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ゴールベース資産管理シリーズ第一弾: 新潮流の探索


1. はじめに 

 野村證券の社員の方が執筆され日経から出版された「金融サービスの新潮流‐ゴールベース資産管理」という書籍が骨太の内容で本質的な点を的確に指摘する良書でありましたので紹介します。証券業に携わる方は一読することをお勧めします。 

2. 野村證券に見るゴールベース資産管理

 野村證券というと対面主体のゴリ押し営業でノルマが厳しくて体育会系の会社、というイメージをお持ちの方が多いかと思います。一昔前は回転売買やはめ込みの印象が強く、近寄りがたい印象でしたが、本書を通読することでそのような粗暴な印象も変化するはずです。 

 流石は業界最大手(顧客数ではなく、預かり資産やノウハウという意味で)の野村證券といった非常に濃い内容の一冊でした。これはノウハウに乏しいネット証券では執筆出来ない内容であることは間違いありません。 

 ゴールベースアプローチ自体は金融コンサル・アドバイザーリー業務に従事している方であればよくご存じかと思いますが、日米の制度・サービスの比較や課題の抽出、本質価値の解説などが充実しており、実務者向けの書籍となります。 

 本書の唯一の欠点はゴールベースアプローチの手段として「ラップ口座」を推奨していることです。ゴールベースアプローチは従来の単一的なアプローチとは異なり、多面的なアプローチが求められることからラップ口座のような一任サービスも選択肢になりますが、ラップ口座は決してベストな選択肢ではありません。 

 ラップ口座の欠点・闇に触れずゴールベースアプローチのソリューションとして「ラップ口座」を前面に押し出す姿勢は残念でした。この点を除くと本書は近年読んだ実務書の中でも群を抜いての良書となります。 

 私はラップ口座というアプローチは受け入れがたいと思いましたが、それ以外の点は概ね賛成で、読み進める中で近年の野村證券の変化(残高ベース)の本気度も感じられました。 

3. ゴールベース資産管理の進化: AIと中立アドバイザーの融合

 書籍では言及されておりませんでしたが、ゴールベースアプローチの未来形はAIとアドバイザーのハイブリッドにあると私は考えます。ゴールベースアプローチで重要な役割を担うのが特定の金融機関と関係を持たない「中立アドバイザー」です。 

 この中立アドバイザーがゴールベースアプローチにおいて常に顧客側に立ってライフプランニングからファイナンシャルプランニングとその実行までをサポートします。書籍では野村證券という金融商品を販売する側の立場が随所で見られ、やや独立性に欠いたスキームと感じる部分がありました。 

 未来のゴールベースアプローチは基本的なサービス(定量的なもの)はAIを活用してシステム提供します。クライアントのマインドに依存する行動コーチングと呼ばれるサービスはアドバイザーが担う形で役割分担が加速します。 

 そのうえで実際の金融取引は割高な一任サービスに丸投げするのではなく、助言型の枠内で出来る限りスムーズにクライアントを誘導しながらクライアント自身で取引してもらうスキームが望ましいです。 

 現行のロボアドやラップ口座などの一任サービスは0.9%~1.5%程度の手数料が徴収される設計となっています。単年度で見ると1%の手数料は大したことが無いように見えますが、マイナス複利が10年続くと多きな損失に繋がります。 

 本書では一貫して顧客目線で金融サービスのあるべき姿を整理しており、その点は素直に評価できますが実現手段としてラップ口座を持ちあげる姿勢は共感できませんでした。ご存じの通りラップ口座はぼったくり商品の一種です。 

 ラップ口座で運用される金融商品と同様のポートフォリオは概ね0.1%~0.2%の経費率で簡単に組成することが可能です。すると0.8%はラップ口座という仕組みを介することで発生する余計なコストとなります。 

 よってベストな方法は①助言型のアプローチを採用し、②顧客自身に提案したポートフォリオの取引を実行してもらい、③0.1%程度の安価なフィーをサブスクリプション形式で継続的に受領し、④ライフプランニングとファイナンシャルプランニングの実現をサポートし続けるスタイルとなります。 

 ゴールベースアプローチにおいて金融商品はゴールを実現するための手段(道具)の1つでしかありません。同程度の経済効果が期待できるのであればコストは安い方が良いです。 

 自分で取引することにハードルを感じる方もいるかもしれませんが、アドバイザーに提案された金融商品を案内に沿って購入するだけであれば、ネット証券で口座を開くのと難易度は変わりません。

 それだけで1億円を運用している場合、年間で100万円程度のコスト差が生じます。10億円であれば1,000万円のコスト差が生じ、10年継続すればコストだけで1億円です。 

 正直、一任勘定サービスには残高比例で1%もの報酬を支払う価値はありません。これは断言できます。ロボアドも対面系のラップ口座も等しく無価値に近いです。どうしても丸投げしたい方だけが利用すべきです。 

 ロボアドやラップ口座を利用したいと感じられた方は是非、下記の商品でポートフォリオを作成してみてください。正直、ロボアドやラップ口座に丸投げするまでもありません。 

・株式(VT・eMAXIS Slim 全世界株式)
・現金同等物(日本円・ドル建てMMF)
・債券(BND・EDV)
・金(GLDM)
・不動産(XLRE)
・エネルギー(VDE)

 平常時は株式(VT or オルカン)と現金相当の保有だけで問題ありません。ロボアドやラップは無駄に複数の資産に分散させがちですが、多くの場合は意味のない分散です。なぜなら債券・不動産・金・エネルギーなどのアセットクラスは明確に期待リターンが高い時期が存在し、それ以外のタイミングで投資すると中長期の成長があまり期待できないアセットだからです。 

 債券は高金利水準でこれから利下げが見込める時期(価格が安い時期)に限り保有します。金融緩和の低金利・ゼロ金利下では保有する意味がほとんどないので、そのような環境下では現金or MMFで手元流動性を確保しつつ、株式購入の余力とした方が良いです。 

 不動産は10年超のサイクルでバブル形成を繰り返す傾向が強いので不動産バブルの崩壊の投げ売りのタイミング、もしくは〇〇ショックのようなイベント発生時に市場が異常な価格を付けたタイミングを狙って購入するのがベストです。コロナショックの2020年3月もリートは一瞬ですが異常な安値を付けました。 

 金・エネルギーなどのコモディティはゴローバルナ情勢に影響されます。10年程度のサイクルで上下するケースが多く、戦争などの有事が発生すると急上昇します。世界では脱炭素が叫ばれていますが、実際問題として原油なしでは生活を維持できないことから、デフレ・景気後退などで需要が減り、原油価格が大きく低下したタイミングが狙い目です。 

 金は近年の米国依存からの脱却もあり、世界中で需要が高まっておりタイミングが難しい状況です。金利も無く、株と異なり価値の上昇は期待できないので需給タイミングで判断するしかありません。

 仮想通貨と異なり、一定の実需も存在することから無価値になるリスクは殆どないので長期スパンで判断します。尚、金融資産として金を保有する場合はETFで、有事の金としての効果を期待する場合は現物の保有が適しています。 

 ポートフォリオの説明が少々長くなりましたが、多くの投資家にとっては適切なプランニングとアドバイスを受けつつ、コストの安い商品を自身で買い付けるスタイルがベストとなります。 

 重要なのは金融商品の選択ではなく、行動コーチングです。金融商品は数値化が容易であるため良し悪しは一定の基準に基づいて合理的に判断可能であり、アドバイスに大した価値はありません。それよりも影響が長期に及ぶ行動コーチングによる資産運用との向き合い方を最適化する方が大きな価値があります。 

ゴールベースアプローチと行動コーチングでクライアントを導く図

4. ゴールベース資産管理における戦略的金融機関選択

 次にゴールベースアプローチを前提に金融機関との付き合い方を整理します。ゴールベースアプローチは保有資産額に関係なくどの資産クラスの方でも参考にして欲しい考え方ですが、サポートなしで自身で完結させるのは難しい手法です。 

 よって金融機関や中立アドバイザーなどのサポートを受けつつ、というのが現実的な回答になります。この場合、費用対効果を考える必要があります。適切なゴールベースアプローチをサービスとして受けるには一定のコストが必要です。私の感覚では1億円以上の資産を保有している場合、ゴールベースアプローチのサービスを契約しても良いのではないかと思います。 

 それ以下の場合、得られる効果と費用を考えると足が出る可能性があります。一定額の資産が貯まるまではネット証券などを活用し、低コストな金融商品を中心に資産額を積み増すスタイルが良いです。 

 一般論としては取引コストが安いネット証券(SBI証券や楽天証券)を利用して、低コストインデックス投信(eMAXIS Slimシリーズなど)を購入するスタイルが王道ですが、億越えの資産形成を念頭に置いている方は、野村證券などの対面証券も視野に入れた方が良いかもしれません。 

 資産額が1億円未満のうちは対面証券を意識する必要はありませんが、それ以上の資産があるのであれば検討の余地があります。本稿で取り上げたゴールベースアプローチなどは間違いなく野村證券が国内金融機関で一番ノウハウが蓄積されていると思います。 

 意外かもしれませんが、野村證券のネット専用口座の信用取引の金利は0.5%です。SBIなどのネット系の金利は2.8%程度です。金利差が5倍以上あるので1億円取引した場合には野村では金利は50万円、SBIでは280万円です。 

 これは数百円~数千円の取引手数料の無料化では到底覆すことが出来ない大きな差です。よって私の知る範囲ではありますが、大口の投資家はネットと対面を上手に使い分けている印象です。 

 戦略的にあえて対面証券に一定の手数料を落とすことでネット系では得ることが難しい、ゴールベースアプローチのアドバイスを得たり、信用金利を節約したり、当選が難しいIPOを割り当ててもらったり、ネットでは出回らない債券を購入したりといった点が手数料を支払ってでも対面証券を利用したいと感じる利点です。上記のメリットはどれも一定の資産を前提としたものであるため私は1億円をボーダーラインと考えています。 

 投資家はネット証券からスタートし、一般に富裕層と呼ばれるステージに到達したら対面証券の利用を検討しても良いかもしれません。ネット系の金融機関はディスカウントストアと割り切り、割安な金融商品を購入する場所という認識です。 

 資産が増加しニーズが複雑化したり、ネットでは得られないサービスも利用したいと感じたら対面証券の利用を検討します。この際の注意点は営業マンに勧められるままにサービスを契約しないことです。対面系は基本的に割高です。よって必要なサービスをピンポイントで利用するのが正解です。それ以外は従来通りネット系を利用し、コストをコントロールしつつ利便性と拡張性を確保する戦略です。 

戦略的にネット・対面金融機関を使い分ける賢い投資家を示す図

整理すると以下となります。 

・マス層~準富裕層:ネット系を利用し資産形成
・富裕層以上:対面系も必要に応じ利用検討

  私はこれまでnoteの投稿で対面証券会社をお勧めしたことがありませんので意外に思われるかもしれませんが、適材適所だと考えています、信用金利の例が分かりやすいですが、金利差は取引手数料では絶対に覆らない差です。よって信用で大きな金額を取引する場合は野村證券一択となります。 

 この場合、将来的に対面証券への移管も視野に入れた資産運用戦略が必要となります。私の考える戦略は以下です。 

・NISA口座はネット証券で運用
・将来的な移管を視野に入れた資産は投資信託ではなくETFで保有(特定口座)

  最近の傾向を見るとNISA口座・特定口座ともにオルカンやS&P 500などを対象とした格安インデックスファンドへの投資が正解として語られますが、注意点があります。野村證券などの対面証券ではネット系で取り扱っている格安インデックス投信は一部しか取扱いがありません。 

 よって、移管しようとした場合に対応できない可能性が存在します。このリスクの回避に東証ETFを活用します。東証ETFであればどの証券会社でも取扱っているので移管問題は発生しません。将来的に信用取引の代用有価証券としての活用を考える場合、移管が困難な投信ではなく、安全に移管可能なETFを活用する。これが最適解になります。 

 今の時代、対面証券はITリテラシーが低い高齢者しか需要がないと思われがちですがそうではありません。全般的にコストが高い点は否定できないので、適材適所で利用するのが最適解となります。 

 私は長くネット証券に在籍しておりましたが、ネットと対面では得意分野が異なります。単純な株の取引であれば間違いなくネットですが、IPOの当選確率を挙げたいのであれば対面の方が有利です。 

 最後に全体戦略に基づき効率的な金融機関の使い分けについて説明します。投資家と金融機関の間に「中立アドバイザー」を関与させるスタイルです。「金融サービスの新潮流‐ゴールベース資産管理」では金融商品を販売する立場にある野村証券がゴールベースアプローチの担い手となる想定で解説されておりました。 

 しかしながら、私は金融商品の販売とアドバイザリーサービスは分離すべき、と考えます。残高フィーモデルを採用したところで割高なラップ口座に誘導するなど、販売とアドバイザーリーが一体化すると、どうしても利益相反的な行為が懸念されます。 

 この構造的な問題を解決するには100%投資家側に立った中立アドバイザーによるゴールベースアプローチの支援が必要です。ライフプランと密接に関連した資金計画の実行の中で、アドバイザーの助言を参考にネットと対面金融機関を使い分ける形が良さそうです。このようなアプローチには一定のコストが発生するため、目安として1億円という金額を示しました。 

 本稿をきっかけに資産額の向上だけを目指す資産運用から、ライフプランとファイナンシャルプランを融合させた一歩先行く資産運用が実践出来れば幸いです。金融は手段に過ぎません。

 資産運用は金融資産で実現可能な範囲を拡張させるだけであり、ゴールはその先に存在します。口座残高の数字が増えることに満足するのではなく、増えた資産を有効に活用することも意識すると人生の満足度が高まるに違いありません。 

5. 今後の展望

 本稿では、ゴールベースアプローチの概要とその可能性について論じました。ここで提起されたテーマや問題点については、導入部分で触れた範囲にとどまり、具体例やデータに基づく詳細な分析は行っていません。この選択は、論考の範囲と目的に基づくものであり、読者の皆様にはその点をご理解いただければと思います。 

 今回の論考は、ゴールベースアプローチに関する一連の議論の序章に過ぎません。今後、このテーマをさらに深掘りし、提起された問題点や新たな疑問に対して、より具体的なデータや事例を交えて検証を進めていく予定です。 

 次回の論考では、今回触れることのできなかった詳細な分析や、批判的視点に基づくさらなる検討を加えることで、ゴールベースアプローチの理解を深め、その実践に向けた具体的な指針を提供できればと考えています。 

 私たちの金融資産管理へのアプローチは常に進化しており、この論考がその進化の一環として、皆様の知見の拡大に貢献できれば幸いです。読者の皆様と共に、ゴールベースアプローチの可能性を探求し、その実現に向けた議論を深めていくことを楽しみにしています。

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