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【ホラー】差し渡し

 ふと思い立って近所の神社にお参りに来てみた。
 その神社は歴史が古く、うちの地域ではそこそこ名前の知れた神社だ。なんでも奈良時代には既にあったらしい。正月などは初詣客で賑わうし、僕も小さい頃は家族で毎年行っていた。

 階段を登り、鳥居をくぐると、神社の建物が見えた。境内はいつも綺麗に掃除してある。いつもは神主さんっぽい人が竹箒で落ち葉を掃いたりしてるのだが、今日はもう夕方で薄暗いからか誰もいない。

 とりあえずお賽銭を入れて帰ろうとすると、建物の傍にある御神木からチラリと覗く顔が見えた。この御神木はものすごい大木で、立札の説明によると樹齢1000年を超えているらしい。
 その御神木の端から3歳か4歳くらいの女の子がニコニコしながら顔を出している。かわいいのでちょっと遊んであげようと変顔をすると、嬉しそうににんまり笑って顔を引っ込めた後、木の反対側から顔を出した。そこで今度は更に別の変顔をすると、キャッキャと笑って今度は元の端から顔を出した。

 そんなことをして何回か遊んでいると妙なことに気がついた。女の子が頭を引っ込めてから反対側に顔を出すスピードが異様に速いのだ。引っ込めたと思ったら次の瞬間にはもう出している。時間にすると1秒ちょっとくらいだろうか。御神木は差し渡し10メートルくらいあって4歳の女の子が1秒で移動できる距離ではない。しかも周りに親らしき人がいない。もう暗くなりつつあるのに、4歳くらいの女の子がこんなところで一人で遊んでいるものだろうか?そう思うとにわかに背筋がぞぞぞーっと冷えてきた。
 なんとか遊びを適当に切り上げて帰ることにした。別れ際に手を振ると、女の子は少し寂しそうな顔をしたがすぐににっこり笑って手を振り返してきた。そうして僕はすっかり暗くなった境内を後にした。

 家までの道すがら、あの女の子はそんなに悪いものじゃないのではということを考えていた。ニコニコしながら遊んでいただけだったし、その顔も嫌な感じはしなかったからだ。もしかしたら神社に祀られている神様か、御神木の精なのかもしれない。

 家に帰ってふとベッドに寝転がると、布団の端から失くしたと思った500円玉が出てきた。ビールでも買って残りはお賽銭にしよう。そう思って財布にそっとしまった。

さし-わたし【差し渡し】
直径。「—— 一メートルの大木」
[表記] 「直径」とも当てる。
引用元:『学研 現代新国語辞典(改訂第五版)』(2012)学研, p.558

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