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感謝を込めて水島新司を想う。

水島新司が日本の野球を書いたのではなく、日本の野球が水島新司の描く野球ワールドを追いかけた。

 漫画家の水島新司が亡くなった、正確に言えば亡くなられていた。
 2022年1月10日死去、享年八十二。黙祷し天を仰ぐ。
 移りかわりの激しい漫画界で、50年余も人気漫画を最前線で書き続けたのは超人の業である。

 個人的体験でいえば70年代前半の田淵幸一版「ほえろ若トラ」、「男どアホウ甲子園」からなので第2世代ぐらいか。「エースの条件」はさかのぼって読んだ。
 そこから「ドカベン」「あぶさん」「野球狂の詩」と続き、当時の無敵感は凄まじかった。キャリアを俯瞰すればリアルタイムのファンと言える人たちが60代半ばから20代後半までいるのではないか。

 水島新司は、魔球で人気を博した「巨人の星」のように漫画ならではのフィクション的面白さで展開する野球漫画とは一線を画し、野球と人間そのもののドラマを描いた。そして野球の面白さを教えてくれた。
 秘打!白鳥の湖のように(結果はどうあれ、人がやろうと思えば)現実にマネできる範疇のもので、マウンドの上で回転しながら3メートルもジャンプして、投げたボールが幾つにも分かれるようなビックリ技の面白さには手を出さない、

 漫画家水島新司は貧しい庶民の暮らしに根差したギャグマンガから始まっている。
 そこから野球漫画を手掛けていくプロセスで興味深いのは、「エースの条件」は花登筺の原作、「男どアホウ甲子園」は佐々木守の原作、「ほえろ若トラ」は実話取材ものであったということだ。
 ベタを極めた花登の比類なき人物造形、手幅が広く熟達した佐々木守の創作力、そして実際に現場で取材した野球の世界、その後のオリジナル作品群はこれらの経験を基盤に生み出されていった。

 キャラクターは魅力的、娯楽要素のつまった漫画的展開の物語も面白く、それでいて今と同時進行するようにリアルな野球の世界からは軸足を踏み外していない。

 つねにリアルな野球をもとに空想を広げた水島は、ファンが野球に求めているものをいち早く感知し漫画で実現していく。
 ユーティリティ、現役選手の長寿化、効率的な球団運営、求められるショーアップなど、現実の野球が水島漫画を追いかけたのだ。

 天才の所業である。
 水島のキャラや人柄から偉大さは万人に認められつつも、手塚や石ノ森や赤塚のように天才とはあまり言われないが・・・声高に言いたい、水島新司は日本漫画界が生んだ天才の一人である!

水島新司の仕事を残していくために。

 水島新司のように貸本屋時代からの作家、また昨年逝去した矢口高雄のように60年代半ばにコアな雑誌への持ち込みからキャリアをスタートさせた作家には、顧みられない一冊読み切りの作品や短編も多い。
 また70年代~80年代の多作時代には短期の連載で終わった作品もある。たまたま人気は出なかったが、作品性の高いものも少なくない。

 それらは全集が出版された場合に収録する主要作品からは外れ、読み切り型の連載物などは妙録にされてしまいがちだ。
 出版が難しいとしても補填として電子書籍などのかたちで、次世代が読めるように残してほしいものだ。

 個人的には水島新司の仕事をたどるときに「ドカベン」と重要な関係にある「へい!ジャンボ」のような作品をコミックとして出してもらえたらと思う・・・あれは面白いって。


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