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Apple Music 100 Best Albums全て聴いてみた

今年の5月にApple Musicが突如オールタイムベストアルバム企画を実施しました。英米(特に米)中心主義的なラインナップであることや、プラットフォームが名盤ランキングを発表することの是非などの問題点があったとはいえ、音楽批評が表舞台に出てくる珍しいイベントでtwitterはかなり盛り上がっていたのを覚えています。

私自身所謂洋楽の名盤を多く聴いてきた人間ではないので、これを機に聴いてみようと思いこのランキングに選ばれた100枚とその周辺作品を色々聴きました。結構時間をかけて枚数も聴いたので、何か形として残そうと思い書いたのがこのnoteです。100枚全てに対して文章を書くのは流石に骨が折れるので、Apple Musicの選盤に対する雑感を交えて100枚の中で個人的に好きなアルバムベストテンを選んで書くことにしました。好きなアルバムを並べたらRYMみたいな暗く片寄ったリストになってしまいましたが、それが好みということで気にせず書きます。





10. Portishead『Dummy』(1994) [67位]

トリップホップの大名盤として知られるPortisheadの1stアルバムは今年30周年を迎えた。スクラッチやループを用いたヒップホップのビートの上に構成される本作が、往年の名盤ランキングよりもヒップホップの影響力を色濃く反映した今回のランキングに入ってくるのは納得である。『Dummy』の特長として最もよく語られるのは間違いなくそのサウンドの冷たさであろう。ビートの上に乗った音はより下へ下へ押し潰されて小さくなり、アンビエント的になることを余儀なくされている。恐らくこの意見を持つ人は珍しいが、彼らのアルバムの中の個人的好みとしては2nd『Portishead』を挙げる。より先鋭的に攻撃的に外側へ飛び出したサウンドが絶望を表現する。それに対して1stアルバムが鳴らすのははより内側に圧し殺された静寂の音楽だ。その苦しさ、気味悪さがこのアルバムの名盤たる所以であろう。

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9. Tyler, the Creator『Flower Boy』(2017) [92位]

私はネオソウルが苦手だ。Apple MusicはLauryn Hill『The Miseducation of Lauryn Hill』を1位に選んだし、D'Angelo、Erykah Badu、Frank Ocean、SZAもランクインしたが、この辺りのアーティストの良さがあまり理解できていない。しかしながら、Tyler, the Creator『Flower Boy』は好きなアルバムである。ネオソウルのミニマルでタイトでスムーズなエッセンスを中心に据えつつも、様々な楽器を用いた色彩豊かなサウンドやどことなくざらざらした質感が心地いい。チルウェイヴ以降とも言えるローファイかつ洗練された現代的な音作りで、大きな展開はなくとも居心地の良い空間が構成されている。人気においても評価においても次作『IGOR』の方が高い印象があるのでこちらが選ばれたのは意外だが、それは『IGOR』にも繋がる彼の路線を確定させたという意味での選盤なのかもしれない。

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8. Eagles『Hotel California』(1976) [99位]

大ヒットしたタイトル曲「Hotel California」から始まる大ヒットアルバム。RIAAによると、アメリカで歴史上3番目に売れたアルバムらしい。所謂音楽オタク受けは芳しくないように思われるが、時代の先頭に立った王者の風格が感じられる、ポップアンセムが続く名盤である。ニューウェーブ登場以前のオールドなスケールの大きいロックであり、展開はエモーショナル。ノスタルジー的なアプローチで聴こうとしても古すぎるので、歴史を見ているかのように70年代のあの頃という時間を捉えると、その情感がなんとなく近くに感じられる。また、乾いたギターに対してメンバーによるウェットなハーモニーを混ぜ込んでいくサウンドのバランス感覚もこのアルバムの魅力の1つである。

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7. Lana Del Rey『Norman Fucking Rockwell!』(2019) [79位]

Apple Music 100 Best Albumsが特に意識的にフックアップしたもの、ヒップホップともう一つは21世紀のメジャー女性アーティストだろう。Lana Del Reyはその傾向の中でより批評的な方面からの後押しもあってランクインしたように思われる。ピアノ主体のSSW的な楽曲を軸に、サイケデリアが顔を出したり、ドリームポップ的に浮いたりするサウンドはミニマルながらもリッチな仕上がり。作品全体に通底するsad girl的な物憂げなムードも、歌い上げないボーカルも時代を代表するものだ。またこの作品には「アメリカっぽさ」が強くあると思っている。実際歌詞上では歴史的な文脈で偉大なアメリカ性を帯びつつ、アイロニカルな方向からもそれを語っているそうなのだが、そういうところにもアメリカの大企業Appleのランキングに入った理由があるのだろう。

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6. Stevie Wonder『Innervisions』(1973) [44位]

6位の『Songs in the Key of Life』と2枚100位以内にランクインさせたStevie Wonder。個人的には『Innervisions』の方が好きだ。21曲で100分以上もある『Songs in the Key of Life』はキラーチューンが多く収録されており、楽曲の強度の合計では上回るかもしれないが、アルバムとしては本作を評価したい。緊張感を保ったまま良質なソウルミュージックを歌い上げる45分間は圧巻である。Stevie Wonderを聴くと、その自由さに驚かされる。先ず歌唱が非常に自由であり、楽曲のグルーヴに乗って、広い射程の中から最適なフェイクやニュアンスをナチュラルに取ってきてしまう。また、認識できないままいつの間にか転調してしまうような部分もあり、メロディーの自由さも面白い。『Innervisions』はそのような自由さとポリティカルなメッセージ性を伴う緊張感が同居する大傑作である。

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5. The Cure『Disintegration』(1989) [56位]

先ず、ベースが固く浮いている。その上にギターやシンセやボーカルが乗っている。何かに引っ掛かっているのか、後ろから引っ張られているのか、ウワモノたちの足取りは重い。ウワモノたちは一つ一つの音の塊として大きく、微妙に固い。フランジャーのかかったギターやシンセストリングスは特にそうだ。固くて大きいものを飲み込むときの気持ち悪さみたいなものが常にある。Robert Smithのボーカリゼーションの独特な感触ともどことなく似ている。そういう音楽が続くと苦しいはずなのだが、美しいが上回ってしまう。それが『Disintegration』である。個人的には暗いと表現するのもどこか違うような感覚があり、こういうものを表現するために耽美という語彙があるんだろうなと思っている。70分以上ある長尺にも関わらずそのテンションのままずっと聴いていられる不思議なアルバムだ。The Cureは今年11月に新譜を出すらしいので、それも楽しみにしている。

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4. Pink Floyd『The Dark Side of the Moon』(1973) [28位]

このアルバムを初めて聴いたとき、こんなに陰鬱で実験的で日本では『狂気』なんてタイトルを付けられたアルバムが世界で5000万枚以上売り上げたのが全然信じられなかった。しかし、改めて聴いてみると確かに聴きやすいアルバムではあるし、このアルバムの凄さは実験的なのに売れたことというよりは、大衆性に単に迎合するのではなく独自の手法で聴きやすさを生み出したところにあるのではないかと思うようになった。後のドリームポップにも繋がるような緩いサイケデリックロック、サイケデリアのドローン感ではないアンビエント感覚。後世に多大なる影響を与えたものであろう。そのような聴きやすさを保ったまま、(『狂気』はプログレではないとよく言われるが)プログレらしい大胆な展開でダイナミズムも見せてくれる。

名盤だ。名盤だと散々言われてきたし、その権威性を帯びていることで究極的に洗練されているように感じるだけかもしれない。しかし、プログレは一回しか流行しなかった一方で、このアルバムと似た感覚のものはどの時代にもある。そういう意味でも凄まじい名盤だと私は思う。

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3. Burial『Untrue』(2007) [94位]

UKガラージやダブステップといった、イギリス的なダンスミュージックの結晶がこのランキングに入っているのは異質に見える。しかもBrian EnoやAphex Twinを差し置いて、である。更に言えば、イギリスアルバムチャートでさえピークは58位であり、ヒット作ばかりの今回の選盤の中に本当によく入ったなと思う。このアルバムのランクインが適切か否かについては微妙なところだが、個人的には大好きなアルバムである。

『Untrue』はビート感があるので勿論EDMなのだが、アンビエントでもあると説明されることが多い。異世界から未知のエネルギーが湧き出てきてこの世界をゆっくり融解していくかのようなエレクトロニックサウンドがアンビエントを構成している。ミステリアスで暗く冷たい空気感の中にどこか暖かさを感じる。これは意図や思想からすれば全くの的外れだと思うが、デイコア的な声のサンプリングやリバーブをかけていく様を見て、当時は存在しなかったVaporwaveを連想した。

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2. Björk『Homogenic』(1997) [45位]

激しく子音を叩き、その反動で力強く母音を揺らしていくBjörk Guðmundsdóttirのボーカルは全てを掬い上げ、捩じ伏せ、握りつぶす。ポップネスが徐々にエクスペリメンタルに侵食されていった90年代のBjörkの大きな到達点となった『Homogenic』は、そのボーカルと荘厳たるサウンドが織り成す狂気の物語である。鋭い響きのエレクトロニックとストリングスの波動は間近まで迫ってビリビリと振動する。高いところまで隙間なく張り詰めた音は圧倒的に聴きにくい。しかし、聴きやすさなんてあっていいはずがない。もう時間がないのだ。オーケストラルな音楽に連れられてこの世界は完全にファンタジーに染まってしまった。すぐそこに何かの気配を感じる。全く太刀打ちできない強大な生命がいる。その果てしない恐怖で狂ってしまったのか、何かが憑依してしまったのか、彼女の声はもうこの世のものとは思えない。音楽という時間芸術が引き起こす一瞬の美しい譫妄である。

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1. Kanye West『My Beautiful Dark Twisted Fantasy』(2010) [26位]

化け物である。ポップでありながら、これほどのパワーを持ったアルバムは他に聴いたことがない。Pitchforkは2010年代で唯一10点を付け、多くの音楽メディアにおいてテン年代ベストアルバムの1位に選ばれた。21世紀最高のアルバムという評価もある。私はこれらに同意する。このアルバムを上回る名盤というものが全然想像できない。カニエと客演らのラップ、コーラス、ギター、ピアノ、ストリングス、そして過去の音楽のサンプリングを意のままに配置し、強度を持った音の欠片を時間の流れに沿って丁寧に組み立てていく。彼は何も制限がなく最もアバンギャルドに開いたカオティックな状態から、ひとつひとつ使う音を選んでは並べ、遂には最高に美しく大きくポップな芸術を作り出してしまった。中でも「POWER」は初めて聴いたとき度肝を抜かれた。儀式的なクワイアフレーズのループに滑るようなギターが絡み、King Crimsonの大胆なサンプリングでノイジーにカタルシスを起こす様は衝撃だった。さらに後半の楽曲にはこの曲と類似したフレーズやサンプリングを配置し、Sgt. Pepper'sのようなコンセプト性を実現している。

カニエはその問題行動により、度々非難の対象になってきた。それらの行動がなければ、このアルバムが今回のランキングでより高順位になっていたということも十分考えられる。しかし、彼の非道徳的行動を擁護するのとは全く別に、作品に対してはフラットに評価したいと私は考えている。人間と作品の間の繋がりを重視する批評も勿論あっていいと思うが、私はこの素晴らしい音楽をただ素晴らしいと受け取りたい。

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