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午前4時のチーズ

たとえば何となく眠れないまま夜中とも早朝とも言い切れない午前4時を迎えてしまったとき。
つい、何かを食べてしまう。
グミや飴をつまむ程度の時もあれば、割とがっつり白米を二杯程度行ってしまうときもある。
健康的にはあまりよろしくないのでなるべくやめようと思っているが、
脳が正常に働いていない時間帯ということもあり手が止められない。

空腹なわけではない。
胃に何かが入った、という安心感が欲しいのだ。
「眠れない時に何かを食べると安心できる」と脳が思い込んでいる。

思い出したことがある。

いつしか。
幼少期。
午前4時頃に、祖母とチーズを食べた記憶がある。

母は夜勤に出ており、小さかった私はひとりで寝かされていた。
当時から寝付きの悪かった私は、その日も寝返りを打ったり窓の外を見たり時計の秒針を見たりしながら、何とかこの暗闇の時間をやり過ごそうとしていた。

ずっと起きているとお腹が空くもので、
小さかった私でもはっきりと「お腹空いた」と心の底から思ったことを記憶している。

なんとかこの腹を満たしたい。
私は、今いる部屋を出て向かいの部屋にいるであろう祖母の元に向かうことにした。

ちょっとした冒険だ。
ベッドから出て、ドアを開ける。
真っ暗でひんやりしていて、今にも何かが出てきそうな、不穏な空気が目の前に広がっていた。
しかし、不思議と怖くはなかった。
たぶん、そんなことよりお腹が空いていたのと、寂しさもあったのだと思う。
見えないものに対する恐怖よりも、誰かの温もりを求める純粋な寂しさが上回って、暗闇など物ともせずまっすぐ祖母の元に向かう強さが付与されたのかもしれない。

ドアを開けてすぐ、祖母のベッドがあった。
枕元の明かりがうっすらついていて、ほぼシルエットしか見えていない祖母を揺すり起こした。

「お腹空いた」と言った。
少しだけ怒られるんじゃないかと予想していたが、
そんなことはなく、祖母は起き上がりながら、「何か食べようか」と言ってくれた。

真っ暗な廊下。
眩しくなるからと電気もつけずに、
月明かりだけを頼りに階段を降りた。

見慣れたはずの台所も、真っ暗だとまったく景色が違うのだとこのとき初めて知った。
冷蔵庫の明かりだけを頼りに、二人で並んでチーズをちぎって食べた。

眩しい冷蔵庫内の電気。
響く稼働音。
冷えた空気。
冷たい床。

台所には、不思議な魔法がかかっていた。

このチーズが、世界で一番おいしくなる魔法。

世界で一番おいしくて、優しかった。

子供ながらに、なるべくゆっくり食べた。

その後どうやって眠りについたのかはあまり覚えていない。
おそらく歯磨きまで手伝ってくれた祖母が部屋まで連れていってくれて、そのまま寝てしまったのだと思う。


幼い日の、眠れなかった日の思い出。
なんてことない出来事だが、
当時の自分にとっては冒険で、非日常で、
安心に満ちた午前4時だった。


眠れないときに何かを食べてしまう。
大人になってしまったから健康やら何やらを気にしてはしまうが、
この癖はしばらく辞められなくていいかもしれないと今は思う。

どこかでまた
あのやさしい時間に会えることを信じている。

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