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エンジェル演じるデビル

 あらゆる争いは、相手に非があることを前提に始まる。例えば、野良猫は縄張りに勝手に侵入した猫を駆逐する為に牙をむく。小学生同士の喧嘩では、相手のことが気に食わないから殴る。国会における討論では、野党が与党の政策方針に疑問を抱くから批判する。
 それでは、戦争ではどうだろうか。もし、戦争において、自国の脅威となりうる第三者ーー害悪とも言える敵国ーーが存在する場合、理由は何あれ、まず相手国に非があり、自国が是とされるが世の常である。つまり、自国ではなく相手国が悪役であることが、戦争の前提であるのだ。故に、両者がこの前提に沿って争い続けることで、和解する未来も遠のく。結果、戦争に終止符を打てないのである。

「んなこと、ポンコツな俺でも知ってらあ…。」

 雑踏がひしめく駅構内で、心身がやつれたエンジェルが脳内で独り言を呟くと同時に、腹の虫が鳴いた。また、彼はエンジェルではなく、エンジェルに扮した「デビル」であった。インターネットの情報を頼りに、見よう見まねで整髪し、カジュアルにパーカーとジーンズを着こなしている。
 しかし、何故デビルがエンジェルに扮しているのか?理由はとても単純だ。仇討ちを果たす為である。具体的には、敵国内に潜入し、そこの住民であるエンジェルに染まり、駅構内を紅色に染め上げるという計画だ。同胞の無念を晴らすという大義が、そのエンジェルーーエンジェル演じるデビルーーの復讐心を制御不能にしていた。
 少年デビルの母国は、敵国のエンジェル一族と戦火を交えている最中にあり、見たこともない冷徹な無人機が、連日のように襲来、そして空爆を行い、母国には常に硝煙と血が混ざった匂いが立ち込めていた。人影は息を潜め、原型を忘れた家屋は赤く染まった。
 一方、潜入先の敵国は少年デビルの国とは対照的に、戦争とは無縁と言わんばかりの風景が広がっていたのだ。目に映るエンジェル達は、ひたすらに改札口を出入りし、切符を買う。また、昼時である為か、駅構内のコンビニに目を向けると、ショーケースには出来立てのフライドチキンや中華まん、さらには商品棚には整然と陳列されたカップ麺、弁当等を目当てに来たエンジェル達で溢れていた。そして、賑わいを見せるカフェは、コーヒー豆とキャラメルをブレンドさせた香りを、タイマーや呼出しチャイムが鳴り響くハンバーガー店は、肉汁と油を焦がした香りを漂わせている。
 加えて、それらの香りは、エンジェルを演じる、少年デビルの復讐心をより一層掻き立たせたのであった。母国の惨状とは真逆の世界を見せられた結果、少年デビルは敵国に一矢報いる決意を固めた。

「窮鼠が猫に噛み付く光景を、今に見せてやるぜ」

 少年デビルの色白な皮膚が血を滲ませながら崩壊した瞬間、少年はエンジェルから本物のデビルに豹変した。般若のようなマスクで表情は見えない為、彼の復讐心の強さは検討もつかない。しかし、白装束から噴き出る鬼火が憤怒を十分に物語っていることは、火を見るよりも明らかであった。
 しかし、少年デビルの復讐心は一瞬にして鎮火し、恐怖心に変わり果てたのである。先程まで駅構内にいた【全ての】エンジェルが無数の銃口を、立った一人のデビルに向けていた。どうやら、少年デビルの「計画」は最初から筒抜けだったようだ。そして、少年デビルは唇を震わせながら口を開いた。

「本物のデビルはどっちだよ」

 一人のエンジェルが答えた。

「そりゃあ、お互い様だったようだぜ」

 駅構内に充満する食欲をそそる香りが、青白い硝煙の香りに包まれた。

(完)

©︎2022 脳細胞0.0001個・らのもん

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