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何が負担になるか、ということ

 友人が提案したことが、自分にとっては割と負担になることだったので、ちょっと不機嫌に言い返したところ、「ごめん。思いつきで言っただけだから」と謝られたことがあります。
 その言葉にハッ、としました。
 別に友人に悪気があったわけではないし、友人の中では、こちらにとってそれほど負担になるとは思わなかったのだと思います。
 自分も、「それはこういう理由で、わたしはちょっとやりたくないな」と、もっと冷静に言えばよかった、と反省しました。
 
 人によって、何が負担になるかはちがってきます。また、似たような内容の仕事(お願い)でも、立場や状況によって、大変さがちがってきます。
 
 お願いしづらいと思っていたことが、案外すんなりとやってもらえた。
 自分にとって負担になることを、涼しい顔でお願いされてイラッとした。
 大したことないと思ってお願いしてみたところ相手が不機嫌になり、相手にとっては負担であることに気が付いた。
 この辺りのすりあわせは、生のコミュニケーションを通してお互いに気が付いていくしかないな、と思います。
 念頭に置いておきたいのは、「悪気がある人はそんなにいない」ということです。
 ただ、お互いに「どのくらい負担になるか」が食い違っているだけなのかもしれません。
「そのくらい説明しなくても想像できるでしょ」と思うようなことでも、案外分からないものです。
 相手の負担はどれほどのものなのかを想像したり、聞いてみたりすること。自分にとってどれほど負担になるかをしっかりと把握して、伝えられるようにすること。
 この辺りをできるようにしていきたいし、全体でうまくバランスをとって物事が進んでいったらいいなと思います。
 

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