見出し画像

私が今も生きているのは 2

32歳の秋。
私は、自分を見失った。


私はなぜここにいて、
やりたくもないことを永遠と、
眉間にシワを寄せながら、
ただひたすらに我慢をして
時が経つのを、時が過ぎるのを待っているのだろう。


周りに気を遣い、
自分を押し殺し、
愛想笑いは当たり前。


本当はこれがしたいのに!
も気づけば無くなった。
蓋をしていたら…消えた。


私は何のために生きているのか。
急な絶望が襲ってきた。


プチンと何かの糸が切れた。
その瞬間から私は、仕事に行くのが嫌になった。
前の晩から「イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ」と心で呟き、
でも寝ないと仕事に響くからと無理矢理睡眠をとり、
気絶するように寝て気づけば朝。
「休みたい。」
「でも、私しかできない仕事が山積みで…」
「ここで休んだらズル休みになるのかな…」

答えも見つからないまま家を出る。
職場が近づくにつれ鼓動が早くなる。
息が苦しくなる。
職場の駐車場で数分悶えてから出勤する。
そんな日々が数日続いた。

そんなある日、
「顔こわいよ。」
と先輩に言われた私は、たかが外れたように泣き始めてしまった。

「私だって必死に頑張ってるのに!」
「先輩だって顔怖い時あるじゃないか。なぜ私ばかり!」
「そういう表面的なところじゃなく、もっと先に気づいて欲しかった。」
「私は今苦しんだ。」

結局、怒り悲しみながら2時間ほど泣き続け、仕事なんて手につかない状態になった。


数日後、今度は同期と喧嘩した。
暗い私に対し、「そんな状態なら仕事するな」と。
会社の印象に関わると、その場から離れるように強く言われてカチンときた。

「何も知らないくせに」
「何も知ろうとしてないくせに」
「私の心の中を見てくれようとする人はいないのか」
「会社のことの前に仲間のことを考えることはしないのか」

その日も同じく、歯止めが効かないくらい泣き続けた。


翌日だったか、同期と少し話す時間を作った。
お互いに謝りながらも今の辛さを打ち明けた時、同期から
「長く休みを取るのもひとつだからね。仕事のこと会社のことは気にしなくていい。」
と言ってもらった。

受け取った私は、心がすぅっと軽くなったようだった。
その半月後、私は2週間の休みをもらい自宅療養することにした。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?