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第二創業ストーリー世界全大陸に拠点を作りたい。新しいサービスを生み出して勝負を仕掛けるまでの話

▼ 前編はこちら----------------------------

事業の安定と次の勝負へ向けて

オーディオアドの躍進もありラシンは苦しかった時期を踏みとどまり、事業自体は順調に推移していった。

業務自体も忙しく、「やること・やるべきこと」はたくさんあったが、
自分の中で、ある種の”満足感”や”充足感”を感じることは無かった。

それは、おそらく幼い頃から持ち続けた
“大きく世の中や人のためになる事業を作りたい”
という想いを実現できている実感が当時は少なかったからだと思う。

ありきたりな言葉ではあるが、
少年時代の自分が今の自分をみてどう思うか。
そう考えた時に”もっとやれる”と言われるような気がした。

世の中のためになるような、
新しい、会社の軸となりうるサービスを作り勝負を仕掛けていきたい。
そう思うようになっていた。

ただ、新規事業に取り組んだことのある方ならわかるかもしれないが、
事業をーから作りそれを成長の基盤の載せることは、
多くの問題や課題を1つ1つ乗り越えていくことだ。

現在は会社の軸として、”ばりよか” というサービスで戦っている。
このタイミングで会社全体で仕掛けるプロダクトが生まれるまでを振り返り、
新規事業を成立させるでのストーリーをできる限りリアルに書きたいと思う。

勝負を仕掛けにいくタイミングに。

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創業3期目。日本の企業のうち、約半分が創業3期目までに事業をクローズするようだ。

そのことに対する実感値はあった。
創業2年は本当に、一心不乱にラシンをどう成り立たせるか?
だけを必死に考えた時間だった。

一方で気付いたらもう2年が経つ。
なんのために会社を作ったのか?
という問いに対して自信を持って答えられるような
新しい事業・サービスをその段階では世に生み出せていなかった。

このままで良いわけがない。
ここからが本当の意味で勝負を仕掛けていくタイミングだ。

だが、焦燥感を感じつつも、一方で日々忙しく時間は刻々とすぎていくだけだった。
新規事業を0から生み出すためには、仲間を増やすことの必要性を感じていた。

世の中に大きなインパクトを生み出す新規事業を作る。

そのことをテーマに学生時代や社会人から付き合いのある方をメインに会社の体制を強化していった。
ちょうどこの時期に、現在COOである武を初めとした、優秀なメンバーをラシンに迎えることができた。

便通改善のお茶が最初のチャレンジに

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新規事業の案出しを開始し始めたのは、創業して3期目からだ。
主に武と検討を進めていった。

新規事業を作ろう!といっても簡単なことではなかった。

まずは、アイディアを出し、検証を進めていく。
その中で実際にトライした事業もいくつかある。
今となっては笑い話になっている部分もあるが、正直にいうとたくさんの失敗を重ねた。

まず一つ目の挑戦は、EC/D2C事業だった。

D2Cといってもターゲットはミレニアム世代ではなく、”高齢者向け”。
またそのドメインは”便通改善のお茶”だった。

もちろん当時は勝算を感じていた。
自分たちが得意だった”広告物の制作力”を存分に活かせる。

当時売上のメインだった、オーディオアド制作やプロモーションの制作物などの広告制作事業のノウハウをを全面に活かし、製品を販売し大きく拡販していけるのではと考えていた。

実際に0から商品選定やパッケージ作り、販売までを一気通関で実施していく中で、順調に売上は上がっていった。

その一方で想像をしていたより、実際に事業として運営をしていくと大変なことばかりだった。通販事業運営することは想像した以上に複雑で大変だった。

また、大前提としてやはり提供している便通改善という価値に対して自分ごと化できなかった部分もあったと思う。
五年後この事業をどうしていきたいのか?と考えた時に、自分達で納得感のある将来像が描けなかった。
そういう背景もあり、事業撤退することにした。

二つ目のチャレンジ。

ちょうど同じ時期にチャレンジしていたのが、動画制作の事業だ。
こちらも得意であった広告制作系の仕事だ。

企業や個人の方々がSNS広告をする際の動画や、クラウドファンディングで出資者に情報を伝えるための動画の制作を請け負った。
こちらもある程度受注を積み重ねることはできたが、顧客との関係は基本制作して終わり。
中長期的な取引が生まれるわけでもなく、将来に向けた継続性やスケールイメージが湧かなかった。
こちらも事業撤退を決めた。

事業立ち上げを経験された方なら理解できるかと思うが、事業撤退をするのは本当に難しい判断だ。それまで投資したコストや時間が全て無駄になる様な気がした。

この時始めた2事業は結果からいうと失敗だったと思う。
幼い頃からやりたかった、”大きく世の中のためになる事業”と言えるものまで至ることができず、0から1を作ることの難しさを痛感した。

一方でその失敗から得られた気づきもあった。
一つは、自分たちがが事業として取り組んでいきたいサービスは、継続性のあるサービスとして顧客と長期に渡りお取引が続く様なサービスにしたいということを認識できた。

また、もう一つは自分達が得意なことやりたいことを突き詰めるべきだなと感じた。得意でやりたいこと、そしてお金をもらえるレベルで価値を提供できること、の中で事業化したいという気づきを得た。

・世の中に価値生み続けながら
・自分達が得意なことで
・事業としての継続性を実現すること。
この3つを実現できるサービスが作りたかった。

現状維持は衰退だ。
新規事業で勝負するということは決めている。
思考を止めず、停滞することなく前進をする。そのことは決めていた。

税理士向けのホームページ代行サービス

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そんな時、お取引のあった税理士の方からの
WEB上で集客をするためにホームページ制作をお願いしたい
という依頼があった。

当時は断ることも考えた。だが、実際市場調査をしていくと、意外にも税理士事務所はホームページを持っていない事務所が多数あることがわかった。

2021年現在の集客方法を考えるとデジタル上が基本となる。
一方でそこに対する仕込みができていない企業が本当にたくさん存在していた。そのことにより認知が獲得できず死んでいく企業があることも知った。

自分達にできることはないか?
そう考え、当初は税理士事務所向けのホームページ制作サービスを開始した。

事業立ち上げの苦しみ

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この事業は極めてシンプルな事業に設計をした。
本来数10万円〜100万円程度するホームページの制作を無償で実施する。
一方でサブスクリプション型で保守含め長期で顧客のデジタル上のコアとなるホームページの制作を支援する。
自分たちが得意な制作物を長期に渡り支援し続け、顧客のもっとも重要な情報源となる。
大きな可能性を感じたことを覚えている。

一方で新しいサービスは知ってもらうことが最も重要だ。
当初は泥臭く、ポスティングやテレアポ・飛び込み営業などを実施した。
このサービスなら顧客もノンリスクでサクサクと導入が進むのでは?そう思っていた。

しかし結果は惨敗だった。
当初たてていた営業計画とは大きく乖離が生まれ、その時の感情を率直にいうと、あてがはずれたなーという感覚だった。

ただ、当初から他の事業と違い、早期の撤退の選択肢は頭になかった。
こんなわかりやすいサービスで売れなかったら何も売れないんじゃないか?
そう感じていた。それくらいまでにシンプルなプロダクトにできた。

自分たちの得意な制作のサービスで法人でも個人でも気軽に利用できるレベルの価格帯に抑えることもできた。また顧客のメイン情報を取り扱うページで、本当にとの人のためになって差し上げられるものだ。

地道にコツコツと、腰を据えてやってみようと思っていた。

事業のピボット

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立ち上げ当初から、ずっともやもやしていた。

なぜこのサービスが受け入れられないのか?

そこに対して違和感を感じていた。

一つは、ターゲット設定に要因があるように感じた。
やはり税務のプロである税理士の方。
支出に関してすごくシビアで保守的な方が多い。

そこで税理士向けに特化したサービスではなく、世の中の全ての業種をターゲットにしようと決めた。

このタイミングでサービス名を”ばりよか”に決め、
改めて腹をくくってサービス拡大を目指していった。

愚直にコツコツと。サービス名の決定に伴い0からチラシを作り直して、広告施策を徹底的に見直した。
また販路拡大のために、代理店販売も開始した。

ただ、それでも
月数件受注ができるかどうかのレベルの日々が続いた。

本当に市場があるのか?
このままこの事業を続けていっても良いのか?
迷うことは一度や二度ではなかった。

まずは、とにかくあらゆることを淡々とやっていこう。

そう腹をくくり、足元を固めやっていたが、あれやってもだめ。これやってもだめ。
拡大への道筋が見えなかった。

潮目が変わる瞬間

どうやってサービスを拡大していくか。
この頃はずっとこのことばかり考えていた様な気がする。

色々試行錯誤をしながらまた営業活動を進めていくウチに、ばりよかのメインターゲットが50代以上の中小企業・個人事業主の経営者であるということが見えてきた。

その中で一つの大きなきっかけとなったのは西日本新聞社との提携だった。

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きっかけは偶然だった。
当時、よく武がクラウドファンディング関係のセミナーへ講師として招待されることがあった。
その中の一つで偶然先方の担当者と良質な関係を構築することができたカタチだ。

ビジネスにおいて、どのような提携の仕方があるか?
本当に0からアイディア出しをしていき、一つのカタチがこれだった。

サービスが売れない時から、
良いサービスを提供できているという肌感覚は強くあった。

その一方でいかにサービスを知ってもらうか?
サービスに対して安心感を持ってもらうか、がキモだった。

そういう意味で、西日本新聞社は大きな取り組みの一つだったと思う。

そこで一気に進むべき方向が明確になった感覚がある。

組織の変化

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会社の成長へ向けたキモは決まった。
そのことにより、会社全体の一体感の高まった気がする。

いくつかの失敗を経て感じることは
良い新規事業を作れたらいいね。
という視点で動いてしまうと、結局何か新しい事業を生み出すことは難しいなと感じた。

しっかりと組織全体で目標を持ち、達成に向けてアクションを起こしていくようになった。
それぞれに大きなプレッシャーもあるし、結果的にそこにのこれずにやめていったメンバーもいる。

企業として、どういう事業をやっていきたいのか?

について、この当時とくに何度も何度も議論を重ねていった。

それを元に会社の理念、ビジョンの解像度がどんどん高まっていったように思う。

これからのラシンの話・世界の全大陸に拠点を!

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今の時代ホームページは集客を実現したい企業にとって最低限の道具だ。
まずは、最低限の企業のデジタル化を推進していく。

ただ、それで終わりだとは思っていない。

そこに止まらず、予約管理であったり、社内のDX化の推進、ECサイト構築であったり、いろんな方向のデジタル化が考えられると思う。

ホームページという会社の全情報が集まる入り口を構築している我々だからこそ、
一つ一つの企業にあったサービスの提案の可能性が広がると思っている。

まずはホームページを基軸にし、ゆくゆくは企業のデジタル化の全体の支援をやっていける組織になっていきたいと思う。

まずは2023年で3000社(従業員:20名)
また2025年には10,000社のデジタル化を支援している状態にすること。
ここは最低でも実現をしていきながらどんどんデジタル化の推進へ向けて新しい価値をお客様に届けていきたいと思っている。

そしてラシンでは売り上げ規模にもこだわる、
2030年までに年商300億円、経常利益30億の達成を目指している。

この目標は並大抵で達成できるものではない。

それでもこの目標を目指すのは我々が並大抵でない成長や豊かさを手に入れたいと考えているからだ。
多くの利益を得ることで選択肢が広がり、様々なビジネスにチャレンジをすることもできる。チャレンジの分だけ成長の機会を得ることができるし、社会の課題解決や人助けだってできる。

魅力的な人と一緒に働いたり新たなプロジェクトを起こすのにも、よりたくさんのお金があった方が選択肢が広がるのは想像にたやすい。
その上で2030年までには海外展開ができている状態を作る。
それも一つの大陸ではなく、大陸ごとに拠点を作っていけるレベルだ。

ホームページ制作は日本における課題のみではない。
世界でも同様に、ホームページ制作がやりたくてもできていない会社がたくさん、それはもうたくさん存在している。

我々のチャレンジは始まったばかりだと思っている。
今が大きく会社をチャレンジできる組織へ変えていくタイミング。

本当の意味で第二創業をともに乗り越えられる仲間を待っている。