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『プログラミングガールズ!1ルーシー なぞのメッセージを追え』レビュー

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『プログラミングガールズ!1ルーシー なぞのメッセージを追え』

高橋 由季 (イラスト), 石戸 奈々子 (監修), Stacia Deutsch (原著), ステイシア ドイツ (著), 美馬 しょうこ (翻訳)

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ミドルスクール6年生のルーシーは、数学が得意でプログラマー志望の女の子。

彼女の母親は現職のプログラマーで、父は芸術家、いたずら好きな兄もプログラミングの知識があって、ある意味なんというか「恵まれた」環境です。

それなのに(!)彼女の家族は、ルーシーにプログラミングを教えようとしません。
まず学校のプログラミング・クラブのクラーク先生から学ぶことが大切で、クラブのカリキュラムを離れて初心者が高度なことをするのはよろしくないと考えているようです。

ルーシーは今すぐにでも、ガン闘病中の叔父を助けるため、アプリを作らなくてはならないのに!!

そんなルーシーを中心に、個性豊かな四人の女の子たち(ルーシー、ソフィア、マヤ、エリン)が集まり、友情を深めながらプログラミングの基礎を学んでいく姿が生き生きと描かれています。ストーリーもわかりやすく引き込まれ、とても面白いのです。

で、そんなストーリーとは関係なく(ぉぃ)私がまず驚いたのは先に書いた学校のプログラミング・クラブとクラーク先生を家族全員が信頼していることです。先生に最初に学ぶことがもっとも大切だ。と、みな口をそろえて言うんですね。兄ですら「あの先生なら間違いがない」と言うのです。(お兄さんは以前そこで学んでいます)

どれだけすごい先生なんでしょう?

ていうか学校のプログラミング教育をそこまで信頼しているって日本じゃありえない気が……。他の子たちと同じスタートラインに立たなければフェアではないというアメリカのフェアプレイ精神なのかもしれませんね。 → 

さてさて、そんなルーシーの元に、差出人不明の謎の手紙が届きます。そこに書かれていたのは、

if ( プログラミングを学びたいなら ) {
   わたしのいうことを全部やれ();
}

という謎の言葉。

うわあ、見慣れた構文!w

なんてふうには当然ルーシーは思えません、謎の呪文にしか見えないのですね。その謎に体当たりで挑むルーシーと仲間の少女たち。

その結果がどうなるかは、本書を読んでのおたのしみです♪

どの子も生き生きと自分の個性とプログラミング能力を生かして難問に挑戦していく姿が描かれていて、とっても好感がもてます。その年ごろにありそうな悩みやアメリカのミドルスクールのリアルな感じもとても良いです。

なお、第一巻はルーシー編ですが、その後、順繰りにソフィア、マヤ、エリンと主役を変えてお話がつづき、全4巻とのこと。(今のところ3巻まで出ています。)

↑4巻目は2020/3/7発売予定。現在予約注文受付中だそうです。


まったくプログラミングを知らない、上に書いた謎の手紙の文面が本当に謎でしかない(できれば女の)子におすすめの、初歩の初歩のそのまた最初の、プログラミングの考え方に触れられて、その上でおもしろかわいい、きっとプログラミングが好きになる素敵な本でした♪


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→以下余談・・・(読まないでOK)


最初に、驚いた点として「学校や先生を信頼して、プログラミング教育はそちらに任せる」ルーシーの家族の事を書きました。

ふと日本の現状を考えて、なんだかちょっと悲しくなったのです。

もし同じ状況が日本であったなら、格好つけたい親は同じようなことを言うかもしれません。けれども、それはきっと「自分には理解できない事(またはめんどうだから?)学校にすべて任せる」という責任放棄的な言葉な気がします。
そして、そんな態度は子供にバレバレですから、結局親も学校も信頼できない、プログラミング嫌いの子ができあがっちゃうんだわ!

なーんて、ついつい妄想が過ぎました。
でも、けっこうそういう境遇の子見かけるんですよねぇ。

この本で教えているのは、プログラミングとはいってもパソコンは使わない、いわゆる、「アンプラグド」なプログラミング教育です。日本でも今年から小学校でプログラミング教育が必修化されるとのことで、パソコン機材の用意が間に合わない学校ではこうしたアンプラグド・プログラミングが多く行われそう。

この本の中でも、プログラミングの考え方を学ぶには最初はこのように紙に書くのは良いことだと言っています。異論はありそうだけれども、まあ紙と鉛筆だけでもできますし、そういうこともあるのだろうだとは思います。

ただ、それははしっかりとプログラミングを理解して血肉としている指導者(この本ではクラーク先生)が居て初めてそう言えると思うのですね。

クラーク先生は、ルーシーたちに作らせた「紙に書いたプログラム」を愚直に実行してみせます。機械は命令されたことしかできません。それを、自分の身体をつかってやってみせるわけです。紙に書かれた命令文を上っ面だけ眺めてマルかバツかを判定するような指導では決してないわけです。

こういうこと、いまの超多忙な日本の小学校の先生がたにやってもらえるのでしょうか、、そのあたりがとても疑問だったりするんですよねぇ……。

ほんと、めっちゃ学校の先生は大変で、とてつもなく頭が下がります。けれど、その先生自身が新たに始まるプログラミング教育に、難しそう、たいへんそう、めんどうくさそう。なんて、そんなイメージを持っていたとしたら、先生から学ぶ子供たちに同じような先入観を植え付けてしまうのではないだろうか。、。なんて、ついつい考えてしまうです。
それは、かつて英単語だの数学の公式だのを小さな頭に流し込まれて、「知的下痢状態」@『虚数の情緒』にされてきたせいで神経質になっているだけのことなのでしょうかね。ならばよいのですけれど……。

できることなら、本当にプログラミングの楽しさとすばらしさを教えられる、そんな教育を、(この本のように!)していただけたらいいなあ。と願っています。

ともあれ、この本の女の子たちと廻りの大人たちにはそんな杞憂は一切あてはまりません。明るくカラっとしたカルフォルニアの風のようなすがすがしい(そして、プログラミングにあこがれを持っている)少女たちの姿が描かれています。できれば日本の子供たちも、こんな風に希望をもってプログラミングに臨んでほしいと、面倒くさい自作プログラムのデバッグから逃避しながら祈っているところなのでありました(ぉぃ)

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