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連載小説 Catopia3

「俺の仔を育ててる?」
 ルイは思わず吹き出した。
「おまえ、母猫みたいに乳首を吸わせたのか?」
「ルイ」
「トイレから出てきたら二匹がかりで尻を舐めてやってんのか? 嘘だろ」
 リッキーは後ろ脚で首筋を掻いた。
「そういう反応が返ってくると分かってたのに、なにを期待してたんだろうな、俺は」
「まったくだな」
 実際、リッキーの発言の意図はルイには見当もつかなかった。旧友が突然、見知らぬ猫になってしまったような気がして、彼はうろうろと歩き回った。風下に行けば、確かにリッキーからは仔猫たちの匂いがする。
「じゃあ、あの仔たちは二匹も母親がいるんだな。一匹は血が繋がらない上に乳も出ないが」
 この事実をどう扱えばいいのか、ルイはわからなかった。
「まあ、そんなところだな。俺はミミのことが、物陰に隠したおもちゃより大切だ。彼女が大切にする仔猫たちのことも、大切にしたい。関わりたいんだ」

 三匹の仔猫が仕留めた獲物を取り合い、取っ組み合いになった。その隙にミミが小鳥を取り上げ、警告がくる前に花畑に放つ。
「関わりたい?」
「ああ。側にいたい。たまに会うだけの昔の番になりたくない。毎日一緒にいて、ともに時間を過ごして、同じことを感じたい」
 ルイは頭が痛くなってきた。こんな支離滅裂な話を聞かされたのは、生まれて初めてだ。
「そんなこと言ったって、仔猫がいるうちは番にすらなれないだろ。ミミと交尾したくないのか?」
「もちろんしたい。でも、あの仔たちを壊したいとは思えないよ」
 リッキーの口から出たとは思えない、弱気な言葉だった。ルイはそれが不躾な行為だということも忘れて、つい旧友の目を覗き込んだ。
「どうしたんだよ、しっかりしろ。昔のおまえはもっとポジティブだったぞ。気になる雌の仔はさっさと廃棄して、積極的にアピールしてたじゃないか」
「ルイ、そういう問題じゃないんだ。俺は彼女たちを助けたい。庇護したいんだ」
「なにから?」
 喧嘩に負けた仔猫が癇癪を起こし、獲物も兄弟も見境なく追い散らす。花弁が宙を舞い、フラワーウィングたちが一斉に飛び立つ。

 リッキーはしばらく、その様子を見つめたまま言葉を探していたが、やがて首をふった。
「わからない」
「仔猫だけじゃなく、ミミの保護者にもなったってわけか」
「そうかもしれない」
「でもさ、それは失礼なんじゃないか? 彼女は立派な成猫だぞ。マタタビの香りも知ってる」
「そうだよな」
 カラカルの視線は、まだ仔猫たちと母猫に向けられている。緑色の虹彩は、光の加減で青みがかって見えた。
「おまえの言うとおりだよ」
 それから二匹は、狩りについて話した。リッキーがヘビ狩りをしようと言い出したところで、仔猫たちの一匹が眠ってしまい、その日はお開きになった。
 別れ際にリッキーは言った。
「おまえ、変わったな。昔は獲物の横取りも、ジャンプで俺に負けることも許さなかったのに」
 ルイは顔をしかめた。
「ビッグキャットに立ち向えってか?」
「昔のおまえならそうしてたよ」
「競う以外の楽しみ方を知ったのさ。案外アマチュアも悪くないぞ。それより、来週のササミカップ頑張れよ」
 緑の目をしたカラカルは物言いたげに立ち尽くしていたが、やがて曖昧に頷いた。
「まあ、楽しめてるんならよかった。一時期荒れてたって聞いたからさ」
 残されたルイの頭のなかでは、フラワーウィングを仕留めるリッキーの映像が何度も再生された。地面を蹴った脚の筋肉の動き、空中での姿勢、前脚を伸ばすタイミング。
 ルイがハンティングフィールドを出たのは、空が白みはじめた頃だった。彼はフラワーウィングを三十二回、野ウサギを五十八回、ヘビを二十七回仕留めた。

 世界ササミカップは狩りの手法を跳躍と垂直移動に限定した大会で、獲物には鳥類、コウモリ、特殊種目として翼竜のマシンも使用される。トップを目指す跳躍ハンターや垂直ハンターにとって、避けては通れない戦いの場だった。
 そしてハンティングファンや一般の猫たちにとっては、キャットニップを噛みながら熱狂する日だった。
 もちろんルイも、この大会を楽しみにしていた。
 しかし、夜空いっぱいに映し出された映像に、リッキーの姿はなかった。
 数日後、巣に訪ねてきたミミによって、ルイは彼が消息を絶ったことを知った。


画像:Microsoft Copilot(AI生成)

Catopia4へ続く。

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