見出し画像

『一人で歩いていった猫』レビュー

画像1

『一人で歩いていった猫』

大原まり子(著)

前回紹介した

の前に出版された中短編集。
タイトルの『一人で歩いていった猫』が1980年の第6回ハヤカワ・SFコンテストに佳作入選しデビューしたという、大原まり子さんのデビュー本でもあります。
表題作含め収録4作品すべてが、いわゆる「大原まり子の未来史」、と言われる世界の物語。この世界感がなかなか深いのですよー。

今回は語りたいことたくさんなので、まとめて一気に行きますねー。

『一人で歩いていった猫』
上に書いた通り、大原まり子さんのデビュー作です。
天使の羽を生やした猫。彼はこの勢力圏では敵対陣営にいたために犯罪者扱いをされ、地球という進化の袋小路に陥った世界へ島流しの刑に処されることに。同行するのは様々な異形の異星人犯罪者たち……。
主人公の、護身用の天使の羽根を付けた猫形態人のほか、直情型で暴力的な竜型のラジェンドラ人、融和能力に優れた調停者と呼ばれる種族、残忍で冷徹だが約束は守る機械知性のアディアプトロン人の帝国……などなど。デビュー作であるのに大原まり子の未来宇宙のエッセンスがこれでもかと詰まっています。一見して雑多ばらばらな世界観の寄せ集めのように見えますが、読み進めれば、それぞれの異星人のディテールや歴史が確固とした大きな世界感に根ざしていることが見えてきます。これがまたなかなか凄いのです。このデビュー作では当然語り切ることはできていないようですが、後続の未来史物で描かれるであろう数々のトピックの片りんがみっちりと詰まっていることが感じられる。そんなお話なのでした。


『アムビヴァレンスの秋』
3つの姓別がある惑星で、季節によってその関係も変わる。
春に出合い、夏に燃え上がり、冬には憎しみに変わってしまう愛情。
その、愛と憎しみのアンビバレントな状態になる秋。愛情が大きければ大きいほど、憎しみが大きく、深くなる。
そんな星での姓と生活、そして文化をがっつりと描いています。
これはスゴイです。前作の『一人で歩いていった猫』では、数多くのイメージが詰まっていたものでなかなか読み取り切れなかった世界の深みが、一つのモチーフに集中することで深く深く味わうことができます。
これが二作目なんですよねきっと、こんなのを二作目で持ち出せる作家の力量、ほんとスゴイです。


『リヴィング・インサイド・ユア・ラヴ』
傲慢でサディスティックな大富豪の「玩具」でしかなかった、毎夜いたぶられ続ける女が産み落とした、異形の娘。
目が見えず、耳が聞こえず、喋れず。三重苦を持って生まれ、そのまま打ち捨てられた娘ですが、しかし、ある強大なESP能力を持っていたのです。
エスパー(能力者=タレント、と表されています)としての力の成長と、彼女の思考の中で自我が呼び覚まされる過程が秀逸です。そして、その成長過程が物語の展開と重なり合います。自己なるインナースペースと世界であるアウタースペースの対比が物語の構造に、まるでホログラムのように重なりあうのです。この作りは本当に見事!


『親殺し』
「親殺し」とは、主人公である猫形態の女性の駆る宇宙船の名。妻子ある男性との失恋から逃げるべく、住んでいた惑星を捨てて単身(と先祖の記憶をもったAIとで)宇宙へ飛び出しました。
広大な宇宙で孤独に傷心をいやしていた時、偶然に別の宇宙船の男性と出会います。そこから始まる本当の恋の行方は……?
『リヴィング・インサイド・ユア・ラヴ』で精神世界の構造と物語構造の重層性を描いた上で、今度は時空間と物語構造(と恋愛)を重ねてくれます。これまたすごい!

―――

スゴイと見事しか言ってない気がしますが、ほんと、凄くてお見事なのですw
本書の解説でかの中島梓さん(もちろん栗本薫御大の別筆名)も大絶賛しています。

翼ある猫属が行きかい、クローン軍団が行進し、そして美しく無表情な機械人間の大帝国が君臨する宇宙、それは、その設定だけで、不思議な――新井素子とガンダムとファンタジーを三位一体にした、とでもいうか――幻想と思想との混じりあった魅力をたたえています。
《中略》
残酷さと優しさ、妄想と明視、イメージと混沌とが入り混じり、もつれ合ったあやしい世界!――大原まり子の魅力とは、まさしく、思考実験の、それも、血肉を備えるに至った思考実験の、鬼子の本格SFの魅力に他なりません。

思考実験が血肉を得て、鬼子となる本格SF。この文字にこめられたメッセージ性もイメージ力もさすがは中島梓さん、と言わざるを得ません(読めばわかりますw)が、その中島梓さんをして『「日本初の本格女流SF作家」の輝かしいデビュー』とまで言わしめている本書。

残念ながらこちらはKindleUnlimitedではありませんが、一応電子書籍化していますので、ぜひポチって(または、古本屋さんでも図書館でも実家の本棚の片隅からでも良いのでなんとか入手して)読んで見てほしい。
そんな日本SFの(本格女流SFの)歴史的な本なのであります。


#大原まり子 #らせんの本棚 #ブックレビュー #女流SF #おすすめ本

よろしければサポートお願いします!いただいたサポートはクリエイターとしての活動費にさせていただきます!感謝!,,Ծ‸Ծ,,