何気ない日々の欠片
いつまで味わえるかわからないこの時間を、
刻んでおきたいと強く思った。
わたしの祖父は認知症だ。
診断されてから4年が経とうとしている。
いつ、自分を、祖母を、母を、わたしを、忘れてしまうかわからない。
だから、確認する。いま、誰と、話をしているのかを。
昨日、昼食を終えてゆっくりしていると、電話がかかってきた。
母だ。
何事かと思ってスマホを手にする。
「今から出られる?」
唐突にそう尋ねられた。
母、祖母、祖父の3人でランチに行き、祖父がその場にいないわたしを気にかけ、会いたいと言ったのだという。
前に会ったのはお盆。8月27日は祖父の誕生日だから、会いに行こうと思っていた。けれど、感染が更に拡大したので会いに行くのを止めた。
あれから2カ月。自分のことで忙しく日々を送り、会いに行けずにいた。
車に向かって歩いてくるわたしを、祖父はぼんやりと見ていた。
わたしだとわかると、笑顔になった。
よかった。
4人で喫茶店へ行った。
祖父は、サンドイッチを注文した。
喫茶店へ行ってモーニングを食べるのが祖父の日課だった。近所のパン屋さんでよくサンドイッチを買ってきては、わたしたち兄弟に渡してくれた。
美味しそうに頬張る横顔を見ていた。
何キロもある土や肥料を運んでいた腕が、細くなった。
庭や畑の手入れをして日に焼けた顔が、白くなった。
次はいつ会えるだろうか。
会おうと思えばいつでも会いに行ける。
その距離から離れたくなかった。
引っ越し先を決めるとき、職場の近くに引っ越そうかとも思ったが、結局市内から動くのを止めた。
いろんな理由から決めたつもりだったが、大きな理由に気付いた。
車を持っていないわたしは、行動範囲が限られる。
実家と同じ市にいること。
自分の足で会いに行けること。
家族の側にいること。
いつ、変化するかわからない日常を、
共に味わいたいのだ。
わたしの大切な家族と。
この、変化する日常を。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?