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勤勉な成功者は、幸せか? 『老子』の教え

こんにちは、らるです。

『老子』を読みました。

『老子』は『論語』と
並ぶ中国の代表的な古典です。

これ…一言で言うと

非常に面白いです。

何が面白いのかといいますと…

目標達成に向かいシビアに頑張る!!
人類の発展に寄与するんだ!!
競争に勝って、勝ち組になるぞ!!

…みたいな
「意識高い」系をバッサリぶった切る
文章なのです!

今日は、この『老子』が
良しとする人物像を紹介します。

今ここに二人の人物を登場させてみよう。一人はいわゆる紳士であって、服装も整って身だしなみもよく、世間のきまりごとはよく守って万事に勤勉で、きちょうめんである。そして、自分だけがそうなのでなくて人にもそのようにすすめ、みんなが紳士淑女になることで世の中がよくなると信じている。(中略)
もう一人はこれと反対のタイプである。服装のことなど意に介せず、時にはだらしなくもみえるが、それだけ純朴で裸の人間味がある。世間のきまりや仕事のこともあまり気にとめず、時にはずぼらもするが、別に怠け者でもすね者でもなく、大事なところははずさない。

P246

老子が良しとするのは、
次の人達のうち、どちらでしょう?

世の中が皆、紳士淑女になることが理想と考える
勤勉な紳士

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世間の常識、仕事にとらわれず、
ずぼらなところもあるが
純朴で人間味があり、大事なところは外さない人物

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最初に書いたことからもわかると思いますが
老子が良しとするのは
後者の純朴タイプ
です。

それはなぜなのか?というと…

もちろん、表向きの顔で世の中の受けもよいのは前者である。秀才型で社会的にも栄達に向かうものが多いが、それだけにまた苦労も多く浮き沈みもある。後者のほうはそれに対して野人型である。時にはチャンスに遭遇して大事をなしとげるが、別に自分からそれを求めたのではない。むしろ、おおむねは市井にあって悠々と自分の信ずるところを守って暮らすのであって、はたからみると、うだつのあがらぬ人生ともみえるが、本人は苦労もなく何のくったくもない。

P247

当然、勤勉紳士の方が
社会的評価が高く、いわゆる『成功者』に
なりやすい
です。

ただ、当然ながら競争の激しい中で
勝ち続けていく必要があるので
苦労が多く、浮き沈みも激しいものです。

我慢をして、良い評価を得るために
頑張り続けて…結局上手くいかない

などという話は、
いくらでも聞こえてくるでしょう。

周囲からの評価というのは
移ろいやすく、運に左右される部分も
大きいのです。

だから、継続して幸せでいられるかは
結局、「運」による所が大きいのです。


一方で、
純朴タイプの方はどうでしょうか?

積極的に世間的評価を
高めようなどとはしません

中には大きなことを
成し遂げるものもいますが
それは、たまたまにすぎません。

別に、本人が求めたわけではないのです。

ただ、悠々と
自身の信じるとおりに生きるだけ
です。

はたからみれば、うだつがあがらない
と思われることもある
でしょう。

しかし、そんな他人からの評価は
関係ありません。

本人は苦労なく、
くったくなく生きることができる
のです。

「他人の評価」という
時代に流されやすい運要素
気にしなくなっている
こちらの方が良いのです。

どうでしょう?

世の中の大多数の人は
前者の勤勉紳士を良いものだと
思っている気がしませんか?

私も、昔から
なんとなくそう思っていました。

一生懸命勉強して
いい会社に入って
いっぱいお金を稼いで
周りの人から高く評価される人が
「成功」した人である
…と。

しかし、ここ最近、
様々な本を読むようになって
一般的な「成功」のあり方に
疑問を持つようにもなっていました。

そんな時に、
この『老子』に出会って確信したのです。

私が求めているのは
『純朴タイプ』の生き方だ、と。

自身の信じるとおり
悠々と進み続ける姿である
、と。

まとめ

「他人の評価」は
時代で移ろう不安定なもの

いわば、ガチャと同じ運要素

勤勉な『成功者』
運よく『成功』しているだけ

継続的な幸福
他人の評価に捕らわれず
悠々と自分の信じるとおりに
進む人の元に訪れる

最後まで読んでいただき
ありがとうございました!

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