言論の浅はかさについて

 今日、言論を席巻する様々な議論の数々は、バカバカしいと吐き捨てなければならない。核処理水の問題を巡る議論や、様々な議論は、結局は、自分の思想信条を示そうとしたいだけのポジショントークに徹せられ、そこに、真理を探ろうとするものたちはいない。
 例えば、核処理水の問題なんかも結局はそうで、私が望むのは、専門領域ではないのに、なんでもしゃべろうとする愚か者たちの議論ではなく、核処理水などに詳しい人をランダムに抽出して専門家を集め、対話させることであった。
 書き記しておくが、賛成か反対の二元論に追い込んで、勝者は陶酔するような、浅はかな議論ではない。対話の必要性を説きたい。私たちは、結局、プラトンやソクラテスから何も学んでいないのである。

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