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「虫と歌」を読んで

昨日はオンライン読書会「文談<Bun-Dan>」に参加。

課題図書は、市川春子 著「虫と歌 市川春子作品集」

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読書会に参加する前は……。

*カフカの変身を連想。
*いわゆる、「過保護・過干渉」により、親が子供をスポイルすることへの問題提起もテーマのひとつなのかと思った。p195のハナのセリフから。
*漫画全体の余白や、家の中の殺風景な感じ、登場人物の感情のうすさから、ひんやりとした空気感が作品の基調低音となっている印象。
*感情をあまり出さないというスタンスの獲得でやり過ごしているというような印象を受けた。
*親が子供を、あるいは、人間が生命をコントロールしようとしすぎることへの問題提起。

などについて考えていた。

初めて読了した時は、まったくどんな話なのかわからなかった。ただ、感情表現が少ないなぁ…。そういうスタイルでいつも描いているのかなぁ、と思った。

2度、3度と読んでいくうちに、ようやく、あらすじめいたものが理解でき、さらに読み込んでいくうちに、登場人物のセリフや、コマに込められた意味のようなものに気付くようになっていった。

結局、表題作の「虫と歌」だけで、10回くらい読んだと思う。

さりげなく描かれ、時にはユーモアを伴いながら、「過保護だなぁ…」「育ての親ショック!」「俺たちは本当の家族」「お母さんよ」などのセリフが描かれているけれど、やはり、親が子供をコントロールしすぎることの怖さ、という解釈も可能なのではないかと思えてしまう。

いちばん最初のセリフ「あーすずしー」も、ウタの自転車のブレーキが壊れていることも、作品全体を象徴しているようにも読めるのではないか。

ラスト直前のページは、4つのコマ割りで、4つすべてが、コウの表情がほんの少しずつ違うだけの絵と、モノローグというつくりになっている。電話が鳴っている。友からなのか、ほかの誰かからなのかはわからないが、コウは言いたいことや気持ち(モノローグ)はあるものの、電話に出て話すことはしない。というか、できない、のかもしれない。ラストはある意味必然なのだろうか。

生命をコントロールしようとする側が、いつのまにか「生きる」ということから遠ざかっていき、それが、感情や言葉をうしなっていくことにもつながっているのではないかというふうに、わたしは思った。

「生まれてよかった」「地上に来てよかった」と言ったのは、虫の姿をしたシロウと、ウタだけだから、この作品のタイトルは「虫と歌」なのかもしれない。

読書会までにあまり時間がなかったが、他の作品もちらっと読んでみると、やはりセリフに「言葉が足りない」とあったり、人物の名前が「すみれ」だったりと、「虫と歌」でよくわからなかった部分が、他の作品を読むことでわかるようになっている気がした。

読書会では、さらに細かく何ページの何コマ目、というふうに見ていき、どんな解釈ができるのかを語り合うことができた。作者が自然(森羅万象)への愛と造詣が深い人なのではないかとか、虫の形状や造形に対するあこがれもあるのではないかという話、説明がほぼなく、何度も読んで意味の深さがわかるなど、文学的で小説のようであることについても語った。そしてこの作品が、SF作品であることを知った。普段こういう漫画はほとんど読まないので、SFだとはまったく気付かなかった。

「虫と歌」が年代的にはもっとも早く描かれた作品(2006年)なので、奥付に書かれている初出順に読んでみたいなと思った次第。

今日はこのあと、ネット上でレビューを読んでみる予定。楽しみ…!!  アニメ「宝石の国」もちょっと見てみたいかも!





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