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『荒潮』レビュー

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『荒潮』
陳 楸帆 (著), 中原 尚哉 (翻訳)

米米と書いてミー・ミーと読みます。彼女は中国本土南東部沿岸にある珪島、英語読みでシリコン島と通称される島で、電子ゴミから資源を探し出して暮らす最下層の人々である「ゴミ人」の一人。

彼女たちは毎日危険で苦しい労働を強いられ、健康を害しつつも低賃金のまま。そんなわずかな稼ぎすら、何代にもわたって島に君臨してきた、御三家と呼ばれる支配層に吸い上げられていました。
ある日、国際的なリサイクル業者の米テラグリーン・リサイクル社の経営コンサルタントと、彼に同行するシリコン島出身の通訳、陳 開宗(チェン・カイゾン)が島を訪れます。
テラグリーン社と島の有力者たちの利権争い、国家間の戦略に謎の環境保護団体との駆け引きなどに翻弄されて、過酷な日常も加えて鬱憤をさらにためていくゴミ人たち。
常に弱者である彼らに気持ちをよせる開宗と米米とは偶然に出会い、やがて恋に落ちます。
はじめての恋に心躍らせる米米、しかし、誰もが想像しなかった地獄が、彼女に襲い掛かるのです……。

というかんじのストーリー。

著者の陳 楸帆(チェン・チウファン)は中国のウイリアム・ギブソンと呼ばれているそうで、文体も、設定も、舞台もめっちゃサイバーパンクしています。
空電テレビの空の色をしたチバ・シティや、いつかみたブレードランナー(映画)の雨のロサンゼルス(あれたしか2019年って設定でしたねえ(余談))の風景がそのままシリコン島のマイクロプラスチックと重金属まみれの汚泥に重なって見えてきます。

そのシリコン島、(深圳の近くっぽい)の状況がまたよくできています。
シリコン島一帯は、地理的にはすぐ近くにITの最先端地域があるというのに、中国政府から通信速度を極端に規制された地域であり、世界の一般的なインターネット速度からはるかに遅いスループットでしか通信ができない。という、電子産業的に圧倒的に不利な状況なのでした。
その結果なのか、鶏と卵の関係なのか、そんなシリコン島での主要産業は、電子機器の廃棄物からリサイクル可能なパーツを取り出す都市鉱山のゴミ拾い。
世界の工場である中国本土の電子産業の基盤であり底辺をささえるのは、その呼び名の通りゴミ扱いされて人間以下に扱われているゴミ人たちといういびつな構造が、何世代にもわたって続いている、という舞台設定です。

このいびつな構造と、中国という国が持っている伝統・文化、宗教的な観念と、デジタルな世界とのかかわり方。それが、異文化に属するもののシリコン島にルーツがある開宗という青年の視点や、完全にアメリカ人であるコンサルタントの視点、ゴミ人の少女の視点、御三家の老大家人たちの視点、考え方等で多層的に描かれ、そして、近代・近未来的なデジタル・呪術でオーバーライドされたサイバーパンクの物語として語られていきます。

水と油の類義語のようなこれらの関係、陰陽図に描かれるように、それぞれ混ざり合わないはずな両極端が混ざり合い、清濁を併せ呑むという中国文化が生んだ現代のサイエンス・フィクション。

今、この時代のSFとしてサイバーパンクを読むとしたら、中国SF、なかでもこの陳 楸帆の『荒潮』を真っ先に押したくなる、そんな本なのでした。

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なお、この和訳は #ケン・リュウ さんによって英訳されたものを底本にして、かつ、英語圏の読者用に直された部分(直接日本に伝来している中国の文化や宗教、人名など)については中国語版原書を元にしたハイブリッド訳だそうです。わかりにくい方言の発音などは中国のSF大会へ行かれた #藤井太洋 さんが著者本人にインタビューし、レコーダーに音声で吹き込んでもらったものなのだとか。多くの方々の協力があって私たちのもとに届けられた日本語訳なのですね。

そんな翻訳のおかげもあってか、ある意味で英語圏より我々の文化圏でのほうが物語の深みを理解しやすいのかも? なんて風に思いましたです。
(英文化圏ネイティブでないと感じられない異文化感も、それはそれでセンス・オブ・ワンダーに通じるものがあるのかもしれませんけどねw)

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#陳楸帆   #中原尚哉 #らせんの本棚 #中国SF

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