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食べることは生きること・佐藤初女さん


私の誕生日は10月3日で、偶然だけれど佐藤初女さんと同じ日だ。誕生日が同じと知った時、初女さんは「あらまあ!」と、とっても喜んでくれた。私もなにか不思議なご縁を感じた。初女さんと出会った頃、つまり私の人生で一番忙しかった頃、1週間のほとんどが外食だったし、月の半分以上が旅だった。家にいる時は閉じこもってひたすら原稿を書いていた。

そういう自分が60歳を過ぎてから、野菜を育てたり、服を縫ったり、そんな生活をするようになるとは驚きだ。初女さんもびっくりしているだろうな。

初女さんは70歳の時に「森のイスキア」を建てて、孤独な人や悩みを抱えた人と共に在る場をつくった。40代だった私は「70歳でイスキアを始めるなんてすごいなあ」と思った。あれから20年が過ぎたいま、40代だった時以上に「70歳でイスキアを始めるなんて本当にすごい」と思う。

いつでも誰かの電話に出れるとか、いつでも誰かのために台所に立って料理をつくれるとか、それって、自分の疲れとか、だるさとか、眠さとか、そういう身体のしんどさを脇に置くってことだから。初女さんはいつだって、疲れもしんどさも、微塵も顔に出したことがなかった。言葉に出したこともなかった。

私はよく初女さんに聞いた。「初女さんだって、疲れたり、苦しかったりすることがあるでしょう? もう人の話を聞くのなんかうんざりだって思ったりすることもあるでしょう?」
今、考えたら失礼なことをよく言ったものだ。そういう時、初女さんは(さあて、どうだったかしら?)みたいな顔をして、答えない。

「わたしは、めんどくさいと思うことがきらいなんです」と、よくおっしゃった。

「めんどくさいことがきらい」ではなく「めんどくさいと思うことがきらい」この違いを、あまり考えたことがなかったけれど、ぜんぜん違うよね。めんどくさいって思う気持ちには、覚悟がない。

世の中に、めんどくさいことは山ほどある。だけど、めんどくさいことに向き合うときに「めんどくせ〜」と思ってしまう心は、なんかやさぐれているなって、感じる。いやなら止めればいいのであって、やると決めたらしっかりとやるしかないのだ。

ねえ、初女さん。人生には限りがあるよね。人は永遠に生きられるわけじゃない。初女さんが70歳で「森のイスキア」を始めた時、きっといつかそれが終わる日が来ることは予感していたと思うんだ。

限りある日々を生きているのに「めんどくせー」なんて、だらだらするようなやさぐれた時間を過ごしたくないって、私も思うようになりました。休みたいなら休む、やるならやる。めんどくさいと思う気持ちはどっちつかずだもの。そんな気持ちで時間を、たいせつな限りあるこの人生を、過ごしたくないって、思うようになった。

初女さんにとっては、ほんとうに大事な1分1秒だったんだろうなって、その時間を共に過ごしてくれていたんだなって思うようになった。
どんな気持ちでこの瞬間瞬間を、このささやかだけれど大事な時間を生きたらいいのか……そう考えたら、祈りって言葉が立ち上がってきた。

誰にとっても平等に大切な時間がいまここに現れて消えていく。その真実のなかに無言に立ち上がって来るものが、祈り……。でも、もしかして70歳まで生きたら違うものが見えるのかもしれない。

初女さんが見ていたものを、私もいつか見れるかな。
初女さんが感じていたことを、少しでも伝えることができるかな。
できるといいな。

おむすびと祈り。毎年初女さんの誕生日に開催しています。
今年は湯河原町で1泊2日のリトリートです。
詳細はこちらからどうぞ。

佐藤初女さんとは?
1921年生まれ 幼少期から身体が弱くてたいへん苦労されました。生き物のいのちをいただくことの尊さを体験し、食を通して人びとの心と身体をサポートすることをコツコツと続けられました。1992年に青森県の岩手山麓に「森のイスキア」をつくり、その活動が映画「地球交響曲ガイアシンフォニー」に紹介されたことで、初女さんの小さな活動は多くの人に知られることとなりました。クリスチャンとして信仰に生き、日々の暮らしを祈りとする生き方を示し、特に初女さんのつくる〈おむすび〉は、お米の炊き方、梅干し、海苔の巻き方、すべてにおいて初女さんの祈りがこめられていると評判になりました。2016年に亡くなられました。
初女さんは、無口だけれど、好奇心にみちあふれた少女の心を持ち続けている方でした。70歳で「森のイスキア」を立ち上げ、80歳の時には「これからは農業です」とおっしゃり、イスキアに畑をつくり始めました。お料理のなかにいのちの不思議を発見し、お野菜を茹でたり、煮たりする行為のひとつ一つに、喜んだり、驚かれたりする在り方は、哲学的でした。その思想の本質はいまだ謎です。



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