ショートショート『悪魔のお仕事』
「よお。辛気くさい面してるな」
俺がそう話しかけると、ベンチに座りため息をついていた男が顔を上げる。そして、俺の姿を見て目を見開いた。
「なっ、なんだ君は!」
「見りゃ分かるだろ。悪魔さ」
「そんな馬鹿な……いや、でも頭から角生えてるし全身真っ黒だし宙に浮いているし……」
「お前は運がいいぞ。なにせこの俺と契約できるんだからな」
そして俺は知っている。この男は今まさに窮地に陥っているということを。
「濡れ衣を着せられたんだろ? 会社の同僚に」
「なぜそれを……」
「どうする? 俺と契約すればなんとかしてやるぜ。お前にとって損はない。魂をとったりなんかしないさ」
俺の目的は、いかにして悪人を増やすかだからな、と心の中だけで呟いておく。
「契約すると、君は僕の願いを叶えてくれるのか?」
「ああ。そうだ」
「分かった。契約する」
「よし。じゃあ早速その憎い相手をひどい目に……」
「いや、僕の願いはそうじゃない」
「は?」
「きっと君は必要以上に人を煽り、悪の道に引きずり込もうとしているのだろう? それを見過ごすことはできない。僕の願いは、君が契約をもちかける相手を指定することだ」
「ちょっと待ってくれ! お前は今ピンチなんだろ⁉」
「このくらい自分でなんとかするよ」
俺はその場で頭を抱えたくなった。
まただめだったか。今回は五年もこいつを観察して、タイミングをはかったのに。
最初にターゲットに選んだ奴が人として立派すぎたところから、俺の不幸は始まった。どいつもこいつも願いが同じなのだ。
「そうだな。川島なんかは絶対に悪いことを願わない。次は川島と契約してくれ」
相手を心から信じて、こう願う。
仕方なく、俺は次のターゲットを川島とやらに決める。
そのとき、後ろから突然笑い声があがった。驚いて振り返ると、そこにいたのは天使の奴だった。
「これはいいものを見つけた! 早速報告だ!」
そう言って、天使は善人者リストにさっとペンを走らせた。
「また来るね、悪魔さん! 君の後を追えば仕事がはかどりそうだ!」
俺は頭を抱えた。
(了)