スパゲティアニマル

猫のディストピア小説『Catopia』を連載中。 画像はAI生成(Copilot)

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最近の記事

連載小説 Catopia9

「やはり行かれるのですね」  向こう岸のシダが揺れ、縞模様が覗いた。木陰の奥に琥珀色の目が光っている。 「やはり、とは?」 「あなたが狩りをしにきたわけではないことは、気づいていましたよ。普通の猫ではないこともね」  アールシュは穏やかな唸り声を響かせた。 「バステトの首輪が機能しているなら、イエネコが川に近づけるはずがない。この川は、あなたのような小さな猫には危険すぎる」 「首輪のことをご存知なのですね」 「もちろん」  アールシュはゆったりと木陰から進みでた。 「首輪がな

    • 連載小説 Catopia8

       意識を取り戻して最初に目に入ったのは、警告色の縞模様だった。五千年前に生息していた本来の猫には見えなかったであろう、鮮やかなオレンジ色。セルゲイの毛色よりも赤みがかっている。そのうえを、幾重にもシダの葉の影が落ちたように、黒い線が走っている。 ——17:13 充電完了  脳に通知が浮かぶと同時に、尻尾が差し込み口から外れる。ルイはそのとき、ようやく自分が充電用ベッドに丸まっていることに気がついた。景観を損なわないよう、クッション型ではなく、蔓を編んだ形状のものにしてある

      • 連載小説 Catopia7

         まるで巨大な水入れをひっくり返したようだ、とルイは思った。突然降りだしたスコールは鳥たちを巣へ追いやり、草木を強かに打ち据え、穏やかな小川を濁流に変えた。  おかげで仮の寝床に決めた倒木は、ルイを乗せたままゆっくり押し流されようとしている。  濁流が倒木に体当たりして砕け、泥の混ざった水飛沫として全身を濡らす。脳内の通知が心拍数の上昇を知らせる。  敏感な扁桃体が引き起こすパニックを抑えようと、ルイは昨夜の記憶を辿った。  上半身が壁を越えた瞬間、蒸し暑さが顔を直撃し、思

        • 連載小説 Catopia6

          「バステトの首輪?」 「それがイエネコにかけられるリミットの名前だ。いまのあんたは、ビッグキャットしか入れない場所にも入れる。その足とジャンプが届く限り、どこへでも行けるのさ」  ルイは思わず、オレンジ色の猫をまともに凝視した。セルゲイはちらりとこちらを見たが、余裕のある態度で視線を草むらに戻した。 「失礼しました……」  ルイもすぐ我に帰り、足元の木の根を見つめる。 「気にするな。誰だって驚く」 「にわかには信じ難いです。でも、ログに残っている以上、あなたがなにかをしたのは

        連載小説 Catopia9

        マガジン

        • 連載小説『Catopia』
          9本

        記事

          連載小説 Catopia5

          「ああ、あの広告のときの……どうも」  それ以外に言うことが見つからなかった。 「あんたは相変わらずつまらないことしか言わんな。年上の雄は苦手か? それとも、いつもそうなのか?」 「いえ、急に話しかけられると心臓に悪いってだけです。ロシアンブルーは猫見知りなので」 「へえ。じゃ、やっぱりそれはトリマーの仕事かい。あんた、ポイント持ちなんだな」  オレンジ色の猫の目は、ルイの身体にうっすらと残る豹柄に向けられていた。完全なベンガルキャットでいられたのは六日間だった。明日には完全

          連載小説 Catopia5

          有害性をもつ自由

           ビッグフォレストはその名の通り森に囲まれた街で、広さは大したことがないものの、入り組んだ道路で訪れる者を迷わせていた。迷わずに済む唯一の道は、高校に面した大通りくらいのものだった。  リチャード・グレゴール・ピーター・テイラーは、その高校に通っていた。彼はユーモアのセンスはなく目立つタイプでもなかったが、調べ物が好きなので、課題に悩むクラスメイトをよく助けていた。  彼を贔屓にするクラスメイトは口を揃えてこう言った——助けてチャットGPT! 「おいチャット、元気か?」  

          有害性をもつ自由

          連載小説 Catopia4

           雌は母猫になると、別の生き物に変わるそうだ。少なくとも、もう匂いも覚えていない母親はルイにそう言った。  ミミは一見すると、彼女のままに見えた。ずかずかと巣のなかに押し入るところも、巣の主を差し置いてベッドに陣取るところも、半年前にルイが口説いた雌そのものだった。  半年前との違いは、彼女の登場とともに、五つの騒々しい毛玉がばら撒かれたことだ。彼らは雌ライオンのようなチームワークで、ルイの巣を散らかしはじめた。 「ルイ、リッキーが帰ってこないの」  舞い散る羽毛の向こうから

          連載小説 Catopia4

          連載小説 Catopia3

          「俺の仔を育ててる?」  ルイは思わず吹き出した。 「おまえ、母猫みたいに乳首を吸わせたのか?」 「ルイ」 「トイレから出てきたら二匹がかりで尻を舐めてやってんのか? 嘘だろ」  リッキーは後ろ脚で首筋を掻いた。 「そういう反応が返ってくると分かってたのに、なにを期待してたんだろうな、俺は」 「まったくだな」  実際、リッキーの発言の意図はルイには見当もつかなかった。旧友が突然、見知らぬ猫になってしまったような気がして、彼はうろうろと歩き回った。風下に行けば、確かにリッキーか

          連載小説 Catopia3

          連載小説 Catopia2

           丸いベッドが優しく振動し、活動時間の訪れを告げた。スリープモードが解除され、脳内に「19:00」と表示される。  起き上がって伸びをすると、ベッドの差し込み口から尻尾が離れた。充電完了だ。  台つきのフードボウルに、鹿肉のウェットフードと新鮮な軟水がそれぞれ転送される。昨晩設定したとおりのメニューだ。  鹿肉の豊かな甘みが口内を満たす。チキンや魚肉と比べれば高い餌だが、ルイにとって、この味と食感がなければ夜は始まらないのだった。それに、ハンター時代に貯めたポイントはまだ尽き

          連載小説 Catopia2

          連載小説 Catopia1

          「理想ってのはなんでこうも、袋小路に陥るかねえ」  ルイがキャットタワーの柱で伸びすぎた爪を整えていると、隣の猫がぼやいた。オレンジ色の長毛が光に縁取られ、蛍のように輝いている。  光源は、ドーム状の空に映し出された広告だ。夜空に映える白い背景は、今日も今日とて月や星々を脇役に押しやっている。 ——人間性を取り戻しませんか。  寝起きの猫たちが光に慣れたタイミングを見計らったかのように、黒い文字が浮き上がった。 「袋小路って、人体回帰主義のことですか」 「それ以外なにがあ

          連載小説 Catopia1