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恋愛小説 桜隠れ

夢のあとさき


なぜか僕は靄ついていた


友人が所帯を持ったこの頃

僕は東京と横浜の辺りをぶらぶらしていた

友人が嫁を見せたいと言うので(会わせたい、ではなくて見せたいと言った)

まさかの東京タワー見学を兼ねてだった

顔合わせで、「あー・・ども」てな感じで

友人が、こいつ俺のダチで、これ俺の奥さん

みたいなジェスチャー両手でやってて

僕は、そーいう者です的に頭を下げ

彼女は恥ずかしそうに何回も頭を下げていた

なんで東京タワーかなぁー、と思ったが

東京なら東京タワーだろう、と友人は根拠のない自信を見せる

そうだな

天気がいいと空のブルーに映えるな

僕らは長い坂道を語らいながら進むつもりだった

立ち止まって固まっているのも通行の妨げ

脇に体をズラし、ボケ~と立ち尽くしていた

後ろを見やったところ

両手で車輪を回して上って来る、車椅子のカップルが見え

なんとも迫力があったのだ

このまますれ違うにしろ、なぜか気まずい瞬間・・

「すみません。上まで押して頂けないでしょうか」

僕はとっさに友人を見た

僕に言われた訳ではない気はしていた

友人は一瞬、驚いたが

「あっ!はい!」

と、言って男性の後ろに回った

「ヒロ」

言ったか言わなかったか、覚えてないが
友人が嫁さんに指示をした

指揮、か?

嫁さんは彼女である女性のほうに付く

男性と女性は二人に頭を下げ、我々(一応僕もメンバーなのだよ)は東京タワーの玄関を目指して坂道を上ってゆく

嫁さんは黒髪が中腰まであって、足がスラッとしていて痩せている

黙って細い手首で車椅子のグリップを大回りに回して、友人の後に付いていく

彼女もまた夫に惚れ直した瞬間

尊敬を深めた瞬間に違いない

車椅子のカップルは共に眼鏡を掛けていて、きっと趣味か何かが合って、交際に至ったのだろう

今日、二人で東京タワーを見に来る事に、どんな決意があったのか

そして物怖じせず、男性が介助を申し出る

後についてくる女性は、デートプランが宙ぶらりんになることなく、心強いパートナーに安心したことだろう

自立出来るところまでは自分でするが、人の手を必要とする時は借りる

PRIDEと勇気は、パートナーを世間の好奇な目から守り、恥ずかしい思いをさせなくて済むのだと思った

彼は一瞬にして、パートナーと見定めた女性の尊敬と信頼を得た

彼はその一瞬の積み重ねを怠らず、ハンディと人と共生してきたのか

長所は短所を補う

と、表現するのと

短所は長所でくるみ込む

聡明か狡猾か、そんなことを考える自分は
だから今もってフラついているに違いない

はるか上に、東京タワーに確実に近付いて行く彼らを見上げながら

「どうも、ありがとうございました」


東京タワーの玄関入り口で車椅子の男性は礼を言い、彼女も頭を下げた

そして颯爽と両手で車輪をこいでゲートを突き進んで行った

中に入れば、二人の愛を見守るしもべたちが微笑んで迎え入れる

二人の笑顔がすべてだと思った

見返りなどないからこそ、人は笑顔を返されて笑顔を返せるのだ


友人と嫁さんと僕は、改めて恥ずかしそうに見合せて笑った

しかもなぜだか悲しき独り立ち尽くして、僕は東京タワーの真下で写真撮影をされた

今も探せば古い資料の間にでも挟まっているはずだが、一人写る写真が僕に必要だとは思えない


その後横浜の中華街で食事をして、僕は家に、二人は新居の神奈川に帰る予定だった

友人が中華街は、中華おこげと中華麺だと言うので、「ああそう」と逆らう気もなく中華料理店に入った

三人とも尻の座り心地がなんとなく悪かった

友人と嫁さんを向かいに、後ろの席を透かしながらどこか虚ろに見ていた

後ろの席には、黒づくめの中年の男女がおり
渋い男性の顔をチラチラ見ながら、さる時代劇によく出ていたような俳優ではないかと、やたらと気になった

おかげで少し、緊張しているのを見透かされていないと思ったが、早く帰りたかった

店を出る頃には、外は暗くなって来ていた

「またな」

「お前も。ちゃんとメシ食えよ。どうせいつもの喫茶店ばかりなんだろ」

「お前こそ、手料理食い過ぎてメタボなんなよ。それじゃ、ヒロヨさんどうも。こいつ、お願いね」

「ええ、あ、はい!」

照れて笑顔の可愛い新妻である

桜なびく風ひとひら

蜃気楼の陽炎の向こう

赤い鉄鋼の塔のさき

雨嵐か霹靂一閃か

永遠の甘いかほりの桜吹雪か

今宵は都の淵を見た



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