銀河鉄道は雨の中 其の六

六、七つ星のお化け

少しせつない気持になる二兎吉、片手に弁当を持ってもう見ることの出来ない獅子座町の駅を想像し景色の先を眺めていた。

少しの間だったのに、あの人は私の心に寄り添ってくれた。

暖かかった。

もっと一緒に居たかったけど、彼はまた何処かで会おうと言ってくれた。

だから悲しかったけど堪えられた。

二兎吉はその場で少しだけ感傷に浸り牙狩(ががり)から貰った暖かみの残像を気持の中で味わっていた。

気持ちが落ち着いたのか、大きな音でお腹が鳴った。

「お腹空いた。」

二兎吉はそう言って席に座り弁当を置いた。
それはまだ暖かい、ふとした拍子に漏れてくる焼けた肉の匂い、またそれが私の食欲を増していく匂いにつられて奏でられるお腹から発せられる音色は二兎吉の心を現すかのように「腹減ったぞー!」って言ってるように聞こえた。

二兎吉はすかさず弁当を広げた。
その真ん中に広げられている大きな肉、ビフテキだ、二兎吉はそれを見て思わず声を上げる。

「美味しそう!こんなの初めてだ!!」

匂い、そして視覚二つを駆使して食欲に訴えかける肉の暴力、そんなパンチの効いた二つのジャブを食らいながらも二兎吉は目の前のビフテキを一切れ頬張った。

駅弁特有の冷め切って硬くなった食感はなく、暖かみのある肉と少しの咀嚼だけで飲めるかのような柔らかさとジュースが口の中にほとばしった。

思わず笑みがこぼれた。

そして更には、まるで星がちりばめられているように艶やかなテカリを見せる肉そぼろがのせられた白ご飯という名の純白なドレス、そこにはけしてシミとは思えないような芸術みのあるアーティスティックな模様が描かれ、そしてその隣にはタンポポ畑を彷彿させる黄色い卵のそぼろがちりばめられていた。

二兎吉はそれを見るなり一気に口の中にかき込み幸せを実感した。

「どれもこれも美味しい!」

弁当の端っこに置かれたキュウリの漬物、イモや人参が入った煮物、どれもこれも美味しくてたまらない、夢中になって食べていた。

そんな時だった。
チクッとするような感覚とモフモフっとする感覚が二兎吉の頭に飛び乗ってきた。

おやおや?

二兎吉は懐かしい感覚を体から感じ取り、顔を見上げた。

「ああっ!ヌラ!君もこの汽車に乗ってたんだね」

二兎吉はそう言ってヌラを抱きかかえた。
いつものようにその体をギュッと抱きかかえ、体に顔を埋める。
そしてお腹のニオイを嗅ぐ、良い香りだ、このニオイがたまらなく好き、癒される。

肉のニオイと天秤にかけるなら圧倒的にこのニオイが優勝するのは必須な状態、二兎吉は精一杯深呼吸しヌラのお腹のニオイを神経に伝達させた。

「ああ~っ幸せだな、まさかヌラに会えるなんて思っても居なかったからたまらなく嬉しい」

「私もだよ!」

唐突に声が聞こえた。
ん?誰だ?そう思いながら周りを見渡した。
だけど誰も居ない、「ん??誰の声だ?」そう呟きヌラを見た。

「私!今の声は私!あなたを探してた。一緒の汽車に乗れたのに見つけられないから、最後尾の車両からさかのぼってやっと見つけた。」

「えっ?え!ええっ!!」

「そんなにビックリする事?いつも一緒にいたのにそんなリアクションしないでよ!」

「だってさ!だって、まさかヌラが喋るなんて会えるなんて思ってもいなかったんだもの!」

二兎吉の顔はニヤケがとまらない、なんとか正常な顔に戻そうと引きつった顔になってしまいながらヌラを見ていた。

「ニヤけが隠しきれてないよ、嬉しいんだねありがと」

ヌラはそう言って二兎吉の顔にすり寄った。

それを嬉しそうにヌラを抱っこした二兎吉は、満面の笑みでギュッと抱きしめてまた体の匂いを嗅いだ

「角が痛い!ちょっと離して!!」

それを聞いた二兎吉は即座にヌラを離して側にあるイスにのせてあげた。

「今回はその姿なんだね。どうして今まで隠してたの?」

ヌラは何故か私の中のこの鬼を知っていた。
表に出てきてからはあの禍々しい声とか性格は消えてしまったようだが、何故か私の本能の中にその気配を感じる。

と言うより、その姿の記憶が私にくっついたみたいな感じみたい

「隠してたわけじゃないんだ、表に出れなかっただけ」

二兎吉の口から自然とそう言葉が洩れる。

自分の本心だから、頭の中に思っていることだからそう言えた。

「貴方の自然な姿はそれなんだよ、元々持っていた姿はそれ、男としての貴方!」

二兎吉はヌラの言葉でフツフツと怒りがわいた。
背中に悪寒がゾワゾワと走り、ヌラを睨み付けた。

「ヌラまでそんなこと言うの!私を男だと言うの?いくら貴方でもそんなこと言うなら許さないから!止めてよ、もう私をそんな目で見ないで、男なんて言わないでよ!!」

二兎吉は精一杯叫びヌラに感情をぶつけた。

しかしヌラはそれに微動だにせずに二兎吉の目をしっかりと見ていた。

「それを嫌と感じる?なら受け入れてみたら?今はどうしようもないよ、その姿になっている以上貴方は男でいるしかない、女に思われたいなら我慢するしかないんだよ、時が来るまで、自分の気持を解放するまで!!」

「・・・どういう意味?」

「貴方の性別に対する違和感は生まれ持ってだった?本当の違和感を感じたのはいつ?貴方の人生の中に少なからず男としての貴方が存在していたはず、貴方は性別に違和感を覚え始めてから真っ向から男の自分を否定した。頑なに女だと言い張っていた。それは何故?」

「・・・そう言えば、そうかもしれないどうして私はこうなったんだろう?何かキッカケがあったのかな?」

二兎吉は考えた。
自分がそうなった理由を探った。
なにがキッカケなんだろう、そう思い過去の記憶を探った。

すると、ある一つの夢が思い出された。
誰かわからない女の子と遊んでる自分、その子はどんどん二兎吉から遠ざかり見えなくなっていく、その時に彼女は二兎吉に言葉をかけてくれた。

「貴方は私だよ、また会おうね。」

そう言っていなくなった。

その時二兎吉は何かを感じ取った。

「あの子が僕で、僕があの子??」

なんとなくだが、自分があの子のようになればまた会えると思った。
夢の中の出来事なのに、必死に女の子になろうとして気持を変えてきた。

そうだ、そんな事があった!

二兎吉は気づいた。

昔にそんな出来事があった事を、そして考えた。

「その頃からかな、私の中に男としての自分を閉じ込めたのは・・・」

そう呟いた。

そんな時、二兎吉の体が今まで以上に軽くなった感じがした。

ヌラはそんな二兎吉に寄り添い、顔を足にこすりつけながらゴロゴロと喉をならした。

「優しい貴方にもどったね。気付いたんだね男だった自分のこと」

ヌラは優しい声でそう語りかける。

二兎吉は嬉しそうにその光景を見ながら自分の心の変化を感じていた。

今まで閉じ込めてた男としての感情、それが鬼としての自分で、閉じ込められ隠されていた悲しさを二兎吉に訴えかけているように感じた。

二兎吉はその感情を優しく包み。

「ごめんね。今までとじこめていて!」

そう言葉を投げかけ、その感情を受け入れてあげた。

「私は本当の感情を押さえつけて、別な自分を演じようとしてたのかな?」

ヌラにそう問いかけると彼女は二兎吉の前にチョコンと座り、シッポをペシペシと床にたたき付けながら話す。

「さあね。それは私にはわからない、でもさ、二兎吉君がそう思えればいいんじゃないかな?自分の感情だから、感じたことが正解だと思うな」

そう言って大きなアクビをした。
それを見た二兎吉は、なぜか気持がホッとして立っていた席にもう一度腰掛けた。

それを待っていたかのようにヌラは二兎吉の膝の上に乗り丸まって寝始めた。

そして、それを合図にするように突然なり始めた車内アナウンス。

「まもなくおおぐま座町、北斗七星駅に到着いたします。お降りの方はお忘れ物の無いようお願いいたします。」

車内アナウンスを聞きながら二兎吉は膝の上で寝ているヌラを撫でて外を見ていた。

雨脚が少し弱まり、さっきまで屋根を打ち付けていた音が小さくなってきた。

すると、通路側に現れた人物がガラス越しに急に視界に入ってビックリしてしまった。

その人物は汽車が止まるのを待っているようで、二兎吉の座る席に手を添えてずっと立っている。

不思議そうにその人物を見つめる二兎吉、一昔前の人が着ていた着物のような服を着ている髪はボサボサで目線をしっかり前に向けジッと前を見つめている。

この汽車には人間は乗れないって言ってたけど??二兎吉は更に不思議がりその人物を見ていると、体が一瞬透けて見えた。

「ひゃっ!!」

思わず声が出た。

幽霊かと思ったからだ。

するとその人物は前を見つめたまま二兎吉に答えた。

「私は新しくできたと言われているこの銀河鉄道を見に来たんだ、面白そうだな、そう思ってね。」

そう言って正面を見ながらニッコリと笑った。

「実に面白い銀河鉄道だった。世界にはこんな鉄道が幾千幾億もあるらしい、私はそんな銀河鉄道の創設者みたいなものだからね。
だから、新しい鉄道が出来る度に見に来るのさ」

すると汽車は駅に到着した。

彼はそのタイミングで降りると思いきや、その場に留まり二兎吉に一言話しをした。

「ここ北斗七星駅はあらゆる銀河鉄道が交差する分岐点駅となっている。
君の目的地は知らないが、もし他の路線を楽しみたいならここから別な路線に行ってみるといい、面白いぞ銀河鉄道は!」

相変わらず彼は前を向いたままだったが、そう言うと颯爽と出入り口まで駆けていき何処かへ消えていった。

「不思議な人だったなぁ」

そう呟きながら駅の中を窓越しに眺めてみた。

確かに他の駅とは違い随分賑やかで人らしき影があると思えば妖怪みたいな異形な姿の影もある。

「すごい、たのしそうな駅だな!」

「ちょっと楽しんでみる?この駅は分岐する銀河鉄道の中心にある駅だからもの凄く大きくて観光地みたいな名所なんだ、汽車が止まってる時間も一時間くらいあるし、行ってみよう」

膝の上で寝ていたヌラがすかさず飛び起き二兎吉を駅内に誘ってきた。

ヌラを追うように駅に出るとその光景は繁華街の駅の中のように騒がしく賑やかなものだった。

着物を着た人物がいると思えば絵本で見た昔のドレスを着たような貴婦人の姿もある。
はたまた宇宙人みたいな姿をした人もいれば近未来な服装をした人まで様々な時代が入り乱れているような光景だ。

「なんだここは?凄すぎて口が開きっぱなしだよ」

「ね、面白いでしょ」

この奇妙な空間の駅の中をヌラと共に練り歩き探索した。

色んなお店があった。

今まで食べたことのない珍しい材料を使った料理屋や、色んな時代の洋服を扱う服屋さん、北斗七星駅名物〝北斗の七つ星饅頭〟なんて物をおしているお土産屋さんとか、みてるだけでも飽きないお店ばかりだった。

あっという間に一時間がたち、二兎吉たち二人は汽車に乗るために走り始める。

「いそがなきゃ」

そう思い先頭をきって走っていると後ろからヌラに止められた。

「何処行こうとしてんのよ、春町路線はこっち!あんたが行こうとしてたのは冬町路線の方!」

ヌラが二兎吉のズボンに噛みついて正しい路線に戻そうと必死になってた。

「ごめんごめん、一心不乱に走ってて気付かなかった。」

二兎吉は息の切れているヌラを抱っこしてあげて指示する方向にはしった。

見えてきた。

春町路線の汽車だ。

発車のベルが鳴り始める構内、汽車が発車しようとしている。

二兎吉は全力で走りなんとか汽車に駆け込み間に合う事ができた。

「危なかった。」

「本当だよ、向かう路線間違えるなんて、もう!!」

「ごめんごめん!」

そんなやり取りをしながら二人は楽しそうに笑って席についた。

二兎吉の心は穏やかになってきた。

走る汽車の外はわずかに降る雨が見える。

だいぶ止んできている。

雨の切れ間からは綺麗な外の光景が見え始めていた。

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