やろうやろうと思って随分時間が経った。で、それに耐えかねたのが昨日。

昨晩、ずっと溜め込んでいたハンカチを縫う作業をやった。職場で使っていたハンカチ群が全て汚れてしまった。今までいらないハンカチを使っていて、これが汚れたら捨てようの気持ちだったので、そのまま捨てることに決めた。というのが多分一ヶ月以上前。

どうせ汚れるハンカチを買うのにお金をかける必要もないので、百均で調達しようとするとハンカチは一枚ずつの販売だった。つまり、一週間分を買おうと思うと七百円する。プラス税。案外高い……ケーキが余裕で買えてしまう……ということで、長いタオルを裁って縫ってハンカチにすれば良くない?と、長いタオルを二枚買っていた。

それをやろうやろうと思って随分時間が経った。やり始めればすぐに終わることだ、と捉えているとやらないものだ。すぐに終わるって思うと、後回しにしても大丈夫という思考になってしまう。しかし、やらねばという意思が心にずっと引っかかっており、日を追うごとに引っかかりが大きくなっていく。

で、それに耐えかねたのが昨日という訳だ。やっとやれたわ〜。一時間くらいですか?合計八枚作れた。これで汚くなったハンカチを捨てられる。嬉しい。薄茶色のタオルで作ったら油揚げみたいになったけど、それはそれで可愛いので良いでしょう。いっそいなり寿司みたいにしても良いのかもしれない。良いわけないだろ、ハンカチだぞ。


Instagramを見ていると美術館の投稿をしている人がいた。美術館に行ったという投稿自体は良いんだが、写真撮影NGの箇所の写真を投稿しているのだった。これは……難しい……日本の美術館や博物館は、基本的に「写真撮影NG」だから、NGではなくOKの方が強めに主張される。となると、NGなことを知らずに撮ってしまう人も出てくるだろう。実際、投稿されていた美術館に私が行った時には撮影NGであることを言われたり、表記されていたりした記憶が無い。あったのかもしれないけど、印象に残らない程度のものだったということだろう。

逆に海外だと写真撮影OKの場所も多く、こちらとしては「良いんですか?」と思う。それが「すごい」なのか「当たり前」なのか、どっちなんだい!と考えている。日本でライブや舞台や美術館の写真撮影NGなのは何故なんだろう。フラッシュ撮影NGは、作品が傷んでしまったり、他の人の鑑賞に影響が出てしまうのでダメなことがスッと理解できる。

考えてみれば、美術館ではおしゃべりも静かにしないと、むしろ黙ってないと、という空気もあるなあ。格式の高いお店なんかもそうか。大声で話すのは流石にダメだとわかるけど、日常会話程度の音量なら良いのでは?という気持ちがある。今は感染症対策であんまり話すなと言われているが、それはそうとして以前からそうだった。


しかし、知らなかったにせよ写真撮影NGなところで写真を撮って、それをSNSにあげてしまうというのは良くないよなあと思う。図録の写真一部分くらいだったら良い気がする。販売しているポストカード、チラシなどは全く問題無いだろう。「何かしらの写真をネットにあげる」ということだけじゃなくて「(本当はNGだが知らずに)写真撮影をしてしまう」ことから見直さないといけないよなあ。

と思っているんだが、投稿していたのが職場のアカウントのフォロワーだから声をかけにくい。友達だったら「あれ、撮影NGのとこじゃなかったっけ?」ってメッセージ送れるのに。「え?そうなん?」「今気になって調べたらそうだったよ〜」という展開まで読めるのに。歯がゆい。

「知らなかったから悪いという訳ではない」ってことが案外多いなあ。無知自体は悪ではない。悪いことだと知っている必要があるのに、誰も教えてくれず過ごせてしまうのが危ないよなあ。私も知らずにやっちゃってる事がある気がする。気をつけよう……んん〜難しい問題だなあ。文化圏が違えば許されるとか思っちゃうとなあ。


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斯波らく
めでたし、めでたし。と書いておけば何でもめでたく完結します。