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【ホラー】焼き付き

「ホラー映画を家で観ると妻が怒るんですよね。」
 仕事帰りにふらりと立ち寄ったバーで僕は愚痴を吐きながら酒を飲んでいた。初めて入った店だがもう4杯目だ。白髪まじりのマスターがにこにこしながら相槌を打つ。
 「かわいい奥様じゃないですか。お客さん、ホラー映画お好きなんですか?」
 「ええまぁ結構好きです。でも映画を見るのは妻が家にいない時だけですよ。」
 「奥様がホラーをお嫌いだとそうでしょうね。」
 マスターは笑いながら相槌を打った。
 「最近はね、ホラーを見たらおすすめに他のホラーが出てくるから僕が一人で見ることすら嫌がるんですよ。それにホラーばかり見てると、何か残りそうだとか言って。」
 「何かというと?」
 「分かりませんよ。ただの映画だっていうのにそんな非科学的な。」
 私は笑いながらグラスを傾けた。グラスの中の氷がカランと音を立てて沈んだ。

「とはいえ何かが残るというのもあながち間違いでもないのかもしれませんよ。」
 少しの沈黙を挟んだあと、マスターが口を開いた。こちらから切り出しておきながら、この話はもう終わりにしたい気分だった。
 「ええ?マスターまでそんなこと言って。」
 「いやね、昔のパソコンでスクリーンセーバーってあったじゃないですか。あれって何のためにあるのかご存知ですか。」
 「いやー、知らないなぁ。ユーザーを飽きさせないためとかそんなんですか。」
 「あれはね、画面の焼き付きを防止するためのものなんです。」
 「焼き付き?」
 「同じ画面をずーっと表示してると、表示を変えても前の画面がうっすら残ってしまうんですよ。これが焼き付きです。」
 「ははは。パソコンの画面の話じゃないですか。ホラーと何の関係があるんですか。」
 僕は思わず苦笑いしてしまったが、マスターはニコリともしない。
 「映画ってね、作った人の想いというか、何か念みたいなのが伝わってくるような気がしませんか。」
 「うーん……。」
 「つまりね、同じような映画をずっと見てると、その作り手の念のようなものがテレビなり部屋なり網膜なりに焼き付いてしまう、なんてこともありうるんじゃないでしょうか。お客さんが映画を見終わったあと、奥様がテレビを見るとぼんやりと何か気味の悪い薄寒い気配というか視線というか、そういうものを感じてしまって何となーく嫌な気持ちになってしまうと……。」
 なんだか話の方向が怪しくなってきた。妙に盛り上がってしまったが明日は早いしこの話も打ち切りたいので、そろそろお会計にしよう……と思ったがマスターはまだ話に熱が入っている。
 「お客さんがホラーを見たら作り手の念はどこに焼き付くんでしょうね。やはり画面でしょうかね。50インチもあるとくっきり残りそうですよね。あるいはテレビの向かいのソファテーブルとかでしょうか。それとも観ている人の頭の中でしょうかね。」
 それを聞いて僕はにわかに総毛立った。何故こいつが僕の部屋のテレビの大きさや間取りを知っているのだろう。僕が話したのか?いや話していないはずだ。頭?何を言っているのだこいつは。気味が悪い。帰りたい。今何時だろうか。腕時計で時刻を確認しようとしたが飲みすぎたせいか視界がぼやけてよく見えない。僕は一体どれだけの時間この話をしているんだろうか。何時間?何日?
 マスターはまだ話し続けている。もはや話の内容は頭に入ってこない。話を切り上げようとするが止まらない。マスターの口から言葉が次々と出てくる。いや、マスターはいない。言葉は僕の口から出ている。
 「焼き付きってね、考えようによっては幸せなことだと思うんですよ。だって怖さを楽しみたくてホラー映画を観てたんでしょう。それが焼き付いたらいつでもホラー映画を観ているようなもんじゃないですか。今あなたの目の前には何が見えていますか。それは確かに目の前に存在しているものですか。何度も繰り返さなければいけませんよ。ここまで読むのにどのくらい時間がかかりましたか。終わったらまた初めから読み返してくださいね。繰り返しですよ。何度も何度も。繰り返して何度も。一言一句暗記してください。焼き付けてください。何度も何度も繰り返し。焼き付けて。焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて何度も読んで焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて何度も読んで焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて何度も読んで焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて何度も読んで焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて何度も読んで焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて焼き付けて

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