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 ◇◆◇ユートと銀の魔神◆◇◆

詩 緒
2012年発行 ランチュウ作品集2より

 プロローグ

 あれは、わすれもしない、ぼくが十歳のとき―。
 あたらしい家に引っ越して、少したったころだっただろうか。
 ぼくは、ベッドの上でうつぶせになって、ゲームをしていた。あともうちょっとで、ゲームクリアというところで、体中をビビビって静電気がはしったみたいな、へんな感じがしたんだ。
 夜、ひとりでいると、なにもいないのに、だれかにみられているような気がして、びくっとすることあるじゃない。あんな感じ。
 ぼくは、ふと顔をあげた。
 そうしたら、目のまえに、あいつがいたんだ。
 心臓がとまるかとおもったよ。えらそうに腕をくんで、
ぼくをみおろしている少年は、頭にかざりのついた布を
まいていて、髪と目は銀だ。アラビア風のへんな服をきていて、褐色の手足や耳には、これでもかというくらい、
たくさんのかざりをつけている。
 でも、そんなことは、たいして問題じゃなかった。あいつは、ありえないことに、宙にういていたんだ。
「おれは、魔神のリジルだ」
 ぼくと目があった少年は、たのしそうに、そう言った。
 それが、はじまりだった。

「はい、今日は、これで終わり。みんな、気をつけて、かえってね」
 帰りの会がおわると、教室は、いっきにさわがしくなる。先生の話なんて、だれも聞いちゃいない。
 悠斗は、もたもたと、連絡帳や、ペンケースをしまいはじめた。ランドセルをせおって、ふと前をみれば、だれかの消しゴムが、床に落ちているのが目にはいった。
「バスケするやつ!」
 クラス中にひびく浩平の大声に、わっとすぐに輪ができる。それを横目に、悠斗は消しゴムをひろおうとして、思いっきりつんのめった。
「わっ」
 あっというまに床にころんだ悠斗を見て、そばにいた浩平たちが笑いだした。
「ださっ」
「東京育ちは、やっぱトロいな~」
「ゲームばっか、やってるからじゃね?」
 悠斗は涙がでてきそうなのを必死にこらえ、何でもない風をよそおって、えへへと笑いながら立ちあがった。手には消しゴムがにぎられている。
「それ、おれのじゃん!」
 浩平が目を丸くして、悠斗のにぎっている消しゴムをゆびさした。それを見て、浩平のとなりにいた双子のダブル吉田が、そろって悠斗をにらみつけた。
「おまえ、浩平の消しゴム、とっただろ」
 ダブル吉田たちの責めるような視線に、悠斗はおびえたように一歩あとずさった。
(あ~、消しゴムなんてほっといて、さっさとかえればよかった)
 悠斗はあわてて、消しゴムをちかくの机におくと、浩平たちから、にげるように、いそいで教室を出ていった。

 駆け足で家まで帰りついた悠斗は、自分の部屋のドアを、そろりと開けた。段ボールが積まれたままの変わりばえのない部屋が、目にはいる。引っ越してきてから、山のようにあったダンボール箱の数はへったけれども、くたびれたおもちゃの怪獣や、古いらくがき帳などは、箱に詰まったままだった。
「なんだ、だれもいない……」
 部屋を見わたした悠斗は、そうつぶやくと、へたりとすわりこんだ。
「おまえ、なんで、なんにもないところで、ころべるの?」
 背後から、じゃらじゃらと身につけている装飾品をならし、突然姿をあらわした少年に、悠斗はびくりと身をふるわせた。
「わっ、なんで知ってるの?」
「おれにわからないことはない」
 銀の髪をした少年は、にやりと笑いをうかべて、悠斗のとなりで、ふわふわとういている。
(夢じゃなかった…)
 悠斗はぼうぜんとして、少年を見あげた。
 このえたいのしれない少年は、昨日の夜、ふいに悠斗の部屋にあらわれたのだ。悠斗はみとめたくない現実に、頭をかかえた。
「か、かえって」
 悠斗は、勇気をふりしぼって、昨日とおなじ言葉をくりかえした。
「やだね。昨日も言ったろ、おれは魔神のリジル、願いをかなえる者だ」
 リジルのするどい視線に、悠斗はおびえたように、一歩あとずさった。
「じゃあ、お、お願い、ぼくの前から、い、いなくなってよ」
「ざんねん、おれに関することはダメだ」
 悠斗の願いもむなしく、リジルはピシャリと言いかえした。
(願いごとなんて、本当にかなえられるのかな)
 悠斗は、うたがいと、おびえのまじった目で、リジルを見あげるのだった。

 それから、リジルとの奇妙な生活が、はじまった。こまったことに、リジルは他の人には見えなかった。それをわかっていて、リジルはやりたいほうだいだ。悠斗にくっついて学校に行ってみたり、勝手に悠斗のおやつを食べてみたり、悠斗はその度にふりまわされるのだった。
「ねぇ、いつまでここにいるの?」
 ゲーム機から顔をあげて、悠斗は、部屋をふらついているリジルをみあげた。
「さぁな」
 リジルの答えはそっけない。最初は悠斗の願いをかなえるようなことを言っていたのに、ちっともそんなそぶりは見せないし、悠斗の言うことなんて聞きもしない。願いごとなんて、本当はかなえる気がないにちがいない。
 くちびるをとがらせた悠斗に、リジルはただ笑っている。
「そういうユートは、いつもゲームばかりだな」
「べつに、いいでしょ」
 悠斗はため息をつくと、机の上の写真立てを見やった。そこには、悠斗と、前の学校で仲のよかったクラスメートがうつっていた。
(前の学校もどりたいな。このゲーム、クリアしてもだれにも話せないし、つまんないや)
 ひと月前、両親の都合で、悠斗は今の学校に転校してきた。今の学校は、前の学校とちがって、悠斗のようなゲーム好きはいない。はやっているものは、もちろん、授業の内容までちがっていて、悠斗はついていけなかった。ただでさえ、勉強がきらいなのだ。
 悠斗は、同じクラスになった浩平を思いうかべた。浩平は勉強でもスポーツでも、なんでもできて、クラスで何かとめだっている男子だ。けれども、悠斗のことを「とろい」とか「にぶい」とか、ずけずけ言うので、悠斗は苦手だった。浩平には、一度だけバスケにさそわれたことがある。
(あのときはびっくりした……。前の学校で、運動ができないぼくを、バスケにさそうやつなんていなかったから。思いっきり首ふっちゃったよ)
 バン!
 突然、枕がいきおいよく飛んできて、悠斗はうめいた。
「なにするんだよ、リジル!」
 リジルはにやにやと笑っている。その手には、いつのまにか、悠斗が持っていたゲーム機があった。
「返してよ」
「返してほしかったら、ちょっとつきあえ」
 リジルはゲーム機を手の上で浮かせながら、底のみえない銀の瞳で、悠斗をじっと見おろした。
 悠斗は手を伸ばすが、ゲーム機には手が届かない。しばらく無言でにらみあい、悠斗はいやいやたずねた。
「何するつもり?」
「なぁに、ちょっとした散歩さ」
 リジルはぐるっと部屋を見わたすと、ベッドのブランケットに目をむけた。
「なにしてるの?」
 悠斗は小首をかしげた。リジルがブランケットをたたくと、ブランケットが、ばっと宙に浮かんだ。
「まさか、これに乗れって言わないよ、ね?」
 悠斗はさっと青ざめた。悠斗がいつもつかっているブランケットは、目の前でゆらゆらとゆれていて、いかにもたよりない。乗った瞬間、落ちそうだ。
「その、まさかだ」
 リジルは意地の悪い笑みをむけると、さっとブランケットに飛び乗った。
「ユート」
 リジルが悠斗に乗るようにうながす。悠斗は首を思いっきり横にふった。
「い、いやだ」
「往生際が悪いな」
 リジルが指をならすと、悠斗の体がふわっとういて、ブランケットの上に落ちる。
「うわっ」
 反動でブランケットがゆれ、悠斗はあわてた。
「落ちやしないよ」
 パニックにおちいっている悠斗におかまいなしに、リジルはブランケットを手でたたいた。するとブランケットは、生き物のように身ぶるいし、いきおいよく悠斗の部屋の窓から、外に飛びだしたのだった。

「ユート、いつまで目を閉じている気だ? 見てみろよ」
 リジルにうながされ、悠斗はぎゅっとつむっていた目を開けた。目に飛び込んできたのは、豆粒のように小さい悠斗の住む街だ。
「わぁ」
 いつのまにか空高い場所にいた。風がごうっと音をたて、悠斗のわきをすりぬけていく。悠斗は次々とうつりかわっていく、眼下の風景に、くぎづけになっていた。
「スピードあげるか」
 リジルがそう言ったと同時に、ブランケットが急加速した。
「やめて、リジル!」
 悠斗は必死にブランケットにしがみつくが、リジルは笑って手を上下にふった。とたん、ブランケットが急上昇する。そして、まるでジェットコースターのように、急降下した。目が回りそうなスピードに、悠斗はリジルの背を思いっきりたたいた。
 するとピタッとブランケットが止まった。悠斗は涙目でリジルをにらんだ。
「おもしろかっただろ? 空の旅は」
 リジルは、まったく悪びれたようすがない。
いつのまにか、あたりは夕日で真っ赤にそまっていた。街がじょじょにオレンジ色の光をおびていく。悠斗はくいいるように、そのようすをながめていた。
「もう少し、ちかづいてみるか?」
 リジルの指示で、ブランケットが少しずつ下がっていく。豆粒のようだった街が、だんだんと大きくなっていった。
「あ、あれ、浩平くん?」
 悠斗はクラスメートの浩平が、なん人かの少年といっしょにいるのを見つけた。
 浩平はランドセルを、せおっている。それをかこむように立っているのは、同じ学校の上級生だ。雰囲気が、どう見てもお友達ではない。
悠斗が上空から見ているとは知らず、浩平がなにかを上級生に言うと、上級生の一人が怒ったように、浩平の手をつかんだ。二人が一瞬もみあったかと思うと、上級生の拳が浩平のお腹にあたり、がくっと浩平がくずれおちた。
「だ、だれか、よんだほうが……」
 悠斗はあわてて周りを見わたした。けれども浩平たちがいるところは、さびれた公園で、だれもとおりそうにもない。
(まぁ浩平くんだし、きっと、だいじょうぶだよね。それに、上級生こわいし)
 悠斗はもう帰ろうと、リジルをふりあおいだ。リジルはじっと悠斗を見つめると、にやっと人の悪い笑みをうかべた。
「ユート、空の旅はここで終わりだ」
「え」
 リジルがパチンと指をならすと、足元のブランケットが一瞬で消えうせ、悠斗はまっさかさまに落ちていった。
「うわああああああああああああああ」

 地面があっというまに目の前にせまってくる。悠斗は恐怖に目をつむった。すると、急に落ちるスピードがゆっくりになり、ふわっと体がういたような気がしたあと、悠斗の足はしっかりと地面に立っていた。いつのまにか、ちゃんと靴をはいている。
 悠斗はおそるおそる目を開けた。目のまえには、ぽかんとした顔で、かたまっている上級生たちがいた。悠斗の背後には、浩平がいる。
「おまえ、今どこから?」
 上級生たちはきょろきょろとあたりを見まわしながら、不審げに悠斗をながめた。
(リジル~!)
 悠斗は冷や汗をうかべた。心臓がおそろしいほど音をたてている。
「ゆ、悠斗?」
 後ろにいた浩平が、信じられないものを見たとばかりに、目を見ひらいている。
「おまえ、こいつの友達か?」
 そのようすを見ていた上級生の一人が、ばかにしたように言った。オニギリみたいに三角の顔をしたやつだ。上級生は三人いて、みんな悠斗より、背が高くて体格も大きい。悠斗はふるえあがった。
「なんとか言えよ」
 カマキリみたいに、目をぎょろっとさせた上級生が、悠斗をにらんだ。
(友達じゃないって言って、にげたい)
 悠斗は後ろにいる浩平をちらりと見た。浩平はおなかを押さえて、うずくまっている。
 悠斗の顔から血の気がひいた。こんなに、よわよわしい浩平を見たことがない。助けをもとめてリジルの姿をさがすが、リジルはどこにいったのか、見あたらなかった。
「なに、きょろきょろしてるんだ。そこをどけ!」
 オニギリがいらいらとしたように、悠斗を見る。悠斗は泣きたくなった。
(リジル! どこだよ?)
 上空を一生けんめい見つめるものの、リジルの姿はどこにもなかった。悠斗はおそるおそるもう一度、浩平を見た。すると、ぐったりとした浩平と目があった。浩平の口がかすかに動く。
(え? に、げ、ろ?)
 悠斗の心臓がドキリとはねた。蚊のなくような小さな声だった。聞きまちがいかもしれない。でも、悠斗にはそう聞こえた。
 悠斗は、汗ばんだ手をつよくにぎりしめると、決心した。ぶるぶるふるえながら、オニギリたちをにらみつける。
「な、なんで、こんなことするんだ?」
「おまえに、かんけいない」
 もう一人の上級生がはじめて、口をひらいた。ノコギリのようにぎらぎらした目が、悠斗をひとにらみすると、悠斗は金縛りにあったみたいに動けなくなった。
(だいじょうぶ、だいじょうぶ、リジルのにらみのほうが、よっぽどこわいよ)
 悠斗は自分に言いきかせると、ノコギリにむかってさけんだ。
「こ、浩平くん、な、なぐったの、ぼく、み、見てたんだから」
 いっきに言いきると、悠斗はきっと、ノコギリたちをにらんだ。ノコギリは仏頂面だ。
「おまえ、うざい」
 悠斗にむかついたオニギリが、急に悠斗の方へむかってきた。
(うわっ)
 なぐられると思った瞬間、頭のなかに声がひびいた。
―ユート、ふせろ!
 悠斗はとっさにうずくまった。
「わっ」
 悠斗の急な動きについていけず、オニギリがバランスをくずして、地面にダイブした。
「こいつ!」
 それを見ていたカマキリが、悠斗につかみかかろうと手をのばす。
「わわっ」
 悠斗は頭の上に手をやって、さらにちぢこまろうとした。
―立て! ユート!
「え?」
 とっさに悠斗は立ちあがった。そのひょうしに悠斗の頭は、ちょうど悠斗にちかづいていた、カマキリのお腹にあたった。
「いっ」
 カマキリが変な声をだして、そのまましりもちをついた。悠斗はぎょっとして、カマキリを見た。
「おまえ、よくも!」
 しりもちをついたまま、カマキリは悠斗をにらむ。ぎょろっとした眼が血走っていた。
 悠斗はできるだけカマキリからはなれようと、ふるえる足を一生けんめい動かそうとした。
「もう、やめろ」
 そのとき、カマキリを止めるノコギリの声がした。
「もし今日のこと、だれかに言ったら、ただじゃおかないからな」
 ノコギリは悠斗をにらみつけると、カマキリとオニギリを連れて立ちさった。
 悠斗はほっとため息をつくと、地面にすわりこんだ。心臓がまだ、バクバクと音をたてている。
「悠斗! おまえ、すげーな」
 浩平が立ちあがって、近づいてきた。悠斗は、びっくりして浩平を見あげた。
「こ、浩平くん、だ、だいじょうぶなの?」
 悠斗はまだ、ふるえがおさまらない。
「ああ、こんなの平気さ。あいつら、今日、おれたちにバスケで負けたんだ。だからさ。だっせー」
 そう言う浩平の顔は白く、よく見るとひきつっている。
「そんなことより、おまえって、うじうじしてるやつかと思ってたけど、じつはすげーやつだったんだな」
 浩平のうれしそうな顔に、悠斗はいごこちがわるくなってきた。
(ぼく、見て見ぬふりしようとしてたのに)
「か、帰るね」
「あっ、おい、まてよ」
 浩平の声を無視して、悠斗はその場をにげだした。

 家をめざして大急ぎであるく悠斗をさえぎるように、ばっと、突然リジルがあらわれた。
 悠斗の頭上でぷかぷかうきながら、にやにや笑いをうかべているリジルを、悠斗は思わずこぶしでたたいた。リジルは、ひょいっとよける。
「なにするんだ、ユート」
「リジル! いままでどこにいたんだよ? おまえのせいで、ぼくは大変だったんだぞ」
 悠斗は肩で息をしながら、リジルに言いつのった。
「まぁまぁ、落ちつけ。ちゃんと、助けてやっただろ?」
「それって、あの声のこと?」
「いかにも」
 リジルは、えへんとばかりに胸をはる。
「何、エラそうにしてるんだよ、もっと早く助けてよ。そもそも、おまえがあんなことしなければ…。あーもう」
 悠斗は頭をかかえた。今日一日で、さんざんな目にあった。寿命がちぢんだに、ちがいない。
 ぶつぶつとつぶやく悠斗を、リジルはおもしろそうにながめていた。

 次の日、もう二度と、リジルにのせられてたまるかとちかって、悠斗は学校にむかった。
 教室のドアをがらりと開けると、クラスメートがぴたりとおしゃべりをやめて、いっせいに悠斗のほうをむいた。悠斗はびくりと、かたまった。
(な、なに?)
「悠斗、おはよ!」
 浩平がひときわ大きな声で近よってきた。顔が笑っている。浩平が悠斗にあいさつしてきたことなんて、今まで一度もない。悠斗は、思わず一歩、後ずさりした。
「みんな、昨日、おれを悪の魔の手からすくってくれた、スーパーヒーロー悠斗の登場だぞ」
 浩平の声に、クラス中が、わっと大騒ぎになった。
「え?」
 悠斗はあわてて首をふったが、みんな浩平の話に夢中で、だれひとり見ていなかった。
 そのあとは、浩平と一緒にみんなから質問攻めにあい、帰りになっても騒ぎはおさまらなかった。  
 浩平は、いつものごとく、みんなをバスケにさそいだした。
「悠斗もバスケやるか?」
 浩平がおどけた調子で、問いかけてきて、クラスメートにとりかこまれていた悠斗は、耳をうたがった。
「やろうよ」
 悠斗のそばにいた男子が、手をひっぱった。浩平のとなりにいる双子のダブル吉田も、手まねきしている。
「え、えっと……」
(こんどは、や、やってみようかな)
 悠斗はごくりとつばを飲み込み、こくんと小さくうなずいた。

 そのあと、浩平たちとバスケをやった。やったというよりも、悠斗のあまりのできないっぷりに、浩平たちはゲームをやめて、よってたかって悠斗にバスケを教えだしたのだった。それでも、悠斗は楽しかった。
 駆け足で家まで帰りつくと、靴をぬぐのももどかしく、悠斗は自分の部屋まではしった。
「リジル!」
 バンとドアを開けて、今日のことをはなそうとリジルの姿をさがす。悠斗は、きょろきょろと、部屋中を見わたした。
「リジル? どこだよ?」
 悠斗は部屋にいないのがわかると、家中をさがしまわった。けれども、リジルはどこにもいなかった。しんとした家の中に、悠斗の声だけがむなしくひびく。なぜか、ひどくむなさわぎがして、落ちつかなかった。
(またどっか、あそびにいっちゃったのかな?)
 そう思うものの、なにかいつもと違う気がして、悠斗の気分はすこしも、はれない。とぼとぼと自分の部屋にもどると、ふと机の上に、置いたおぼえのないノートがあるのを見つけた。
 手にとってよく見ると、それは、悠斗が幼稚園のころ、いつも持ちあるいていた、らくがき帳だった。
「なんで、これがここに? ダンボール箱に入れっぱなしにしてたのに…」
 悠斗は、そっとノートをめくった。一番さいしょのページにあらわれたのは、銀色のクレヨンで描かれた、いびつな人のような顔だった。横にたどたどしく、文字がおどっていた。

〝まじん りじる 
 おねがい かなえる まじん
 ほんとのおねがい わかる?
 ともだち いっぱい〟

エピローグ

 ブブブと着信をつげたケータイを見て、ぼくはにんまりと笑みをうかべた。
 どうやら浩平くんが、貸したゲームを、もうクリアしちゃったみたいだ。今度は、もう少しむずかしいのを貸そうかな。
 ケータイをパーカーのポケットに入れ、バスケットボールを手に持つと、ぼくは部屋のドアの前で、ほんの一瞬立ち止まった。
 リジル、行ってくるね。
 壁にはってあるらくがき帳の一ページにそう告げて、ぼくは部屋を出て行った。

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