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『風の邦、星の渚―レーズスフェント興亡記』レビュー

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『風の邦、星の渚―レーズスフェント興亡記』

小川 一水(著)

こちらは、12年前にハードカバーで出版され、つい先日(2020年8月7日)に待望の電子書籍化された小川一水さんの格調高い中世騎士道物語。

これまためちゃくちゃ面白いのです。

時は主の年一三三六年(西暦、ですね)。ドイツ北方、北海(ノルト・ゼー)にそそぐエギナ川の河口に、騎士ルドガー・フェキンハウゼンがたどり着きます。
彼は、騎士として叙任をうけたばかり。その彼を疎ましく思う実家から半ば放逐され、もっとも辺鄙で過酷な村の荘司を押し付けられ、ここにやってきたのでした。

ここ、モール荘は、はるか昔にはローマ帝国が街道を敷設したことはあるものの、それ以後、千数百年にわたって放置され、かつての街道は見る影もなく、橋は落ち、残るは白樺のまばらな林と、耕作に不向きな湿地ばかりという完全な限界集落。

ただ、ひとつ、エギナ川の河口にある中洲には、ローマ時代に作られた泉の遺跡が残されていました。
その泉には、レーズと言う美少女の姿をした不思議な精霊が宿っています。その精霊は星を渡りこの地に住み着き、数千年の齢を重ね、たまに現れる旅人を惑わしたりもしつつ、人々の暮らしを眺めていたのでした。

まあ、ずばり言っちゃえばエイリアンなのですが、当時の人々は当然そんなことを言っても理解できないのです。かのカエサルと言葉を交わしたことがあると言っても学のない主人公のルドガーにはわからなかったりします。

さて、村をなんとか盛り立てたいルドガー、人々の暮らしに興味があり、町を見てみたいという泉の精霊レーズ。両者の目論見が合致します。この辺鄙な過疎集落を成長させていこうというわけです。

とはいっても当然簡単にはいきません、村人の信任を勝ちえ、夜盗の襲撃を乗り越え、君主との駆け引き等々の危機の連続。たまに魔法のような力を見せるレーズに助けられつつも、ルドガーは基本的にレーズに頼らず人間世界の問題は自分たちで解決しようとします。それがカッコいいのですね。

読んでいて、ゲームの「シム・シティ」を思い出しました。あれが中世の設定だったらこんなかんじかも? もちろん主人公のルドガーは(シム・シティでいえば)市長としてちょー頑張ります、シム・シティの市長とちがって住民と分け隔てなくがっつり交わって世界の中でしっかり生きている。そこが見どころ読みどころなのですが、おもしろいのはレーズの存在です。
文体から受ける印象は完全に中世騎士道物語なのに、レーズが異星体であることは隠しもせず、彼女の「観察者」としての視点と人々への興味が、なんというかシム・シティの画面の外側にいるプレイヤーの視点にかぶるのです。
ただ観察したいだけと言っていた彼女の本当の意図とは一体何なのか、ここらへんも見どころです。

町の発展にともなってどんどん大きくなってくる危機と共に、レーズ側の事情も緊迫してきて、人間側、レーズ側の危機感が絡み合い、SF色を増しながら加速していく展開がたまりません。

とゆーわけで、いんやあ、おもしろい!

12年前当時は「格調高い文章書く人だなー」ぐらいにしか思っていませんでしたが、『天冥の標』を読み終えてから読むと、これまたグッとくるところがいくつかありました。直接の関係は一切ないし、ちょろっと地名の単語がでてくるぐらいですが、天冥の人が中世物語を書くとこうなるんだあ、はふー、まんぞくー。という感じです。

今なら上下巻で電子書籍で即読めます。おすすめ!

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