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『2020年6月30日にまたここで会おう 瀧本哲史伝説の東大講義』(瀧本哲史)

2012年の6月30日、東京大学の伊藤遮音ホールで行われた2時間の講義を書き起こした一冊。読んでいると二つの意味で心が熱くなる。

目次案は以下の通り。六つの檄文で構成されている。

第一檄 人のふりした猿にはなるな
第二檄 最重要の学問は「言葉」である
第三檄 世界を変える「学派」をつくれ
第四檄 交渉は「情報戦」
第五檄 人生は「3勝97敗」のゲームだ
第六檄 よき航海をゆけ

おそらく前半部分を要約するのは、第二檄の以下の箇所だろう。

まず「言葉」によって正しい認識にいたり、「言葉」を磨くことでその認識の確度を挙げていく。そして「言葉」を使って相手の行動を変えていくことで、仲間を増やし、世の中のルールを変えていくことが可能なんです。

著者は言葉について「ロジック」と「レトリック」を挙げるが、単純に語意を増やすことも重要である。言葉を捉まえることは概念を捉まえることであり、多様な概念を捉まえれば、世界をより精緻に捉えることができる。

だからこそ、『「やること地獄」を終わらせるタスク管理「超」入門』でも用語集を提示した。言葉を知れば、違いや性質がわかり、それをより適切に使えるようになる。逆に、言葉が雑にしか使えない状況では精緻に議論を進めていくことはできない。著者の言葉を借りれば「正しい認識」には至れないわけだ。

この状況は、再帰的に上下に適用される。つまり下面では、自分の行動(=タスク)をどのような言葉で表現するかによって、その成果が変わってくる。あるリストを何と呼ぶのかと、そのリストの項目を何と書くのかは、再帰的な関係にあるというわけだ。

一方で上面でも、あるリストを何のために使うのかによって、状況は変わってくる。目的・ビジョン・理想・計画・夢・野望、なんと呼んでもいい。そうした道しるべをどう言い表すのかによって(=どう認識するのかによって)行動は変わってくる。

一つの組織で秀でた存在になるためには効率的に作業をこなす力は必要だろう。少なくとも、無能だと思われたら巡ってくるチャンスの数は減ってしまう。しかし、ただ効率的にこなすことを目標にしていたのでは、会社にいいように使われてしまって打つ手がなくなってしまうこともありえる。だからこそ、上の階層も意識しておかなければならない。言葉にして表すために、それについて考えなければいけない。

大切なのは、思考を働かせることだ。自分の頭で考えること。誰かの受け売りでもなく、また「考えなくてもいいんです」という誘いにも耳を貸さないこと。

その上で、つまり思考を働かせた上で、実行に移すこと。他者に・環境に働き掛けていくこと。そのためにも「言葉」は役に立つ。だからこそ、私たちは言葉に親しみ、言葉に習熟し、言葉の扱いになれなければならない。

一方で後半を要約するとすれば、第五檄の以下の箇所になるだろう。

人生もそうですよ。みなさんがいろんな分野でチャレンジし、分母の数を増やしていくことが重要で、そうしてみんながいろんな方法を試しているうちに、2,3個ぐらい成功例が出てくるんです。

失敗は前提なのだ。うまくいく保証はどこにもない。というか、うまくいく保証のあるものは、誰かがそれを行ったことであり、イノベーティブさはかけらもない。逆に言えば、イノベーティブなことに挑戦するとき、「うまくいく保証」はどうしたって得られない。

だからこそ、この社会の中に多様な「挑戦」を広げていくのだ。さまざまなベクトルでチャレンジが生まれれば、何が効果的なのかをあらかじめ知らなくてもうまくいくものが出てくる。早回しの適者生存戦略。

しかし、人間は社会を構成している。最適でない選択をした人に救いの手を差し伸べることができる。むしろ、それが社会というものの大きな役割の一つだろう。

結局のところ、話をまとめるとこうなる。それぞれの人が「自分の仕事」について考え、実行していく。「必ずうまくいく」道ではなく、失敗するリスクを引き受けるチャレンジを。しかし、「どうせ失敗する」と投げやりになるのではなく、達成するために使えるものは何でも使い、成功する可能性を挙げるために頭を振り絞る……。

そういうことをする人が増えれば、社会は変わっていくはずだと著者は述べる。これはこの社会に希望を掲げる言葉でもある。

さいごに

これまでの著作を拝読した限りでは、なんとなく理屈押しが強い人なのかなと勝手に想像していたのだが、本書から伝わってくる雰囲気はかなり違った。

頭が切れるという印象は相変わらずだが、ユーモアとサービス精神に溢れ、希望を持って社会を眺める強さを持った人という印象が強かった。私は、ユーモアを重視していて、どれだけ頭の切れる人でもユーモアがない人は信頼しないようにしているのだが、本書からは豊かなユーモアとクリエイティビティーが感じられた。これも「講義」の書き起こしだからこそであろう。

本書は、8年後またここで会おう、という言葉で締めくくられている。そこまでの講義でアジテーションされた(熱くなった)心が、また別の角度で熱と痛みを持つ。その言葉が実現することはないからだ。

でも、そこで足を止めてはいけないのだろう。本書で著者が提示したのは一人のカリスマによって動く組織ではなく、小さなリーダーたちが周りに影響を与えることで全体に変化を生むようなあり方である。『ソードアート・オンライン』シリーズで、茅場晶彦によって蒔かれた「ザ・シード」がゆっくりと広がっていき、やがてゆるやかなつながりによって連結したように、彼の蒔いた種もまた、広がりながら世界を変えていくのだろう

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