日本を滅ぼす自己責任論 他人の責任を叫ぶ他責思考
よぉ、コロナウイルスが問題になってるけどみんなは大丈夫か?今、日本では至るところで自己責任論が唱えられてるから下手したら感染して倒れたって自己責任にされかねんぜ。
基本的に大人の言動には何かしら責任が伴う。まぁこれは当然なんだ。けどな、自己責任論はもうほとんど『〇〇は甘えだ、☓☓は自業自得だ』って他人を叩くための棒にしかなっちゃいねえ。例えば、
ってツイートに対して、
という具合のクソリプの数々。よく見ず知らずの他人にそこまでエラそうなこと言えたもんだよ。 そういう論調が福祉削減や公共サービスの低下に利用されてしまってる面もあるんじゃないか?
もう一つは2008年の橋下徹の高校生との対談。
私学助成の削減や教科書無償制度がなくなるのをなんとかしてほしい、非常勤職員の先生の職を統廃合なんて形で奪わないでという子どもたちの声に対して『公立へいけ』『オマエが政治家になれ。不満があるならその政治家を選挙で落とせ』『大阪府には借金があるから我慢しろ』という詭弁で返す始末。それで通るのなら地方自治体の首長や議員らは府民に向き合わずただ自分らの利益のためにだけ権限を奮う寄生虫同然の集団ってことになるわな。
自分自身はどんなに困っても絶対に国には頼らないと誓うだけならまだしも、他人にどんなに困っても国に頼るなとか甘えだと石をなげつけるのは単なる弱い者いじめでしかない。
俺が自己責任論に初めて違和感を持ったのは2004年のイラク人質事件の時だった。
事件の内容は当時今井紀明(18)、高遠菜穂子(34)、郡山総一朗(32)の3人の日本人が現地時間の4月6日夜10時半ごろヨルダン・アンマンを出発しバグダッドを目指してたんだけど、翌日の4月7日11時ごろ、ファルージャの手前でバグダッド街道から迂回路に入ったところで拘束されたわけだ。で、カタールの衛星テレビ「アルジャジーラ」が、目隠しをされて土間に座らされ、銃や刃物を突き付けられている3人の映像とともに、「自衛隊が3日以内に撤退しなければ人質は焼き殺す」という犯行グループの声明を放送したってもんだ。
詳しくは以下URL
知的社会研究所の解説
最終的に3人は無事帰国できたわけだけど、何故被害者の彼らが非難されたんだろう。
非難する側の連中が言うにはそもそも行く必要もなかったところに勝手にいった連中の救助のために税金が使われたのが許せないとさ。それ言ったら危険を冒して真実を知ろうとしたり誰かを助けたりする資格があるのは自分たちだけで何とかできる後ろ盾とか資産があるやつだけって話になるよな。そんなの世の中に何人いんの?そういう人だけじゃ手が足りないからこそ金のあるなしに関わらずなるべく沢山の人が動いてくれることが大事じゃないのか?
はっきり言って金なんて日本では日本政府と日銀が発行してる実体のない数字でしかないんだよ。政府がそれを活用して自衛隊員はもちろん、民間人のそういった活動を積極的に支援するようになってこそ金は意味を持つんだ。
大体、失敗を自分だけで責任取れなんていう不寛容な社会なんて息苦しくなるだけさ。そんなことがまかり通るんだったらもう税金なんか取る必要はどこにもないし、もっと言えば政府だって存在する必要もなくなる。
いいか?世の中全てが上手くいってるやつなんてほんの一部しかいないんだ。そんな一部の連中だけを見て自分の人生は完全に自分自身でコントロール出来ると考えることがそもそもの間違いなんだ。人生の落とし穴は無数にある。病気、障害、会社倒産、犯罪被害、その他諸々........現にコロナウイルスの世界的流行だってほとんどの人にとっては十分予期せぬ出来事じゃないか。
人がそういったところから立ち上がれるような社会でこそみんな安心して暮らせるし思い切った決断だってしやすくなる。
世の中は支え合いで成り立ってることを忘れてはいけない
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