんですよ」と答えた。

彼女のフェミニンなファッションや南部出身で伝統を大切にしているところ、さらに花柄のパラソルが、私に「風と共に去りぬ」の主人公を連想させたのだ。ただし、彼女はスカーレット・オハラのように勝気な性格ではないけれど。

エミリーはJETプログラムで3年ほど京都に住んでいたことがあり、町家風の家に住み、お茶を習ったり、着物に親しんだりしていたという。柔らかな言葉や表現を好むし、物腰も優しくて落ち着いている。好きな日本語は「癒される」だそうだ。

日本語の能力は高く、日本語能力検定試験1級を受ければ合格するだろう。日本語のレッスンでは、一緒に小説やエッセイなどを読んでむずかしい言葉や漢字の読みなどを確認しつつ、その内容について感想や意見を話したりしていたが、ある時、エミリーは会話をもっと練習したいと言った。

そこで、ヒアリングの練習をしつつ自然な会話に慣れることを目的に、YouTubeで見られる日本のドラマを教材として使うことにした。スクリーンシェアして一緒にドラマを見ながら、聞き取れなかったところや内容が理解できなかったところがあると、彼女がいったん動画を止め、私に質問するというスタイルで進めて行く。

面白いドラマはたくさんあるが、私は、登場人物の女性たちの話し方をエミリーがお手本にできることを基準にドラマを選ぼうと思った。まず頭に浮かんだのは小津安二郎の映画の中の原節子。彼女の物腰や話し方は優しくて上品で美しい。ただ、今の時代に違和感を感じさせず自然に原節子のような話し方をするのは難しいだろう。下手すると芝居がかって聞こえてしまうかもしれない。今でも自然に感じられる話し方がいい。

そこで選んだのが向田邦子作、田中裕子、小林薫主演の「いとこ同士」というドラマ。日中戦争が始まる前の東京山手の中産階級の家族を描いた作品で、当時の生活や住まいの様子、ファッション、女性の立ち居振る舞いなどが丁寧に描かれていて面白い。何より女性たちの言葉には、最近の女性の話し言葉からは失われている優しさ、女性らしさ、柔らかさ、可愛らしさ(私にはないものばかり)があった。これならエミリーのお手本として最適だろう。

ドラマを探していたら、向田邦子の短いインタビューも見つかった。おそらく40年くらい前のものだろう。彼女はゆっくりとした口調で「わたくしは」と言い、「〜がわかったわ」、「〜なのね」という話し方をしていた。最近はあまり聞かれなくなった女性的な終助詞の使い方がとても新鮮に聞こえた。レッスンの時にエミリーにこのインタビューを見せると、彼女は「私もこんな話し方がしたいです」と言った。日本語の実用性を超えたところにも魅力を感じてもらえることは、日本語教師冥利に尽きる。

わずか2分程度のインタビューの中の向田邦子は、話し方や言葉の選び方だけでなく、物腰や仕草、表情、雰囲気までもとても素敵だった。40年も前のインタビューなので全体的にクラシカルな印象だったが、それがまたよくて、私自身が向田邦子の世界、彼女が選ぶ言葉の世界をもっと知りたくなった。彼女は51歳という若さで飛行機事故で他界している。彼女の60代、70代となったときの作品も読んでみたかった。



らうす・こんぶ/仕事は日本語を教えたり、日本語で書いたりすること。21年間のニューヨーク生活に終止符を打ち、東京在住。やっぱり日本語で話したり、書いたり、読んだり、考えたりするのがいちばん気持ちいいので、これからはもっと日本語と深く関わっていきたい。

らうす・こんぶのnote:

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